59話
スフィーが二歩前に出るのと同時に、俺は剣を鞘に戻して巻き添えをくらわない安全な場所まで下がる。
しかし、後ろへ下がったはいいが、ここは狭くてブロンズナイトに当てるのは正直厳しい。しかも少し狙いを誤ればスフィーに当たってしまう。
一歩間違えれば危険だが、これは魔法のSLvを上げるいい機会でもある。
と、思ったのだが
「なにこれ! どういうこと!?」
ブロンズナイトと既に戦闘を開始していたスフィーが驚愕の声を上げる。その声に反応して俺がスフィーを見たが、ただスフィーがブロンズナイトを何度も斬りつけているだけで何ら変化はない。だが、それはブロンズナイトのHPゲージの方にあった。
「おいおい、冗談だろ」
ブロンズナイトはLvが50近く上のスフィーの攻撃を受けてもHPを一割ほどしか減らしてなかったのだ。
フロッギーの剣で余裕をかましていた俺たちは唐突に真剣な眼差しになる。
このLv差を考慮すればさすがに硬すぎる。ここに来て隠しエリアらしいMobが現れた。俺は魔法のSLvを上げるという思考を打ち消す。
「リバーウェーブ!」
気を引き締めた俺は現段階で一番の大技を使う。これはこれは一定方向に水流を流す技で、この狭い一本道なら無論スフィーにも当たる。
だが彼女は俺の声に反応して振り返ると、上段に剣を構えた。そのまま目を閉じて集中力を高め、剣を力強く振り下ろす。すると、剣の軌道が赤く残り、そのまま軌跡が斬撃となって水を斬る。綺麗にスフィーの前の水流が割れ、残りがブロンズナイトへと流れ込む。
上位魔法の水流を全て受ければひとたまりもない。にも関わらずブロンズナイトはその場から微動だにせず、HPゲージもさほど減っていない。
「ネスト、後で覚えておきなさいよ」
濡れた全身から水を滴らせながら軽蔑の目を向けてくるスフィー。防具を身に着けているから透けているわけでもないし、現実と違って十分もあればすぐに乾く。だが彼女のその恐ろしさに俺は背筋の悪寒が走る。
「わ、悪かったって」
軽口を叩きながら二人は体制を立て直す。
とても格下の敵だとは思えないほど頑丈だ。スフィーの一撃でもあまり効果はなかったし、俺の魔法でもたかが知れている。でも、Mob相手の戦闘ではこれを繰り返すしかないのもまた事実だ。
そんなことを考えている間にブロンズナイトからの反撃が来る。
この狭い場所ではまともに回避などできない。だからスフィーが壁となって振り下ろされるブロンズナイトの片手剣を受け止める。
その間に俺は火属性下位魔法『フレイムプラス』で火属性の威力を上げ、続いて火属性上位魔法『バーンシュート』を放つ。これはファイヤーボールと似ているが、スピードと威力が桁違いだ。それに加えて『フレイムプラス』で火属性の威力を上げているため火力は充分なはずだ。とはいえ、『リバーウェーブ』ですら大したダメージを与えられなかったのでそこまで大きなダメージは期待していない。
それに、俺とブロンズナイトとの距離は近いため誤ってスフィーに当てることはないが、狙える範囲が少ないためクリティカルは出せないだろう。
だが、結果は予想と大きく違った。火炎弾が当たると、ブロンズナイトは急に仰け反って動きを止めた。その隙を見逃さず、スフィーは『ストライク・ノウズ』を討つ。
ブロンズナイトが数歩よろめく。これが初めてブロンズナイトに手応えがあ
ったコンボだ。その手応え通りブロンズナイトのHPは五割近く一気に削っていた。
『バーンシュート』が効いたのか、それとも『ストライク・ノウズ』が効いたのか。もしくはその両方かは不明だが、少なくとも『バーンシュート』で道が切り拓けたことは確かだ。
「これなら……」
「ええ。楽に倒せそうね」
俺達は頷き合い、体勢を立て直したブロンズナイトと再び対峙する。
そこからは早かった。同じ攻撃パターンを繰り返せば何の苦も無く倒すことが出来た。途中、ブロンズナイトの攻撃を受けていたが、ブロンズナイトの攻撃力の方は思いの外低く、それ程恐れるような相手ではなかったことに俺達は拍子抜けした。
それから俺達は狭い洞窟の探索を続行した。所々で現れるブロンズナイトは同じ方法で倒して進み、かなりの深さまで到達した。道中はブロンズナイト以外のMobが出現することがなかった。
そこで俺たちは一度立ち止まる。
「行き止まり、だよな?」
「そうみたいね。でもおかしいわ」
「おかしいって何が?」
俺が訊くとスフィーは周囲を見回して怪訝そうな表情を見せる。
「この先は行き止まりだわ。でも、最奥部まで来たのに何もないのはおかしいわ。中ボスみたいなMobか宝箱があってもいいはずなのに」
言われてみればそうだ。正面は細かった道もついに終点を迎え、呆気なくダンジョンの最奥部まで到達してしまっている。
ダンジョンといえば最奥部に到達すると、必ず報酬のようなものが手に入る。しかし、今はそれらしきものはどこにもない。隠しエリアの隠しダンジョンだからと言ってしまえばそれまでだが、何かあってもおかしくないのだ。
「また壁に仕掛けがあったりしないだろうな」
「そんなまさか……」
「ははは。だよな、さすがに……えっ?」
冗談で言ったつもりだったのに、もたれ掛かった壁がいきなり凹んだ。反射的に俺は壁から跳び退る。
凹んだ壁の一部は洞窟全体を響かせながら床へと埋まり、奥へと進む通路が現れた。
「まさか本当に壁に仕組みがあったとは……」
「何でも試してみるものね。特にレクイエムでは」
本当にそうかもしれない。そもそもこの洞窟に入っているのも壁に仕組みがあった。『看破』スキルが反応すればいいのに、などと文句を付けるが、残念ながら『看破』スキルはプレイヤーとMobにしか反応しない。
出現した道はこれまでよりも狭くおよそ半分ほどしかない。さっきの道で二人並んで歩くのがちょうどだったのが、今度は一人が屈みながら通るのがやっとだ。
「早く行きましょう」
俺がぼんやりと見ていると後ろから声が掛かった。
「ああ、悪い」
かがんで這っても窮屈な通路だが、俺より小柄なスフィーはすいすいと俺の前を進んでいく。現実では蜘蛛の巣でも張ってそうだが、さすがにこの世界では通路を塞ぐ蜘蛛の巣までは再現されていないのが幸いだ。一応、洞窟や攻略区にはテクスチャとして蜘蛛の巣はあったりするが、それくらいなら全然実害はない。
ただ膝をついて這っているわけで、少しずつ膝も痛くなってくる。別にそんなとこも再現しなくていいのに。
何がともあれ、苦労しつつも狭い通路を抜けると少し開けた部屋が俺たちを待ち受けていた。その中央には宝箱が一つ、ポツンとおかれていてそれ以外は今度こそ行き止まりのようだ。
「これがその宝箱、でいいんだよな?」
俺は慎重になって宝箱に手をかける。
乾いた音を立てて宝箱が開くと、眩い光が暗い洞窟を照らし、あまりの眩しさに思わず俺は腕で目を庇った。
徐々に光が薄れていき、腕をどけると、宝箱の中身は……空だった。
「………え?」
あまりに想像外な展開に、俺だけでなくスフィーまでもがその場に凍りつく。
だがそれは一瞬のことで、すぐに俺たちの視界に文字が浮かび上がる。
『隠し魔法『オーバードライブ』を入手しました』
「オーバー、ドライブ?」
文字を反芻してメニューを開いて手に入れたばかりの魔法の説明欄に目を通す。
『一定時間、術者の行動速度の限界を超えます』
短い一文だったが、俺たちを驚かせるには充分すぎる内容だった。
もう一つの現実とも言えるこの世界において時間は誰にも平等だ。『身軽』などのスキルやAGIによって走る速さに個人差は出るが、それはあくまでも現実で起こりうる範囲内の誤差だ。しかし、限界を超えるということは、今まで以上に早く動けるということだろう。一瞬の差で勝負が決まると言っても過言ではないこの世界でこの魔法はすごく有利となり得る。
とは言え限界を突破すると言われてもどれだけ動きが速くなるのか想像もつかない。できればぶっつけ本番では使いたくないために一度どこかで試しておきたいが、さすがにこの狭い洞窟ダンジョン内ではそれは叶わないだろう。
レクイエムに戻れば一度使ってみよう。あの隠しエリアには人が来ることは無いはずだ。試しに使ってみても誰にも『オーバードライブ』の存在を知られることは無い。
「今日はこの辺にしとこうか」
もうこれ以上は奥に進めなそうだ。まだ探索を続けるにしても多分あまり進捗はない。そして何より、疲れた。
「そうね。分かったわ」
帰りはほとんど何事もなく、行きよりも戦闘がない分早く出れた。途中の分かれ道のところでどっちから来たかで言い争いになり、間違った方を言っていた俺は危うくMobに殺されそうになったのは秘密だ。
外に出ると、頂点にまで昇った太陽の光に俺は目を細めた。
街が静か過ぎるのは慣れてきた。それよりも今は空腹の方に注意が削がれている。
「そろそろ昼だな。ここって食べるとこあった?」
「……知らない」
「いい加減機嫌直してくれよ。俺が悪かったって」
「そうね」
このやりとり知ってるぞ? 前にも一度スフィーが機嫌を損ねて俺が振り回される展開、俺の記憶に残ってるんですが。
そうなると、解決策は。
「パフェ、いくらでも奢るから」
「乗ったわ」
即答をされまんまとスフィーの策中に嵌められた気分にならずにはいられない。
とにもかくにも俺達はレクイエムのNPCレストランに入り、パフェだけでなく食事代全てを俺が持つことでスフィーに機嫌を直してもらった。偶然入ったレストランは高級レストランで、それを二人分という高額な出費に、俺は無情にも減っていく所持金を見てため息をついた。
めでたしめでたし。
「これってめでたいのか?」