58話
隠しエリアだからと身構えていた俺はあまりの呆気無さに拍子抜けする。
それとほぼ時を同じくしてスフィーも二体のフロッギーを屠り終えていた。
「手応えないわね」
俺と同じことを考えていたスフィーが、剣を鞘に収めながら言い捨てた。
フロッギーの強さはLv通りのものだった。ならば一体このエリアに何の意味があるのだろう。
それはすぐに明らかとなった。
「えっ」
俺がウィンドウを開いた時、真っ先に見たそこには、経験値がかなり増えていた。その量は普通に最前線で狩りをするよりは確実に多い。
Lv79のMobを三体倒すだけで最前線のMobの二体以上もの経験値が入っている。これほど楽で効率のいい場所はないだろう。
それだけでない。フロッギーからドロップしたアイテムが全てポーション類の消耗品なのだ。素材をもらったところでいい装備はできそうにないのでこれはすごく助かる。
「これからはこの辺で狩ることになりそうね」
ウィンドウを閉じた俺にスフィーが話しかけてきた。
「ああ」
俺はそれだけ返すと前の扉を向く。
まだこの部屋から先へ進む扉は閉ざされたままだ。
「とりあえずあの箱を開けてみましょうか」
「そうだな。それしかすることがなさそうだ」
その扉の前の置かれた金色の宝箱をスフィーが指さし、俺が同意。
この部屋には今、その宝箱以外には何もない。ここが行き止まりかと考えたが正面に扉がある限りそれはないだろう。
宝箱の前まで来ると、念の為に周囲を見回して警戒する。
「罠かもしれないから慎重にな」
「分かってるわよ」
ゆっくりと、ゆっくりとスフィーが宝箱に手をかけ、開く。
金色のエフェクトと、効果音が同時に発生し、中からワープブロックが手に入る。
何もなかったと、気を抜いた刹那、「グウォォォォ……」という唸り声が扉の向こうで聞こえた。
かと思うと、宝箱を開けたことにより扉が開き、奥から唸り声をあげていた青いリザードマンが現れた。
大きさ俺たちの二倍ぐらいあるだろうか。これは中ボスに匹敵しそうだ。
「これは……ちょっとまずくないか?」
リザードマンは転がる岩のように、スピードを落とすことなく俺達に迫り来る。
「まずい、では済まなそうね」
顔を引き攣らせる俺に対してスフィーは澄ました顔で告げる。
「と、なると…………逃げろーーーーー!!」
俺達は回れ右、いや回れ左……そんなことはどうでもいいが、とにかく身を翻して走り出した。細い通路を巨軀が封鎖していたが、もしかしたら広い部屋で対峙したら倒せていかもしれない。だか、冷静さを欠いた俺達――スフィーは落ち着いてそうに見える――は逃げる事しか頭になかった。
俺は『俊敏』を持っていて足の速さには自身があり、スフィーもついて来ていた。だからリザードマンとはあっという間に差が広がっていた……と思いきや、リザードマンは寧ろ加速してじわりじわり距離を詰めつつあった。
「おいおい、嘘だろ!?」
首だけ振り向いて背後を確認した俺は目が飛び出そうになる。
「そんな余裕見せてると捕まるわよ」
「これのどこが余裕そうなんだよ! ていうかお前この状況楽しんでるだろ!」
あっという間に散々迷った分かれ道を通過し、最後の直線に突入する。だが後ろを見る余裕はない。もうすぐそこまでリザードマンが迫ってきていることは分かっていたからだ。
すぐに石像が見えてきた。それと同時にリザードマンも剣を振りかぶる。
「間に合えーーーー!」
俺が右手を懸命に伸ばして石像との距離を縮める。
リザードマンは振りかぶった剣を振り下ろす。
もうだめだと、一瞬脳を過ぎったが、紙一重のタイミングで俺の右手が石像に触れた。
次いで土臭いような洞窟から空気が新鮮な楽園へと景色が変貌する。
「はぁ、はぁ」
膝に手をついて肩で息をする俺を見て、スフィーは飄々と一言。
「楽しかったわね」
「やっぱり楽しんでたのか!」
ちょっとした予想外のハプニングがあったが、この洞窟が経験値の効率がいいと分かったのは大きい。それに、このなら安全にLvが上げられる。リザードマンはどうか分からないが……。
戦闘区の方も見てみないと何とも言えないが、しばらくはこの洞窟にお世話になるだろう。
「もう時間が時間だけどどうする?」
早くも時間はお昼時になっている。一度狩りを始めると時間が過ぎるのはあっという間だ。
「そうね、一度ご飯にしましょうか」
俺たちはここで昼休憩を取ることにした。
☆ ★ ☆
午後。再び俺とスフィーは洞窟に潜っていた。午前中に来たとき、俺達は左へと進んだが、今度は右へ入る。
この辺りのマップは全く分からないために今日中に行ける頃までは行っておきたい。
進むにつれて洞窟が狭くなってきた。横幅は支障ないが、高さは少しでもジャンプすれば頭をぶつけてしまいそうだ。
「本当にこの道大丈夫か?」
怪訝そうに横目でスフィーを見ると、それを感知した彼女と目が合う。
スフィーは無表情だったが、それがなぜか、やはりどこか楽しんでいるように見えた。
「大丈夫よ。ほら」
スフィーが目で合図する方向に目をやれば、狭い通路にピッタリと収まっているMobが立ち塞がっていた。
「これのどこが大丈夫なんだ」
愚痴を漏らしながら俺は背中から愛用の黒剣を抜く。
敵は『ブロンズナイト』、Lv.83。
その名の通り銅像の剣士だ。フロッギーよりも少しLvは高いがそこまで大きな変化はない。しかもMobは一体だ。
これなら余裕だと思っていたら、スフィーが手で俺を制した。
「ネストは下がって。この狭さなら二人で戦えないわ。一応、支援頼むわよ」
下がる、とは退避しろという意味ではない。後衛に回って魔法で支援しろということだ。
「分かった」




