56話
それから少し走って、スコルプが見えなくなったところで俺は足を止めた。いつの間にか廃墟を抜けている。
一安心しているとすぐ後ろからハァハァと荒い息遣いが聞こえ、自分がフェルを連れてきたことを思い出した。しんどそうにしている彼女を見ているとさすがに罪悪感を感じたため最初にも謝ったがもう一度謝っておく。
「ごめん急に」
「はぁ、はぁ、ほんとに、急に、どうしたの?」
「スコルプって追ってくるけど、視界からターゲットが居なくなると追うのを諦めるんだ。戦うのは極力避けたかったから。とにかくごめん」
「あ、別に、そういう、ことなら」
一度息を整えてから再び足を動かし始めた。
歩き続けると、光景が少しずつ森へと変わってきた。さらに進むと、道が徐々になくなっていく。
「そろそろこの辺かな?」
俺が立ち止まって辺りを見回した時、ちょうど正面に氷晶の鎧に身をまとった鷲獅子が現れた。
中ボス扱いで、HPゲージこそ一本だが、その一本が普通のMobと違い、最大限まで長く伸びている。
「来たか。まだあいつの強さが分からないからフェルは少し下がってて」
「う、うん」
フェルが安全そうなところへ退避したのを確認すると、俺は剣を取り出してクリスタルグリフォンに向かっていく。
今、目の前にいる敵は地上に立っている。おそらくはグリフォンなので飛べるはずだが、もし飛ばれるとこちらに攻撃手段は魔法しかなくなる。だからそれよりも先に少しでも多くHPを削るべく、最初から大技の『フォース・インパクト』を仕掛ける。
まだ一撃目はクリスタルグリフォンのタゲはないために確実に当たる。
前の聖竜戦の時のように弾かれることはなく、攻撃が通る確かな手応えが剣を握る手に伝わってくる。
そのことに一安心したが、それはまたすぐに打ち消される。
「えっ、何で!?」
後ろで見ていたフェルが声を上げる。
クリスタルグリフォンにちゃんと攻撃は通ったにも関わらず、HPは約十分の一ぐらいしか減っていない。
「おいおい嘘だろ!?」
聖竜よりも下の階層のイベントMobなのに与ダメージ量の少なさに驚きを隠しきれない俺。これを後十回ぐらいするのは簡単そうで難易度が高い。
となると、今度は別の方法を試す。
「『ソニックウィング』!」
空気を振動させて、空気のカッターを作り出し、それをクリスタルグリフォンの方へと飛ばす。クリスタルグリフォンもそれを避けようと試みたものの僅かに『ソニックウィング』の方が早く左翼を掠める。
「ワォォォォォォーー!」
掠めただけなのにクリスタルグリフォンは甲高い悲鳴を上げる。
そしてHPを見ると、先ほどの『フォース・インパクト』と同じくらいのダメージを与えている。
――これなら行ける!
そう思った矢先、クリスタルグリフォンから何かが放たれた。
そのものが全く見えず、俺はただ茫然と立ち尽くす。追ってくるものの正体が分かった時には既に眼前に迫っていて手遅れだった。
「ソニックウィング……だと?」
『光防』があったから良かったものの、まさかクリスタルグリフォンが『ソニックウィング』を使えると思わず俺のHPが三割ももっていかれる。
俺の攻撃は魔法の方が効率が良く、使える魔法の中で一番威力の高いのはクリスタルグリフォンと同じだ。もうこうなればどっちが先に『ソニックウィング』を当てるかの勝負だ。
となれば使える限り使うべきだ。俺は『ソニック・ウイング』を連射する。
しかし、クリスタルグリフォンは軽い身のこなしで避け続け、羽根を動かして飛び上がった。そして反撃が来る。
飛んでくる空気の刃を『ダブルジャンプ』や『クイックステップ』を使って躱す。俺には『身軽』の上位スキル『俊敏』があるためそこまで苦にはならない。
魔法は剣撃よりも威力が低い。魔法の優れている部分は遠く離れた敵や、上空にいる敵に攻撃できること。その特徴を生かして躱す間にも攻撃を試みるがそれが全く当たらない。
「これ下手すりゃ聖竜よりも強いんじゃないか!?」
お互いに動きを止めたところで嘆く。まだクリスタルグリフォンのHPは一割ぐらいしか減っていない。
俺は少し息づかいが荒くなり肩で息をし始めた。この間に少しでも呼吸を整えようと三回深呼吸を繰り返す。だがその途中で目の前の敵が何かを始めた。
「なんだあれ?」
大きな両翼を目一杯広げると、まるで風を送るように風を起こしだした。
俺はクリスタルグリフォンげ何をしたいのかさっぱり分からず、そこで立ち尽くして様子を見る。すると、そこから何かが出てきているのが見えた。
「あれは…………粉?」
しかし気づいたときには遅かった。次第に身体が言うことをきかなくなり、身体が痺れ膝をつく。
HPゲージの下に麻痺を示すアイコンが表示される。
「く……そ……っ!」
どれだけ力を入れてもやはり身体は動かない。そこ間にもクリスタルグリフォンは俺を仕留めるベストなポジションへと移動する。
そして『ソニック・ウイング』を繰り出す。
「ぐぁっ!」
一撃だけでまたも三割と、とても三十三層のMoBとは思えないダメージくらい、どうしようもない俺は少しずつ絶望へと落とされる。
さらに俺を殺ろうとまた『ソニック・ウイング』を無抵抗に受けてしまう。
もうHPはレッドゾーンに突入し残りはほんの僅か。次に何をくらってもおそらくこの世界と現実世界の両方から退場することになる。
クリスタルグリフォンはまるで知能がついていて、止めをさすのを愉しんでいるかのように地上へと舞い降り、少しずつ俺の方に近づいてきた。
「うそだろ、こんなところで……」
奴が止まり、ラスト一撃の構えに入る。
死への恐怖から、俺の心臓がドクンと強く脈打つ。
きつく目を閉じ、受け入れたくない現実から逃避する。
「ハァァアアーーーッ!」
その瞬間、フェルの声と鋭い、何かを斬ったような音がした。
目を開けたその先の光景は、トドメをさそうとしていてクリスタルグリフォンにフェルが鋭い一撃を決め、クリスタルグリフォンが逃げるように空中に戻ったところだった。
「ふ、フェル!」
「ごめん、出てきちゃった」
助けてくれたにも関わらず申し訳なさそうな表情で詫びるフェルを見て逆に俺が負い目を感じた。
「何で出てくるんだよ。そこにいてと言っただろ!?」
「ご、ごめん……」
「でもフェルが助けてくれなきゃ俺は死んでた。ありがとうフェル」
俺が礼を言うと怯える仔猫のようだったフェルが安堵したような表情を見せたあと、満面の笑みを浮かべて一言。
「うん!」
「もうやられない。確実に倒す!」
エクストラポーションを一気に流し込み、空中にいるクリスタルグリフォンに向けて言い放った。そして今度こそフェルが下がったのを確認すると俺は先生の『ウイングカッター』を放つ。
半分ぐらい減って少し弱っていたクリスタルグリフォンはクリティカルヒットとまではいかないが確実に命中する。
「クォォォォオオオオ!」
HPが残り四分の一まで減った空中の敵は再び悲鳴を上げて地上に落ちてくる。
それと同時に俺は地面を蹴って距離を詰める。あまり食らわないと分かってはいるが魔法ばかりも使えないため、クリスタルグリフォンが行動不能な今のうちに剣撃を決めにいく。
「そりゃああぁぁぁ…………っ!」
まずは大きく『フォース・インパクト』で一割程度削る。
『スイングスキル:オクト・グライドを習得しました』
その文字に反応し、何も見ずにただ直感で体を動かす。左下からの斬り上げ、そのまま反対側からの突き。そして左に水平斬りをしてその勢いに乗ったまま一回転しもう一度左薙ぎ、反対側に来たところで斬り下ろす。最後に今度は右に薙いで先程のようにそのまま右に回転してもう一斬り、そしてとどめにもう一度回転して力強く剣を振り切る。
「クォォォォオオオオ!!」
剣を振り終えた姿勢から動くことなく、背中でクリスタルグリフォンの悲鳴を受けるとその後エフェクト片の飛び散る音がした。
その音を聞いて俺は剣をしまって立ち上がる。すると目の前に『Congratulations!』の文字が浮かび、報酬のアイテム一覧に切り替わる。そこにはちゃんと目当てのクリスタルインゴットも入っていた。
フェルのおかげでなんとかクリスタルグリフォンを倒すことができたことに安堵し、急に脱力して座り込み一息つく。
そこに、俺を助けてくれたフェルが寄ってきた。
「ネスト君お疲れ様」
「ああ、ありがとう。今回はフェルに助けられたなぁ」
「そんなことないよ。あたし、ネスト君に下がっててって言われたのに勝手に出てきちゃったし……」
「気にしなくていいって。俺を助けてくれたんだし」
まだ反省を続けるフェルに対して優しめの声音で言った。これ以上はさすがに同じようなことをループするだけだと判断した俺はメインの目的の話へと切り替える。
「そういえばフェル、手に入った?」
「うん!」
「ならよかった。じゃあ俺の分も渡すよ」
「えっ!? いいの?」
「いいも何もこれがあったところで俺には意味がないから。それならフェルに使ってもらった方がいいしな」
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべるフェルを見て俺思わず顔が熱くなるのを感じた。
その後、トレードでクリスタルインゴットを譲り、一度グラスガーデンに戻ってきた。今まで寒冷地にいたせいか、このグラスガーデンがとても暖かく感じる。
どうやらフェルはここで最前線で使える武具をある程度造ってから移転するらしい。だから俺は先にフィッサリアに戻ることにした。