55話
次の日、まだ疲労が完璧に抜けきっていない俺達は自由行動をすることになった。
だからといってこれまで毎日のように狩りをしていた俺は特にすることもなく、とりあえず宿から街に出た。
気晴らしに昨日発見したばかりのレクイエムに行って眺めを楽しもうかとも考えたがそんな気分にもなれずただ呆然と街をぶらつき回った。
かと言って街はこれまでと何ら変わりない雰囲気で賑わいを見せている。露店の商人が客を呼び込むために声を張り上げ、鍛冶用のハンマーで剣を打ち付ける金属音が店の外まで聞こえてくる。
本当に何もすることがなく地面がコンクリートなために足に疲労が溜まり始めた。
何のために今が自由行動なのか分からなくなってきた頃、俺の耳に着信を知らせる通話のコールが鳴り響いた。
「もしもし? どうしたんだ、フェル? 久しぶりだな」
『ネスト君久しぶり! ちょっとお願いがあって電話したんだけど……』
「どんなこと? 今日は一日空いてるから手伝えることなら手伝うよ」
するとフェルは電話越しでも表情が分かるぐらい明るい声音で説明を始めた。
『あのね。あたしグラスガーデンから最前線に移店しようと思ってるの』
「最前線に?」
『うん。今まではグラスガーデンで下層プレイヤーに武具を売ってたんだけど、最近そういう店が増えてきたの。それだったらあたしも最前線に店を構えて攻略の役に立ちたいと思って』
「それで俺は何をしたらいいの?」
『それなんだけど、最前線に店を出すのに相応しいような武具を作りたいの。そこで、クリスタルインゴットが欲しいの』
「クリスタルインゴット……?」
そんな単語は初耳だった。俺は鍛治に何も関わっていないから当然だといえば当然なのだが、それでも鍛治の材料であることは察した。
『クリスタルインゴットは最近聞くようになったんだけど、噂によればすごい武具が作れるらしいの。でも、それを手に入れるためのクエストが難しいって言われてるの』
「つまり、俺に取って来てほしいってこと?」
『さすがに一人でってわけじゃないんだけど……。あたしと一緒に行ってくれないかな?』
「分かった。とりあえず今から行くから詳しい話はそっちで聞く」
電話を切ると早速グラスガーデンに向かう。スフィーに一応連絡を入れておこうかと思ったが、今は別行動をとっているのだからその必要はないと判断してやめておいた。
ただ気掛かりな点はあった。それは、クエストの難易度。つまり命の危険度。これが高いということは一人で行くのは危険ではないか? 正直、フェルの戦闘力はあまり当てにならない。非戦闘員に戦闘力を求めるのはさすがに酷だ。
場合によってはマナたちに応援を求めようと考えながら中央広場に行き、そこからグラスガーデンに転移する。
久しぶりに来たグラスガーデンは最初に来た時と何一つ変わりを見せず(変わるはずがないのだが)、アスファルトの道にその両端には花畑や芝生が広がる。街にいるだけでそこに咲く花のいい香りが漂う。
ただ、変わっていないのはそういった光景だけだ。少し来ない間にプレイヤーの開く店、特に武具屋が急激に増えていた。それなのに街にいるプレイヤーの数は減っている気がした。
花畑の間を通って街の中心部へ行くと、『武具屋フェールショップ』の看板が出ている店の前に到着した。『closed』となっていたが鍵は空いているため気にせず中に入る。
閉店中のためにドアを開けた時に本来なるはずのチャイムは鳴らない。
店に入った時にフェルの姿は見えなかったが、少し待っているとすぐに奥から出てきた。彼女はもう硬そうな、恐らく自作の防具を着用していて、クエストに行く準備は万端だ。
「お待たせネスト君」
「いや、今来た所だよ。それより、話も聞いてないのに用意周到だな」
「いいじゃん。どうせ行くんでしょ?」
「ま、まあな」
「で、」
挨拶を終えてフェルが切り出した。
「今からクエストの詳細送るね」
鍛冶屋の接客で俺達以上にウィンドウを操作しているために、慣れた手つきで素早くクエスト情報を俺に送ってきた。
《隠されし秘宝》
クリア条件
クリスタルグリフォンの討伐
クエスト報酬
クリスタルインゴット
「場所は三十三層。だからネスト君なら多分そこまで苦戦しないはずだよ」
「そうだといいけど」
この時俺は昨日倒したばかりの聖龍のことを思い出した。あのクエストは最前線のものだったとはいえ苦戦を強いられた。ただ、何度倒されても復活できたからよかったものの、今回こそは倒されればそれで終わりなはず。今回は場所が三十三層だから敵が弱ければいいのだが。
「分かった。三十三層なら多分大丈夫。でもクリスタルグリフォンが強くて手に負えないようならすぐに退く」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ早速行くか」
待ってましたと言わんばかりに頷いたフェルの表情は期待と喜びで溢れていた。
店を出ると、俺が来た道をそのまま戻り中央広場に行った。そして手を石像について三十三層の街の名前を呟く。
「グラディアス」
二人の着いた街はクエストでクリスタルグリフォンを倒さなければならない階層ではあったが、俺はあんまりここが好きじゃない。
この三十三層は廃墟になっていて、廃れてしまっているのは街だけではなく戦闘区もである。だだ、戦闘区は街に近いところが廃墟なだけで、街から遠ざかると草原や森がある。
この層が最前線の時もそうだったように、やはり人気はない。だから当然この層にはほとんどプレイヤーがいない。逆にここにいるプレイヤーは俺達のように、クエストを受けに来たなどのやむを得ない場合か、あるいはリアルでこのような場所が好きなマニア、もしくは変わり者だ。
この街に元からある建物は半壊か全壊している。だからといって住めないわけではないし、普通にプレイヤーホームを売っている。それに、他の街と同じように綺麗な家を建てることも可能だ。それでも人気がないのは、廃墟に良い印象がないからだろう。
俺達は戦闘区に抜けるために街を歩いた。その道中には壊れかけの建物に紛れて普通の綺麗な建物も建っているよう異様な光景があった。
この層は戦闘区に出てからも廃墟が続いていることから、戦闘区と街を隔てるゲートがただの飾りに思えてくる。当然、ゲートを潜ればMobが襲ってくるわけだが……。少し考え事をしながら歩いていて、自分がゲートを通ったことにも気づかないことも有り得なくはない。
「そういえばさ」
「うん?」
「フェルの店って儲かってたのか? 他のライバル店が増えてきたって言ってたけど」
フェルは少し顔をしかめた。
「ネスト君って聞きにくいことをストレートに聞くんだね」
「ご、ごめん」
「自分で言うのもなんだけど、儲かってた方だと思うよ。普通に生活はしていけてるし。それに増えてきたって言っても多分他の街、最前線に比べると少ないと思うから」
「そうなのか。ならよかった……って、面倒なのが来たな」
俺達の右前方から来たのは大きめのサソリ型のMobだ。今の目的はクエストだからあまりこの辺のMobを相手にするのは好ましくない。
「あいつはスコルプ。三十三層のMobなら俺の相手にはならないけどあいつは特別面倒だ。少しでもあいつの尻尾に触れると毒が回ってHPをすぐに削られる。逃げると追ってくるやつなんだけど……」
ここで一瞬間を取ってスコルプの様子を窺いながらフェルに訊ねる。
「フェル、AGI上げてる?」
「えっと普通ぐらいは……」
「そっか、じゃあちょっとごめん」
一言フェルに謝りを入れてフェルの手を取った。
「えっ?」
そして俺は戸惑う彼女をよそに全力疾走を開始した。
「ち、ちょ、ネスト君!?」