47話
外はどんよりと曇っていて空からは小雨が降っていた。
人工的に創られたこの世界での気象は、現実の管理側の決定で季節相応にランダムで決められている。今上空に浮かぶ雲も当然人工雲で各層ある。あくまでそれもエフェクトだ。ただそこから降る雨は本物のような感じで、実際に道や、物、もちろん人も濡れる。
雨に濡れると、アイテム、装備などの物は耐久値の減少が早くなる。そのため雨の中で長時間狩るのは不可能だ。例え少しだけでも武具の修理費が高くなるというデメリットが付き纏う。
これは街の中でもそうだ。雨の時は街の中でも濡れれば少しずつ減少していく。しかしなぜかは知らないが、雪では減らないのだ。他は雹や霰と言った現実でも災害を引き起こすような自然現象は起こらないため、この世界では雨が最も厄介な存在としてプレイヤーからは嫌がられている。
一応この世界にも雨具が存在する。カッパは雨の中での戦闘用として動きやすくなっている。雨から、更には敵の攻撃からも防具の耐久値の減少を防ぐが、少し高価で、宿一泊がおおよそ五百フィルでその四日分ぐらいする。それに武器の耐久値が普通より早く減るのもデメリットだ。カッパ自身の耐久値は防具より低いが普通の道具の二倍ぐらいはある。
傘の方は街を歩く用や非戦闘用で普通の傘だ。傘では片手が塞がるので戦闘をするのは不可能だ。こちらはカッパよりも耐久値が高く使い方は普通で、防具の耐久値の減少を防ぐ。
今はただの移動で戦闘を考える必要がないため、無地の黒という非常にシンプルな傘を差して《フィッサリア》の街を歩く。
これから向かうのはスフィーと待ち合わせをしているレストランだ。スフィーからの申し出でこれから一緒に行動することになったのだが、それは俺も望んでいたことだ。
《フィン・クリムゾン》がPKをするようになったという噂が事実ならソロでの活動は危険極まりない。以前《悪魔の烙印》こと《六剣》の襲撃を受けたときは、《サイクロン》が助けに来てくれていなければ俺らはすでに死んでいただろう。
ギルドに入るという方法もあったが、ギルドに入ると集団行動を余儀なくされで自由が利きにくい。それを窮屈に感じるから嫌だというのが二人の所見だった。もちろん《サイクロン》なら二人ともよく知っているし、そこまで束縛されることはないだろう。むしろ大歓迎してくれるはずだ。
でもやっぱり気が引けた。
二人で話した結果がお互いソロ同士がやりやすいということで結局二人で組むことになって別れた。それが一昨日のこと。
そう言えば一昨日も雨だったなぁ。
などと思い出しながら歩いていると雨が本降りになり始めた。
スフィーとの待ち合わせ場所ほプレイヤーの開いているレストラン。ここは料理の味もよく、雰囲気的にも落ち着いていてとても良い店だ。スフィーとパーティーを組むことになって以来会うときはいつもここと決めている。
レストランに入ると案内役のNPCが「何名様ですか?」と訊いてくる。もうスフィーは来ているはずなので、現実同様の接客をするようにプログラムされているであろうNPCに「待ち合わせです」と答えて中に入っていく。
少し辺りを見て回るとスフィーはすぐに見つかった。何かウィンドウを操作している様子だ。
「ごめん待った?」
俺が声をかけるとスフィーは顔を上げてウィンドウを閉じた。
「待ったわ」
「…………」
「どうしたのよ?」
「そこは別に今来たところって言う場面じゃないの?」
「いいじゃない別に。事実なんだし」
淡々と返されることに苦笑しながらもスフィーの向かいに座って一応言い訳をしておく。
「ごめんさっきまで透明な石をまたもらってたんだ」
「え!?」
「それも最初にもらったのと同じ人から。今度は素材集めをしてたら偶然見つけたって」
話しながら俺がウィンドウを操作して透明な石を二つ取り出してスフィーに渡す。
「それで俺たちで話してたんだけど、こんなに三つも石が集まるということは、思ってた以上にレア度が低いんじゃないかって。だから他のプレイヤーが持っているかもしれない」
「でもそうなると」
「ああ。効果が判明しないまま他のプレイヤーの手に渡るのは危険かもしれない。もし他のプレイヤーが持っていたら恐らく噂になるだろう。効果が判らないから。だから噂を聞いた時に持ってる本人を探しだして石を譲ってもらおうってことになったんどけど……どう?」
スフィーは少し沈黙した。
窓の外では考えてる間に雷も鳴り出した。さすがに落ちるということは無いが雨に濡れた時の装備のダメージが大きくなる。
「…………そうね。確かにあれはとんでもない代物かもしれないし、効果がない本当にただの石なのかもしれない。無論、それに越したことはないのだけれど悪い予想を立てておいた方が安全だから」
「ああ、じゃあお願いな。それで…………」
――《フィン・クリムゾン》のちょっとした情報を入手したんだけど……
そう続けるつもりだったが寸前で思い止まった。今は伝えるべきではないだろう。今伝えてしまうと、こうしてスフィーと会っている本題をそっちのけになってしまいそうな気がした。
「やっぱりいい。それより本題に入らないか?」
「そうね。じゃあまずデータを送るから」
スフィーがウィンドウを軽く弄って送られてきたデータにあったのは、
《クエスト・神秘の聖竜》
クリア条件・聖竜の討伐
クリア報酬・五百万フィル、エクストラポーション三十五、スキル《竜鱗》、スキルレベル強化材
「何だこのクエスト?」
「この層の戦闘区の森に人影があったから行ってみたらNPCがクエストを持ってたって訳。恐らく隠しクエストねこれ」
あからさまにやる気が満々のスフィーに俺は少し不安があった。