28話
それぞれの感想を口にしながら街に戻ると、俺たちを迎えたのは人々の賑わいだった。
いや、普段から最前線は常に賑わっているが、今はいつも以上だ。そこら中でプレイヤー同士が話している。
「何かあったのか?」
気になって俺が三人を代表して訊ねる。
「あぁ、聞いてくれよ! この層の三階がついに攻略されたんだ!」
「へぇ~、そうなのか。どこのギルドがやったかって判るか?」
「どこだったっけ……そうだ、確か……セイクリッド……」
「クロス」
プレイヤーの言葉をマナが引き継いだ。
「そうだそれそれ。あんた、知ってるのか?」
「はい、少し聞いたことが……」
「そうか。確かに三階の中ボスを倒したのはそんなギルドだったよ」
「解りました。ありがとうございます」
とりあえず教えてくれたプレイヤーに礼を言って別れ、話を中断させる。そしてすぐに今度はマナに訊く。
「どういうギルドなんだ?さっき知ってるような口振りだったけど」
「うん。多分神聖なる十字架は攻略組でもごく一部だと思うんだけど攻略組の中では神聖なる十字架がこの世界で一番強いギルドではないかと言われてる」
「だったら何であんまり知られてないんだ?」
俺が、生じた当然の疑問を投げかける。
「その理由は、今ではこの世界で一番強いギルドと言われてるのと同時にこの世界で一番トラブルを起こしやすいギルドという風にも言われてるの。そのギルドは実力主義で、自分たちが否定されたり、思い通りにいかなかったら実力を行使してくる。そんな身勝手な人の集まりなの。私もβの時に私たちサイクロンがボス戦をしようとしたら後ろから神聖なる十字架の人たちが来て、『自分たちがボスを倒すからお前たちは引っ込んでろ』って言われた……それで私が抗議したの。『後から来ておいてそれはおかしいんじゃないですか』って。するとリーダーの人が今度は『お前たちの戯れ言に付き合っているほど暇じゃない。弱い奴らは黙っとくんだな』って言われて………それで………」
珍しくマナが俯いて言葉を詰まらせた。
突然肩を震わせ始めて様子がおかしい。
「もういいよマナ。ここから先はわたしが説明する」
そんなマナにスフィーが助け舟を出した。
スフィーはマナの肩に手を置いて、心配げに横目で様子を窺った。
「その後、マナはリーダーの奴にキルされたんだ。サイクロンのメンバーも助けに入ろうとしたけどそうできないように他のメンバーが邪魔をして、人数の少ないギルドじゃいくら強くてもその邪魔な連中を突破する事が出来なかった。と言うよりは何もさせてもらえなかったらしい。で、中央広場に戻されたマナが急いでその場所に戻るとまだサイクロンのメンバーがいて『マナがやられたのに何も出来なかった』と強く謝ったらしい。――その後神聖なる十字架は何も無かったかのようにボスを倒して去っていった。マナはここまでわたしに話してくれたの。その時も憤りを我慢して私のせいでサイクロンのメンバーに迷惑をかけたってすごく悔しそうに」
「そんなことがあったのか……」
話を聞いているうちに俺も憤りを感じずにはいられなかった。ボスの横取り。マナへのPK。実力行使。この感情をぶつける方法を考えずに浮かんできたのが神聖なる十字架連中を殺ること。だが思い出したのはマナが最初に言ったセリフと、マナが苦しんでる一番の原因のことだった。
「この世界で一番強いギルド」。それにマナやサイクロンが実力で及ばなかったという現実。それはβの時だと言っても今もこの世界で一番の実力を誇っているだろう。それはつまり、言い方はキツいが、今もマナやサイクロンでは敵わない。マナたちで無理なのだから当然俺でも及ばない。
それが厄介なのだ。抵抗したくても実力で及ばないから抵抗出来ない。抵抗したところでやられるのは自分。悔しいけどそれが現実なんだ。仮に今出来ることがあったとすると、それは強くなること。経験値を地道に稼いでいき神聖なる十字架に渡り合えるだけの力を付ける。それだけしかない気がする。
だからこれ以上今考えても仕方ない。これは今すぐどうにかできる問題ではない。遅くなったが今は食事をする方が先だ。
「今は考えてもしょうがないよ。まずは食事にしよう」
二人は頷いて同意した。
マナはだいぶ落ち着いたらしい。顔を上げて何時ものマナに戻りつつある。そしてスフィーに支えられながらゆっくり歩き始める。
その光景を目にして、マナはこの世界でいい友達や仲間に出逢えたんだなと思った。それに較べて俺は……うん。
時間が遅くなり、辺りはすっかり暗くなっていた。プロートンの街には街灯が灯り、ほとんどの建物からも灯りが漏れている。それでも街中には人が多く歩いていて、ついにボスへの道が開けたことを喜び合うプレイヤーたちもいた。
攻略区四階のマッピングが終わればマナを含む最前線プレイヤーたちはボス戦に挑むのだろう。噂によればトーテムタワーのボスは、他の場所のボスよりも手強いらしく、そこへ妹が挑むとなるとやはり不安だ。
しかも、昼間にスフィーから聞いた件のこともある。悪魔の焼印による妨害が入った場合、間違いなく死者は出るだろう。
不謹慎だが、正直なところその死者がマナでなければいいとつい思ってしまった。
この噂はすでに一部のプレイヤー間には出回っているようだから、さすがにボス戦の際は何らかの対策は取られるはずだ。けれど、それが上手くいくとは限らないし、上手くいっても死者を出さないのは困難だろう。
「…………ちゃん! お兄ちゃんってば!」
気がつけば、マナが俺の顔を覗き込んでいた。その顔に陰りはもう抜けていて、ひとまずは大丈夫だろうと安堵する。
「急にぼーっとしちゃって、どうしたの?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してた」
「考え事? どんな?」
「……いや、解決したから大丈夫だ。それよりご飯だ。ちょうどここにレストランがあるし、ここでもいいか?」
「うん、いいよ。私もお腹がすいたから早く何か食べたいし」
マナの実力はさっき存分に思い知らされた。何があってもマナは大丈夫だ。万が一のときは俺がどうにかしてみせる。そのために俺はここにいるのだから。
そう決意して俺たち三人はすぐ近くにあったレストランに入って食事をした。