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確執

 次の日、一瞬だけ、学校に顔を出した。だが、スッキーがいないのを確認すると、すぐに俺は、福山城公園へと向かった

 公園に向かう途中、駅の改札前付近で、意外な人物に出会った。

『カエル』だった。『カエル』は先月、転校シーズンではない十月のど真ん中に、俺の高校にやってきた。名字が「雲銘ウンメイ」で名前が「還流カエル」。けったいな名前の男だ。

 珍しい名前というだけで、すぐに学年の人気を取っていた。沢山あるアタリ付きのお菓子の中からアタリを見つけたように、みんな物珍しげにちやほやする。その上、イケメンだった。

 俺に言わせれば、ちょっと薄めの、日焼けしたモアイ像にしか見えん。なのに、女子はダンディーだとかワイルドだと言って、ちやほやしていた。

 絵に描いたような模範生徒のはずのカエルが、授業のある時間帯に出歩いているなんて、意外だった。制服のまま、札から少し離れたところで一人で立っていて、誰かを待っているように見える。

「ヒコーキ!」

 いつの間にか後ろに立っていたユースケが、不意に俺の肩を叩いた。ユースケは連中の一味である。クラスでは俺の席の隣だ。

「おぃ! 驚かすなよ……今日は、来るの早いな」

「おぅ」と軽く応じて、ユースケは蕩けそうな笑顔を向けた。しかし、すぐにユースケの視線がカエルに注がれた。

「あれ! 優等生ちゃんのカエルじゃん? あんな優等生ちゃんが、こんな時間に、何やっとるんじゃろ?」

 カエルは時折ちらちら改札の向こう側と腕時計を忙しなく見比べたまま、貧乏揺すりをしていた。

 俺たちは面白がって、探偵のように新聞で顔を隠しながら、十メートルくらい離れた柱にすっぽり隠れてカエルを見ていた。

 隠れている間、ずっとカエルの話で盛り上がっていた。

「アイツ、佐賀から来よったんと」

 ユースケが新聞に顔を埋ずめて、消え入りそうな声で話した。カエルの一家はユースケと同じ町内に引っ越してきて、親から聞いた話らしい。

「広島より、ド田舎やん。そりゃ……えらい気取った原人やなぁ! 佐賀原人やん! これからアイツのこと『原人』って呼ぼうぜ! 俺、福山なんてくそ田舎や思うて、バカにしとったけど、急に都会に思えて来たわ!」

 俺とユースケはしばらく「原人!」と言い合っては、カエルをちらちら見ながら爆笑していた。

 カエルは俺たちの不快な笑いに気づいたのか、突然、俺たちに向かって近づいて来ていた。何を考えているのか分からない薄ら笑いを浮かべている。

 ユースケが「なんだよ!」と叫ぶのが先だったか、カエルの後ろに立っていたスッキーの存在に気がつくのが先だったかは、分からなかった。

 俺とスッキーは、お互い無表情のまま一瞬、目が合った。

 掌が、じんわりと湿ってきたのが分かる。カエルとスッキーが二人で並んで来るのを見て、鼻の奥が熱くなるのが分かった。

 カエルは、鼻息が掛かるくらい俺たちの目の前まで来て、立ち止まった。

 しばらく、口を開こうとしなかった。

「なんだよ? 言いたいことあるなら、言えよ!」

 ユースケが、いつもより低い声で怒鳴り散らした。

 それでもカエルは、俺たちの目の前で立ち止まったまま、何も喋らない。福山駅の改札が修羅場と化しつつあった。

 これ以上、ひょっとして何か起こらないかと、華奢で頼りなさそうな駅員も、戦闘態勢に入っている。

 俺は、しばらく至近距離で二人を傍観していた。だが、頭の中は、カエルの後ろにいるスッキーのことしか考えていなかった。

 カエルは相変わらず鋭い目玉を埋め込んだ笑顔を貼り付けたまま、黙って立っていた。この先いったい何が起こるのか、カエルが何をしたいのか、全く分からなかった。

 一瞬の、出来事だった。

 急に、カエルは自分のポケットに勢いよく手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃの紙屑を取り出し、俺に渡してきた。

「なんだよ、これ?」

 紙屑から、腐った生ゴミの匂いが仄かに薫っている。

「香味比くんみたいな生活態度の悪い生徒が、ゴミの分別をしてるなんて、感心したよ」

 目が少し、笑っているようだった。一言だけ俺に残して、俺が追いかける間もなく、カエルはすぐに、その場を立ち去った。

 スッキーも、カエルに続いて立ち去った。俯いたまま、俺とは目が合わなかった。

 俺はカエルの心の内も、スッキーの心の内も、全く読めなかった。

 ユースケが二人を追おうとしたのを止めて、駅近くのゲームセンターへ向かうことにした。二人を止めて色々しつこく問い詰めたところで、恐ろしい答しか、返ってこないような気がした。


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