28才女☆年下彼 別れる
じゃあ、一体どこで引き返すのが正解だったのか…。
「そんなこと聞かれても困る。」
そりゃそうだろうよ。20代の大切な2年間を無駄にしたのはお互い様。
答え合わせされたって、困るよなそりゃ。
「帰るわ。電車まだあるから。」
「送るよ」
「いいよ、送るったって自転車でしょ?」
あ、やば・・・。
「そうだけど」
「ほら、雨だから。水溜りはねるよ」
「じゃぁ、一緒に歩くよ」
「・・・」
雨が降っていて良かった。と思って外に出たら、なんのこたない霧雨だった。
大雨か雪なら、こんな日にはぴったりなのに。
同じ2年間でも、20歳からの2年間と、26歳からの2年間では、思い出の種類が違う。
タマには武勇伝?私には・・・・惨めさだけが残るんだろう。
小雨の中、ルブダンのハイヒールの先を、タマの磨り減ったコンバースが進んでいく。
何も話さないなら、最後くらいタクシーを呼んで放り込んで欲しかった。
興味のない看板を眺めながら歩くタマの後ろを、タイルの格子をよけるように、カツカツと進む。
霧みたいな雨が、体に張り付いて来る。
硬そうなおしりが可愛いと思った時に、
「やめとけよ。」
と、聞こえたのは、上司としての理性なんかじゃなく、案外、女としての本能だったのかも・・・。
セックスだけじゃ物足りなくなったのは、いつからだろう。
柔らかい髪だけじゃなく、その中の脳みそが考えてることまで欲しくなった。
昔、不倫相手がそうしたように、私も彼の中で大暴れしたかった。
憎らしいと思われたかった。
駅の名前まで読み取れるほど近づいた時、振り向きもせずタマがつぶやく。
「いつ移動なの?」
「2月か3月?て言っても引越しは、GWまでできそうにないし、しばらく2時間かけて通うかもね」
「大変だね。」
「まぁね。社会人だからね」
「タマこれからどうすんの?」
「わからない。けど、まあ、なんとかなるでしょ。」
「そ。」
最後に、泣いたりしない。泣く理由がないから。
ただ、私が男で、タマが女なら、全部上手くいくのにって。
口にして、タマをしんそこ傷つけて、私のことをトラウマにしたかった。
このままじゃ、3年後、どこかの会社のなんかの飲み会で、ネタにされる日が来る。
それならいっそ、こんな小雨の天気になるたびに思い出して、反芻して飲み込んで欲しい。
そんなタマの腹の中で、大笑いして住み着いてやりたい。
まだ、華奢で、貫禄なんて全然ない後姿だって、背広が似合うようになる。
夏の夕方みたいな匂いは期間限定。あと3年もしたら、枕みたいな体臭になる。
右側だけのエクボだって、そのうち肉がついて消えてなくなる。
先の先まできれいに出来てる手先にも、外回りのシミがボツボツ出来る。
私が老いていくように、この子も、こんなきれいなままではいられないんだ。
そう思って安心しようとするけど、どう想像したって、いい男になるとしか思えないタマ。
タマのしこりになりたい。
ただの若かった時の話じゃなく、恋をするたび、思い出してしまうしこりになりたい。
誰かに話して吐き出しても、気を緩めたらふいに思い出してしまう。
そんな若い頃の忘れられない女になりたい。
「ごめんね。」
「何が?」
「幸せに出来なくて」
「幸せにする気なんて、なかったでしょ?」
「うん」
「ははは笑」
「ごめん」
「もういいよ。」
「またメールして?」
「タマ。私婚活するわ」
「うん、そういた方がいい。俺には無理だから。」
改札を通った後、ちゃんと振り返って笑顔で手を振った。
そのまま階段を駆け上がるなんて、みじめなこと、誰が出来るか。
俺には無理だから。。。。
じゃぁ、どっかで引き返してよ・・・
言う勇気がなかった。
彼を傷つければ、自分も傷つく。
愛しているからじゃない。年とったんだ。
こんな女にはなりたくないって、思ってた自分になるのが怖い。
たとえ惨めでも、十代の頃の自分を、がっかりさせたくない。
あと何回こんな気持ちになったら、あの頃思い描いた大人になれるんだろう。
低温やけどしそうなシートヒーターが、各駅に止まるたびに入れ替えられる空気を、
またせっせと温めなおす。
真っ黒な窓に、公営団地の非常灯が、等間隔で映っては消える。
もう2度と見ることはない景色を、ぼーっと眺めていた。
十代のころの私よ。
頑張っていなかった訳ではないんよ。
ただそれだけは、わかって・・・