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くらんくらうん  作者: バラ発疹
夢の終わり
60/62

05と06と07

     05


 名古屋に到着した久未弥はマグドで軽く昼食を済ませ、テンホー氏に連絡をした後、名古屋に本拠を構えるホスピタルクラウン協会本部に向かって歩いていく。協会でテンホー氏と合流した後、そのまま二人で病院まで直行するためである。

 病院での活動の後、活動報告と情報交換の為たびたび顔を出しているので、迷うことなく到着する。

 協会に到着した久未弥を待っていたのは、軽く騒然とした事務局であった。

「? なにかあったんですか?」

 事務局の受付の女性に久未弥が尋ねると。

「あぁブッチョさん。いえね、差出人不明の寄付があったんですよ。それも一億円も」

 受付の女性は心底驚いた様子で話す。企業の寄付でさえ一億を越えることはないというのに、気前の良い人もいるものだ。

「へぇ、世の中には善良な人もいるんですねぇ。しかも名乗らないなんて」

「そうなのよ。差出人の所に何も書いてなくてね。お礼も言えやしない」

 寄付だけで運営している協会にとっては、高額の寄付はありがたいものなのだ。

 そんな人の良心に触れ、少々あたたかい気持ちになっている所に、久未弥の携帯電話の着信音が鳴り出す。

 取り出した携帯電話の液晶画面には、知らない電話番号が表示されていた。

 久未弥は訝しがりながら通話ボタンを押すと。


『こらぁ! ブッチョぉっ! どうなってんだよぉ!』


 と、携帯電話のスピーカーから漏れだしたのは、憤怒マックスの冬子の声だった。

「って、いきなりなんなんだよお前は。久しぶりの電話で激怒かよ。どうしたってんだ?」

『どうしたもこうしたもないよ! うちの施設にいきなり一億円も寄付があって、先生達パニックだってーの!』

「おっ? お前んとこもか? こっちも騒然だぞ、差出人不明の一億円が寄付されたって」

『は? ブッチョバカ? 差出人不明なんかじゃないよ、よく見てよ!』

「え? ちょっと待ってろ」

 そう言いながら、事務所の女性にその寄付金の送り状を見せてもらうと。

 その以来主の欄には、空欄……ではなく、

 その空欄と思われた左上には“「”が、そして右下には“」”が記入されていた。


「あ、」

 

『ねぇ、ブッチョ。なにが起こってるの? ねぇ、私、みんながこのままバラバラになるのなんて嫌だよ? ねぇ、ブッチョ、お願い』

 冬子の二度目の懇願。

 何もしてやる事ができなかった一度目を久未弥は後悔している。もっとできる事があったはずだ、もっと上手くやれたはずだ。その思いが今でも久未弥の中を駆け巡っている。

 今回はどうだ。

 何も言わずに失踪した桜。その友人に関係のある施設に送られた一億円もの寄付金。それが何を意味するのか。どんな結果へと繋がっているのか。

 考えろ、できる事があるはずだ。考えるんだ、もう二度と後悔しないためにも。

『ぶ、ブッチョ……カッ子、姉ちゃん、を、お願い』

 電話口から聞こえる杏奈の声。久未弥が走り出すには充分すぎる号砲であった。

 事務局の受付の女性に、今日の活動を休む旨を伝え、久未弥は走り出す。

 豊多市まで電車で一時間強。その間も久未弥はない頭を全回転させ続ける。

 これ以上後悔という二文字を刻み込まないように。


     06


 桜のマンションに到着する頃には久未弥は頭痛がするほどに考えを巡らせていたのだが、これといって何の答えにも至らなかったのが現実である。

 しかし、すでに考えている場合ではなく。エントランスに入るなり903号室のインターホンを鳴らしまくる。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 静かなエントランスに響き続けるインターホンの音。しかし、その呼びかけに対する返事は聞こえてこない。

「くそっ、なんだってんだよ。また引きこもってるだけなんだろ? 出て来いよカッ子!」

 初めてここでインターホンを鳴らした時は、インターホンに仕事をさせないほどの早さで桜の声が聞こえたのだが、今はどれほど待ってもその声は聞こえてこない。

 もしかしたらしばらくここで待っていれば、桜が帰ってくるかもしれない。しかし、そんな余裕は久未弥には残っていない。

 久未弥は再び走り出す。

 桜の行きそうな場所を想像しながら。

 桜と共に、遊び、笑い、喧嘩し、そして泣いた記憶をたぐり寄せながら。四人で共に過ごした思い出の場所を。かけがえのない時間を共に過ごした幸せの日々を。

 すべての始まりだったあの閑静な住宅地。

 たびたび買い物やイベントで行ったジョスコ。

 行きつけのマグド。久未弥のバイト先のコンビニ。

 冬子が入院していた病院。

 そして、桜の心の悲鳴を聞いた公園。

 しかし、そのどこにも桜の姿はなかったのである。


 考えてみれば本気で失踪した人間が、自分の行きそうな場所に立ち寄るわけがない。

 途方に暮れ、そう思いながらも、久未弥は桜のマンションに戻ってくる。

 ここに来てできる事は一つしかなく、再びインターホンを鳴らし始める。

 そんな無意味な事を延々としていると、マンションの中からスーツ姿の男が現れる。

 その男はマンションから出ようとしているだけらしく、怪訝そうに久未弥を見ながら通過しようとすると。

「あれ? えっと、あんた903号室の皆川さんの知り合い?」

 などと声を掛けてくる。

 どうやら久未弥が903号室のインターホンを鳴らし続けているのに気づいたらしい。

「そうだけど、あんた何者だ?」

 と、久未弥は問いかける。久未弥より少し年上であろうかそのスーツ姿の男は言う。

「あー、俺は不動産屋をやってるんだけどよ。

 あんた皆川さんに言っといてくれよ。マンション売ってくれるのはいいんだけどさ。


 中で自殺とかされるとホント困るんだよね」


「……っ!」 

 血の気が引いた。

 目の前が真っ暗になり、膝から床に崩れ落ちる……前に気づく。

「ちょっと待った。言っといてくれってことは、カッ子はまだ生きてるんだな!」

「あ? あんたまだ知らないのか。なんか睡眠薬飲んで自殺しようとしたらしいけど、昏睡状態で病院運ばれたらしいぜ」

 あぁ、運がいいとはこの事だろうか。

 久未弥は気づいた。これが、自分達四人が本当に幸せになるための、本当に最後のチャンスだという事に。


     07


 すでに空はすっかり暗くなっていた。

 いくら暖かくなり日が長くなったとはいえ、まだ7時をまわった頃にはこの通り夜の闇が空を覆ってしまう。

 その夜の道で、久未弥は自転車を走らせる。

 病院に確認したところ、桜が搬送されたのは、久未弥がクラウンとして活動している豊多厚生病院の方であった。

 通い慣れた道のりを走っていく自転車。久未弥がこの自転車にフェラーリと名付けたのはいつの事だっただろう。子供の頃に見かけた赤く鋭い流線型。その車は後にテスタロッサという名前だと知るのだが、その剛健的な名称よりも、なんだか気が抜けたようなフェラーリという響きが気に入っていた。その現実離れしたフォルムは夢の中の車のようで、あの車に乗れば自分をつらい現実から連れ出してくれるんじゃないかという気にさせてくれた。

 久未弥は走る。愛車のフェラーリにまたがり。

 フェラーリは走る。そのフレームにマジックペンで描かれた馬のように雄々しく俊敏に。

 あの日思いを馳せた夢の世界へ向かってフェラーリは行く。

 ほどなくして、夢へといざなう愛車フェラーリは目的地の厚生病院に無事到着したのであった。


 久未弥は息も絶え絶えに受付で桜の病室を教えてもらい、早足で病室を目指す。

 その病室は4階で、いつも久未弥が向かう階より一つ上にあり行ったことがなく、エレベータで登っていく最中ちょっとドキドキしていた。

 4階に着くと、そこは造りこそ小児病棟と同じものの、雰囲気は実に静かで整然としていた。

 久未弥は教えられた病室の扉の前に立つと、呼吸と身なりを整え、ノックをする。

「カッ子、入るぞ」

 扉を開けるとそこは個室で、部屋の真ん中にはベッドが横たわっている。

 そのベッドの上には、桜が昏睡状態で眠っている……はずなのだが、その布団の中はもぬけの殻だった。

「あー、あいつトイレかな? って、なわけないよな」

 よく見るとベッドの周りには、点滴やら呼吸器やらが外されたまま放置されていた。

「うん、今さっき出てったってとこか」

 久未弥が布団に手を置くと、そこにはまだ桜のぬくもりが残っていた。

「バカが。あいつドラマの見過ぎだっての。間に合うか?」

 この状況で逃げる事ができる場所は一つだけだろう。何も持たずとも全てから逃げられる場所。その身一つでこの世界から離れられる場所。

 そこへ向かって久未弥は走り出す。途中、道を間違えないように看護師にそこに行くための道のりを確認していく。一秒のロスも今は許されないのだ。

 走りながら横目でエレベータを確認するとこの階には止まってはいない。すぐさま久未弥は非常階段を目指す。

 階段の段を二つずつ飛ばしながら駆け上がっていき、あっという間に最上階に到達する。

 そしてその勢いのまま扉を開け放つと、そこには開けた空間の鉄格子で囲まれた屋上が姿を現し、その先の格子の向こうに人影が見える。

「カッ子!」

 そう叫びながら、久未弥は鉄格子に駆け寄る。

 その鉄格子からさらに5メートルほど先の建物の端の部分に立ち尽くす人影が、その声に反応するようにゆっくりとこちらに振り返る。


「やだなぁ。ずるいですよブッチョさん。こんなタイミングで来るのは反則です」

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