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くらんくらうん  作者: バラ発疹
夢の終わり
57/62

03と04で了

     03


 そして再び墓地である。

 久未弥の父親が眠る墓の前には、先ほど須藤邸を後にした三人の姿があった。

「本当にすまなかった久未弥君。もっと早くに気づいていれば、君につらい思いをさせずにすんだのに」

 心底すまなそうに、親戚のおっさんは謝罪する。

「いえ、全然気にしてないですよ。済んだことですし」

 と、久未弥は改めて父の墓に線香を手向ける。

 それに続いて、親戚のおっさんも線香をあげ、桜もついでに線香をあげる。その際、なぜか桜はしきりに首を傾げていた。

「どうしたカッ子。さっきから首をかしげて」

「「え? えっと、なんでブッチョさんのお父さんのお墓なのに、須藤って書いてないんですか?」」

 確かに一同の目の前の墓には“緒方家代々之墓”、と記されている。

「あぁ、お嬢さんそれは、須藤家は幸太郎の奥さん方の姓だからですよ」

 と、親戚のおっさんが説明するが、桜は、はぁ、と気のない応答でなにやらスッキリしない様子。

 そんな桜は放っておいて、久未弥は聞きたかった事を親戚のおっさんに尋ねる。

「で、俺の父親はどうやって死んでいったんですか」

 そう、父親が自分をかばって死んでいったと聞かされた時から思い出そうとしているのだが、父親がどうやって死んでいったのか、さらに、父親がどんな人だったかさえ思い出せないでいた。

「そうか、久未弥君は本当に何も覚えてないんだね。無理もない、お父さんは君の目の前で死んだのだから。

 あの時、君とお父さんは二人で街に買い物に出掛けていて、ビルの爆発に巻き込まれたんだ。

 そして、君のお父さんは咄嗟に、爆発から君を守るために覆いかぶさり、降ってきたビルの瓦礫にのまれて死んでしまった。

 その後、到着したレスキュー隊に久未弥君は救助されたのだが、君は奇跡的に擦り傷一つ負ってなかったらしい。後の話で、無傷だったのは君のお父さんの守り方が良かったとのことだった」


 久未弥は目を閉じながら、親戚のおっさんの口から語られるその話に耳を傾けていた。

 これが自分の本当の父親の最期であったらしい。

 今まで信じ込んでいた父親とは違う知らない父親。

 いや、久未弥は知っている。決して自分を捨てたりなどしない優しい父親を。

 自分の子供を、自分の命を懸けてまで守る立派な父親を。

 久未弥は覚えている。自分を産んですぐに亡くなった母の分まで、愛情を注ぎ込もうとしていた父の姿を。

 そう、あの日も、仕事が忙しくなかなか遊んでくれない父さんが、無理矢理時間を作って自分を買い物に連れて行ってくれた。

 あいにくの雨だったが、久未弥は楽しかった。

 父さんと一緒に行くおもちゃ屋さんも、父さんと一緒に行く服屋さんも、

 父さんと一緒に乗る電車も、父さんと一緒に傘を差し歩く雨の歩道も、

 大好きなお父さんと一緒にいるだけでうれしかった。

 昼食をとるため、どこで食べようかと雨が降りしきる歩道を歩きながら、父さんは約束してくれた。


 こんどの休みは、一緒にネズミーランドへ行こう。


 うれしかった。一度も行った事の無いテーマパーク。いつかテレビで見たそこは、まるで違う世界のようだった。

 この大好きなお父さんは、自分の夢をかなえてくれる。

 もう、うれしくて、うれしくて、しあわせだった。


 バン!


 突然だった。

 突然の大きな音と同時に父さんが覆いかぶさってきた。

 ――暗転。

 次に気づいた時、目の中に飛び込んできたのは、降りしきる雨で濡れた一面に反射する赤色回転灯の赤と、自分を引きずり出そうとする数人の消防士。

 そして、今、自分が引きずり出された場所には、瓦礫の中、土下座をするような格好のまま動かない、血まみれの父さんがいた。


 ゆっくりと久未弥は目を開ける。

 思い出した。長い間記憶の奥に封印されていたため、ぼんやりとではあるが、久未弥は思い出した。

 思い出してしまえばどうということはない、久未弥は初めから本物の父親を知っていたのだ。

 本当の父さんを知る久未弥が夢の中で訴えていた、お前の父さんはネズミーランドに連れて行ってくれる優しい父さんだぞ、お前の父さんはこうやってお前を守りながら死んでいったのだぞ、と。

 少々大きな雑音が混じってはいたが。

 

     04


「おじさん、ありがとうございました」

 本当の父親への黙祷を終え、親戚のおっさんに礼を言う久未弥。

 しかしその気持ちは晴れ晴れとしたものではなかった。それは、命の恩人であり、自分を愛してくれていた父親を恨んでいた事。そして、本当の父親を思い出すまでに長い時間が空いてしまい、思い出したそれが、どこか他人事めいていたように感じているためである。

 どこかのテレビドラマのように、思い出した瞬間に涙の一つでも流そうものなら格好もつくのであろうが、そういう感情も一切ない。

 ま、現実はそんなもんだ。と、思いながら後片付けを済ます。

「ちょっと桶と柄杓を返してくるんで先に行っててください」

 そう言って久未弥は墓地の入り口で二人と別れ、寺の備品を返しに行く。

 桶と柄杓を所定の位置に戻し、一呼吸入れて墓地を見渡す。

 最初は簡単に桜の父親の墓参りを済ますだけの予定が、なかなかおおごとになったものだと振り返る。

 須藤家を出てから、今まで逃げ続けてきた状況は、解決してしまえばあっけない幕切れであった。

 実は父親は自分を捨てた訳ではなく、自分のために命を捨てていた事。そして顔面麻痺になった本当の原因。そのどれもが、久未弥の保護者一家による迫害の末に作り上げられていた。

 身勝手な大人の、どうでもいい欲望とプライドによって起こされた悲劇。

「……うおっ。悲劇とか自分で思っちまったよ。まぁ過ぎた事を愚痴ってもしょうがねえ。そろそろ行くか」

 そう、久未弥にとってここからがスタートラインなのだ。

 今までの遅れを取り戻すため、後ろを振り返っている時間はない。

 久未弥は進む。

 枷の外れた足で一歩づつ確実に。

 心なしか桜達が待っている寺の入り口までの景色は、来るときに見ていた雰囲気とは違い、久未弥を祝福しているかのように見えるのであった。


 第三話了

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