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くらんくらうん  作者: バラ発疹
夢の終わり
55/62

第2話「墓参り」01と02で了

 第2話「墓参り」


     01


 花の時期を終えた桜並木は、透き通るような若葉によって薄緑に染められていた。春の暖かな陽気も心地よく、心が洗われるようである。

 しかし、久未弥の心は洗われるどころか、黒い霧で覆われているようだ。というのも、一人で墓参りに来たはずの久未弥の後ろには、怨めしそうな目で歩いている桜がいるからである。

「まったく、そんなに嫌ならついてくんなよ」と久未弥が言うと。

「全然関係ないブッチョさんだけ行かせられるわけないじゃないですか。なんであんなお願い了承したんですか」と、憤慨やるかたない様子。

「別にいいじゃねえか墓参りぐらい。お前の気持ちもわかるから、一緒に来なくてもいいって言ってんだろうが」

 その場のノリで了承したとはいえ、久未弥も内心失敗したと思っていなかったわけでもなかった。

 しかし父親の墓参りを断固拒否していた桜が、最終的に一緒に行く事になった時に、失敗は確実のものとなったのである。

 それこそ全然関係のない自分一人なら、さっさと墓周りを掃除して、花と線香でも供えておしまいなのだが、一番面倒くさいのがついてきてしまった。

「あっ、そこの林みたいな所に見える屋根がお寺です」

 と、唐突に桜が指差した先には、木々の中から覗く大きな瓦屋根が見える。何故お寺というのはアホみたいに屋根がでかいのだろう。

 二人がさらに近づいていくと、やはり屋根ばかりが目立つ古ぼけた本堂が現れる。どうやら墓地はこの本堂の裏手にあるようだ。

 久未弥が墓地の方に向かって行くと、桜がいない事に気づく。振り返ると、桜は寺の敷地の外で立ち止まっていた。

「おい、どうした、行かないのか?」

 と、久未弥が言うと、桜が、

「私はここで待ってます」

 などと言いながら、しゃがみ込んで携帯ゲームを取り出す。じゃあ最初から来なければいいのに。


     02


 久未弥は墓地の入り口に据えてある桶に水を汲み、その中に柄杓を突っ込んだ物をぶら下げて歩き出す。

 桜の父親の墓は、墓地の隅にひっそりと建っていた。

 周りの墓に比べて簡素なその墓石には“福武 敏夫之墓”と記されていた。

 あのような事件を犯した敏夫氏は、福武家の墓には入れてもらえなかったので、この墓は個人の名義になっているのだろうか。

 久未弥はそれを見て思う。

 自分が死んだ後、家族と同じ墓に入る事に何の価値があるのかは分からないのだが、おそらくお参りに来ているのは桜の母親だけであろうこの墓は、そのうちに誰も来なくなり、そのまま放置されてしまうのだろう。そう思うと、家族の墓に入り、代々お参りしてもらった方が寂しくないような気がする。そう思うと、家族と同じ墓に入るという事にも価値があるのだろう。

 まぁ、死んでしまえば関係のない事なのだが。


 そんな事を考えながら、墓の周辺に生えた草をむしり、墓に水をかけ、道中のスーパーで購入した花と線香を供える。

「よし、これでいいだろ」

 と言いながら、ぱん、ぱん、と場違いな合掌をし、墓参りの終了とする。

 その後、久未弥が桶と柄杓を返し、後かたづけをしていると、


「あれ? 君は久未弥くんじゃないか」


 と、知らないおっさんに声を掛けられる。

「えっと、どちらさまでしたっけ」

 と、久未弥が尋ねると。

「あぁ、覚えてないのも無理はないか。直接会ったのは、君のお父さんのお葬式以来だからね。

 私は君のお父さんの親戚の者だよ。

 十数年経って、ようやく君もお父さんのお墓参りに来れるようになったか」などと言い出す。

「は? 人違いじゃないか? 親父は俺を捨てて行方不明なんだよ。

 それにあんた、子供の頃に会ったきりなのに俺の顔がわかるのかよ」

「何を言っているんだね。5年位前まで、みんなと写った写真を載せた年賀状を送ってきてくれていたじゃないか」

 確かに、父親の弟一家は12月に入ると家族写真を撮っていた。そこになぜか自分も一緒に写らされていたのだが、中学生の頃一度拒否した時、「これは毎年、親戚中にお前を生かしてやってるっていう証拠の写真なんだから、お前が入らなきゃ意味ねえんだよ」と、秀夫から言われた事があった。なるほど、ちゃんと役目は果たしていたということか。

「まさか久未弥君、君は、あの時の記憶がないのか」

 と、親戚だと名乗るおっさんは、勝手にうろたえている。

「あの時もなにも俺は親父に捨てられて、そのクソ親父は行方不明だって、それだけの話だろ」

「君はお父さんの事をそんなふうに思っていたのか。ちょっと、こっちへ来たまえ」

 と言って、自称親戚のおっさんは墓地の中へと入っていく。

 久未弥がその後をついていくと、一つの立派な墓の前で立ち止まる。

 そして、その墓石の裏には、数人の名前と没日が刻印されており、その中には、確かに自分の父親の名前が刻印されていた。

「えっと、なんだこれ。クソ親父は、俺を捨てた後にのたれ死んだって事か?」

 と、久未弥が混乱していると。

「そんな、お父さんが君を捨てるなんてありえない」

 などと言い、そして、次に親戚のおっさんが口にした言葉に耳を疑う。

「だって久未弥君、君のお父さんは、


 君をかばって死んでしまったのだから」


 は? ますますもって訳がわからない。

 自分を捨てたと思っていた父親が、実は自分の身代わりに死んでいた?

「いや、でも、親父は俺を捨てて出ていったはず……」

「君はお父さんが出て行ったのを覚えているのかい?」

「……?」確かに、父親が自分を捨てて出て行った事実はあるのだが、なぜそう認識していたのかは定かではない。

「……もしかして、幸太郎からそう聞かされていたのか?」

 幸太郎、父親の弟である。そして、久未弥を高校卒業まで生かしておいてくれた人。

 あぁ、そうかもしれない。しかしそれを久未弥が思い出そうとすると、吐き気をもよおす。

 あの家での出来事は、一秒たりとも思い出したくはないのである。

「わからないか。幸太郎に直接聞いた方がよさそうだな。久未弥君、ちょっとまっててくれ」と言いながら、親戚のおっさんは携帯電話を取り出す。

 どうやら親戚のおっさんは、幸太郎氏に電話を掛けているようで、少々もめている様子である。

 そんな様子を見て、長くなりそうだな、と思いながら辺りを見回していると、本堂の陰からこちらを覗き見る人影を発見する。言わずと知れた桜である。どうやら、あまりにも戻ってくるのが遅い久未弥を確認しにきたらしい。

 すっかりその存在を忘れていた久未弥が、桜に近寄っていくと。

「「ブッチョさん遅すぎますよぅ。私を置いて帰っちゃったかと思いましたよ」」と言う。

 括弧が二重に戻っているのをみると、相当不安だったようだ。

「「で、あの人ブッチョさんの知り合いなんですか?」」

「ん? あぁ、俺の親戚の人らしい。なぜか俺の親父の墓もここにあったみたいでな」

「「えっ、ブッチョさんのお父さん亡くなられてたんですか? っていうか、ブッチョさんの家もこの近くなんですか?」」

「いや、俺が住んでた家は少し離れているんだけど、なんでここに親父の墓があるのかは知らん」

 これは後で親戚のおっさんに聞いたのだが、かつて父親の実家がこの付近にあり、久未弥もそこに住んでいたらしい。しかしそんな記憶は久未弥にはない。

「「そうですか、私はてっきりブッチョさんのお父さん生きているとばかり思ってました」」

「俺もさっき初めて死んでたって知ったしな」

「「ええっ、それはショックじゃないですか」」

「あぁ、その前に情報が錯乱してて訳わかんないけどな」

 などと話していると、電話を終了した親戚のおっさんが近寄ってくる。

「待たせたね久未弥君。おや? そちらのお嬢さんは久未弥君の彼女かい?」

「「はい」」「違います」

「「ぎゃふん。即答ですか」」

「ぎゃふんじゃねぇよ、そのテキトーな受け答えやめろって。前にそれで警察ともめたじゃねえか」

 そんな二人のやりとりに、親戚のおっさん苦笑い。

「いや、ごめん久未弥君。変な質問をしてしまって。

 それより、明日少し時間を作ってくれないかな。幸太郎との話し合いに、久未弥くんも同席してもらいたいんだ」

 という親戚のおっさんの申し出に久未弥は躊躇するが、あの家に戻りたくない気持ちより、父親に関しての事の真相を知りたい気持ちの方が勝る。

「はい、わかりました。俺、行きます」

 こうして久未弥は、二度と戻らないと決めた家に、もう一度足を踏み入れる事になるのであった。


 第2話了

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