第1話「里帰り」00と01と02
最終章「夢の終わり」
第1話「里帰り」
00
陽気な音楽と共にネズミやアヒルの着ぐるみに身を包んだ人が激しく踊っている……。
などという夢を、今まで幾度となく見てきた久未弥だが。
いつからだろう、
気がつくと、久未弥はその夢を見なくなっていた。
あのネズミーランドも、なぜか土下座する父親も、そして、大切な友人さえも、久未弥の夢には現れない。
なぜなのかはわからないが、久未弥は予感していた。
それは夢の終わりを告げる前兆なのだと。
01
「「なんだか寂しくなっちゃいましたね」」
二人分の緑茶の注がれた湯呑茶碗をテーブルに置きながら、桜はそうつぶやく。
「あぁそうだな、あいつらいつも騒がしいからな」
湯呑茶碗を受け取りながら、久未弥もそんな事を言う。
冬子と杏奈が児童養護施設に送られてから一週間が経ち、二人きりの毎日はなんだか気が抜けたような感じである。
しかし、あの姉妹がいつ遊びに来てもいいように、毎日桜のマンションで二人を待っている。
「「あの、ブッチョさん。ちょっとお願いがあるんですが」」
と、桜は湯呑みを置いて久未弥に話しかける。
「なんだよカッ子、あらたまって」
久未弥も湯飲みを置き、桜の話に耳を傾ける。
「「今度の週末、私と一緒にお母さんが入院してる東京の病院へ行ってもらえませんか?」」などと言う。
「そんなにお母さんの具合悪いのかよ。てか、俺が一緒じゃなくても、この間一人で行けたんじゃねえのか?」
と久未弥が言うと、
「「えへへへ、ちょっとタクシーで東京に着いたら、電車にチャレンジしてみたくなって乗ってみたら、知らない所にいまして。
そしたら時間がなくなって、荷物を渡しただけで帰ってきちゃいました。東京って都会すぎて、すぐに迷子になっちゃいますねぇ」」
東京出身者とは思えない発言である。
「お前お母さんが入院してる病院までタクシーで行くんじゃなかったのかよ、それがなんで東京着いたら電車に乗るんだよ」
「「いやぁ、もしかしたら大丈夫かなぁって思いまして」」
「は? なんでわざわざ東京でそんなことするんだよ。そんなこと豊多でいくらでもできんだろ、お前アホか」
「「あっ、今アホって言いました。アホって言った人がアホなんですからねぇ!」」
「お前は小学生か! だからお前は……」と言ったところで久未弥は言葉を止める。
仲裁役のいなくなった今では、ケンカをしだすと本気になってしまうだろう。
それに、年中無休で休日の桜の時間がなくなった理由を考えると、そう責められたものでもない。
「「……あはは、面目ないです」」
久未弥の思惑に気づき、桜も怒りをおさめる。
「「なので、2、3日時間をとってもらえないでしょうか」」
「しょうがねぇな。でも、最近忙しいから今度の週末は無理かもしれんぞ」
最近は気温も暖かくなり、週末も行楽日和が続き、コンビニも忙しいのである。
「「えぇ、別にいいです。でも、できることなら早く行ってあげたいので」」
やはり母親の事が心配なのであろう。
久未弥は、なるべく週末に休みがもらえるようにお願いしてみるよ、と言って冷めた緑茶を飲み干す。
こうして二人の東京行きが決まったのである。
02
次の日、以外にもあっさりバイトの休みが取れ、バイト終わりに桜にメールで報告しながら自宅に戻った久未弥の目に、ライオンの着ぐるみが映る。
「あぁ、結局渡せないまま行っちまったな」
あの雨の日に冬子が脱いで以来、使われなくなった着ぐるみ。
たぶん冬子にはもう必要はないのであろう。
しかし久未弥は、この着ぐるみはあの姉妹の手元に置いておかねばならないような気がしていた。
確かに、悲しさとつらさの詰まっている着ぐるみではあるが、冬子の杏奈に対する優しさの象徴でもある。
だが、おそらく冬子に着ぐるみを返すと、邪魔だからいらない、などと言いそうではあるが。
とはいえ、この着ぐるみを見ると、一抹の寂しさを覚える。
などと、柄にもなくセンチメンタルになっているうちに、東京へ行く日を迎える。
東京までの移動手段は、桜の希望で新幹線での旅となる。
新幹線など乗った事のない二人は、乗車券を購入するのに一時間を要し、さらに、お土産店を物色しているうちに乗り過ごし、もう一度乗車券を買いなおすという離れ技を披露する。
「「はぁ、なんだか行く前から疲れちゃいましたね」」
やっとのことで乗る事のできた新幹線の席に座り、桜はこうつぶやく。
「てか、お母さんに会いに行くだけなのに、なんでそんなにお土産買う必要があるんだよ」
と言う久未弥の突き出した指の先には、大量のお土産が入った袋が置いてある。
「「だって、あんなにいろんなお土産があったら目移りしちゃうじゃないですかぁ」」
だからといって、手当たりしだい購入する事はないと思うのだが。そのせいで、新幹線を乗り過ごしたのだ。
「「そうそう、お弁当も買ったので食べません? おなかすいちゃいました」」
と言いながら袋を取り出す。
「おぉ、そういえば腹減ったな。って、なんで六つも弁当買ってんだよ、東京までそんなに時間かかんねぇよ」
確かに差し出された袋の中には、弁当が六個入っている。
「「いやぁ、みんなおいしそうだったんで買っちゃいましたぁ。それに、このあいだも結構時間かかりましたよ?」」
新幹線がタクシー並みのスピードで走行したら乗客は暴動を起こすだろう。しかもこの女は、途中で電車に乗り換え、いつものパニックネタに時間を費やしている。
「あぁ……もういいや、突っ込むだけ体力の無駄になりそうだ。それよりも、今回はスケジュール表は作ってないのかよ」
「「え? なんでブッチョさんそんな事知ってるんですか?」」
久未弥が、姉妹と一緒に桜を尾行していた時の事を説明する。
「「あぁなるほど……私、昔からこんなだったんで、行く事のない旅行のスケジュールとかを考えるのが好きなんですよね。
この時間に楽しく何をして、この時間においしく何を食べて、この時間にしあわせな気分で帰る、なんて、妄想しながらスケジュールを作るんです。
ネズミーランドなんて、10回位は行ってますよ。妄想の中ではですけど」」
どおりで無駄なく遊べた訳である。
「「でも、実際行動してみると、まったくスケジュールどおりにいかないですよね。
そういう理想と現実のズレみたいなのを確認できるところも、なんだか好きなんですよね」」
そのズレは、一般の人よりも大きいのであろう。
「「でも今回はいいんです。ブッチョさんたちと行動してると、スケジュールなんて考えなくてもなんとかなりますし、楽しいですから」」
それは単に無計画なだけの気もするが。それに、今回はあの姉妹はいない。
そこまで話して、桜が久未弥の方を見ると、
「うん、ごちそうさん」と言って久未弥は空の弁当箱を置く。
「「あれ? 話聞いてました? って、二つ目の弁当食べ始めてるし」」
そんな具合に、二人の旅は始まったのである。