表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くらんくらうん  作者: バラ発疹
百獣の王
52/62

第4話「ライオンハート」010203で了

 第4話「ライオンハート」


     01


「あれ? どこだろう、ここ」

 冬子が目を覚ますと、そこはなにもない世界だった。

「なんだろ、ここはすごく居心地がいいな」

 知らない場所だが、よく知っている場所。そんな気がした。

 意識はあるが感覚がなにもない、そんな不思議な感覚を感じ、冬子は気づく。

「あっ、そっか、思い出した。私、もうすぐ死ぬんだ……」

 冬子は、父親から受けたひどい仕打ちを思い出す。

「そっかぁ、私死ぬんだ……。でも、ま、いっかぁ、生きてても私にはちょっとしんどい世界だったからなぁ」

 そんな事を言いながら、これまでのつらい記憶を思う。

「じゃあ、ここはあれだね、三途の川ってやつだ、なにも見えないけど」

 ほんとに真っ暗でなにも見えないが、なぜか冬子にはここが三途の川だということが判る。

「私はどっちかなぁ、天国に行けるといいなぁ。でも、やっぱ無理だよなぁ、いっぱい嘘ついたし、ひどいことも言ったからなぁ」

 それを思い出しただけで胸が締め付けられ、次々と顔が浮かんでくる。

「カッ子姉ちゃん……桜姉ちゃんには悪いことしたな、私たちと一緒になってブッチョに嘘をついてくれちゃって、後でブッチョに怒られなきゃいいけど。

 桜姉ちゃんにはほんと感謝してるんだ。いつも給食しか食べてなかった私たちに、おなかいっぱい食べさせてくれた。きっと食費がすごかっただろうな。

 あと、一緒にゲームしたり、みんなでアニメ観たり、それからラグーナスにも連れていってくれた。

 ほんと、お母さん、って言うにはちょっと頼りなかったけど、そう思えるくらい大好きだったよ。

 桜姉ちゃんも、たいへんな思いして生きてきたみたいだけど、ブッチョと幸せになれるといいな」

 そう言って冬子は、幸せを願いながらカッ子に別れを告げる。


「嘘っていえば、家の大家さん。ブッチョは私たちのお爺ちゃんとお婆ちゃんだと勘違いしてたみたいだけど、大家さんにも口裏合わせてもらうように頼んじゃったからね。ほんといい人達だったな」

 久未弥が警察に頼んでもわからないはずである。


「あと……杏奈にはほんとひどいことしたな。

 まさかあんな事思ってたとはね、私、自分の事ばっか考えてて恥ずかしいよ。

 私、杏奈に“来なければよかったのに”なんて言っちゃったけど、初めて杏奈が来たとき、私、妹ができてほんとうれしかったんだ。

 私のせいで杏奈の耳が聞こえなくなってから、私は自分を捨てて杏奈の不自由な部分のかわりになるって決めたんだ……最初はね。

 でも、耳が聞こえなくてもいつも楽しそうな杏奈と、一緒に笑ったり、遊んだり、バカなことやったりしてるうちに、自分を捨てる、なんて事忘れちゃったんだよね。

 杏奈のかわりにしゃべることも、杏奈だけに新しい服を買ってもらうのも、そういうの全部含めて私の、私たち姉妹の自分ってやつなのかなって。

 でも、ほんとごめんね、杏奈、一生私が守るって決めたけど、どうもできそうにないや。

 こんな出来の悪いお姉ちゃんをゆるしてね、杏奈、大好きだよ」

 そう言って世界でたった一人の妹に別れを告げる。


「それと……お父さん……。

 ごめんね、私、最期まで、お父さんにとっての良い子にはなれなかったね。

 ほんと一生懸命がんばったんだけどなぁ、全然うまくいかなかったよ。

 うん……そうだよね、ほんと私、お父さんが言うように生まれてこなきゃよかったのにね。どうしてだろうね、なんでお父さんの所に生まれてきちゃったんだろう。ほんとごめんなさい。

 それでも、私は、お父さんの事大好きだったよ。

 でもね、いくらお父さんでもね、杏奈を、私の妹を傷つけるのだけは許せなかった。

 私はどうなってもよかったの。

 でも、杏奈はダメ、杏奈は私の妹で、私は杏奈のお姉ちゃんだから、お姉ちゃんが妹を守るのは当然でしょ?

 だからごめんね、お父さんの頭、ビンで叩いちゃった。

 お父さんが嫌いだからじゃないよ、大好きだけど、杏奈を助けるためだったから……。

 でも、なんかこれじゃ、お父さん悪者みたいだね。

 そんなことないよ、

 お父さん、

 大好きなお父さん、

 私はお父さんの所に生まれてきて良かったと思ってるよ。

 じゃあね、お父さん」

 そう言って、大好きだった父親にも別れを告げる。


 しばらくの沈黙。

 冬子は、結局最後まで父親の愛情を受けられなかった事を残念に思う。

 死ぬことを受け入れたとはいえ、こうして順に別れを告げていく度、自分の中身がなくなっていくような気がする。

 そして、たぶん、自分の中に残る最後の一滴を絞り出すように、別れの言葉を紡ぐ。


「そして、ブッチョ……。


 みんなにアホみたいなあだ名つけやがって、なにが“カッ子”だ、なにが“ライ子”だ、なにが“丸美”だよ、安直すぎるっての。

 あの変なあだ名のせいで、四人でいる時自分じゃないような気になって、嫌なこと全部忘れちゃってたじゃんか。

 あのみんなで初めてジョスコに行った時、無茶苦茶だったけど、私、なにも考えないではしゃいだの初めてだった。ジュース吹き出したのも初めてだったけどね。

 だから、そんなふうに毎日過ごせたらいいなって、そんな楽しい日々が続いたらいいなって、カッ子姉ちゃんに頼んでブッチョに嘘ついてもらったの。

 いや、ブッチョほんとにバカだったからねぇ。

 初めて絡んだ時だって、いくらおなかすいたって言われたって、知らない子供にハンバーガー買ってやるか?

 それどころか、ブッチョも初めて行くカッ子姉ちゃんのマンションにまで連れていくし、ほんとブッチョは常識がなかったなぁ。


 そういえば私と杏奈が、カッ子姉ちゃんに行きたいってせがんだラグーナス、あの時、私ブッチョの事お父さんって呼んでたみたいだけど、私あの日ね、ほんとはお父さんと来たかったなって思ってたの……。

 で、ブッチョにお父さんって呼んでたって聞かされた時ね、私、ブッチョがお父さんだったらいいなって思っちゃった。

 あはは、どっちも無理な話なんだけどね。

 ほんとみんなでいろんな事したな、ブッチョはネズミーランドにも連れてってくれた。

 あそこは全部が夢の国だった。

 アトラクションも、食べ物も、着ぐるみも。

 そして、

 四人で過ごしたあの時間全部が夢のようだった。

 最後はちょっぴり残念な感じだったけどね。


 そういえば、ブッチョはテンホーさんと同じようなことやってるみたいだったけど、ブッチョのクラウンのメイク一度も見たことなかったなぁ。

 でも前に教えてくれたな、ブッチョはピエロのメイクしてるって。

 ピエロの目の下に書いてある涙は、自分の悲しい事を隠しながら人を笑わせてるんだって意味だよって言ってた。

 あはは、今思うとなんだか私たち四人もピエロみたいだね。

 悲しい事、つらいことを隠して、みんながみんなを笑わせて、その時だけでも嫌な事を忘れてる。

 ほんと、みんな生きるのが不器用だったよね、現実から逃げてばっかで……。

 現実に目を向けたとたんにこれだからなぁ、もっと早くに言うべきだったかな。

 まぁしょうがないよね、私の命はもともとここまでだったんだよ。

 うん、でも、ブッチョのピエロ姿が見れなかったのは残念かなぁ。

 ブッチョとも……これで……」

 “さよならだね”その一言がためらわれる。

 その言葉を口にしてしまうと自分はほんとうに終わってしまう。


「あはは、なんだろうね、こうやって思い出してみると、楽しいこといっぱいあったなぁ。

 確かにつらいこともいっぱいあったけど、ブッチョ達と出会ってから、楽しいこと、面白いこと、いっぱいあったよ。

 ううん、そればっかじゃない、みんなは私の誕生日を祝ってくれた。

 私が生まれたことを祝福してくれた……。

 そうだよ私、このまま死んじゃダメじゃん。

 今度は私がみんなの誕生日祝ってあげないと。

 そうだよ、このまま死ねない。

 このまま死ねないよ。

 ねぇ、私やっぱり死にたくない……死にたくないよ。

 やっぱり死ぬのは嫌。

 助けて、

 誰か助けてよ、

 ブッチョ……私、みんなと生きていたいよぉっ!」

 そう冬子が叫んだ時、どこからか、かすかに声が聞こえた気がした。

「……うこ……と……こ……」

 確かに聞こえる、しかも聞き覚えのある声だ。

 声が聞こえたと同時に、冬子の目尻から水滴の流れる感覚を覚える。どうやら自分は泣いているようだ。

「ブッチョ、ブッチョなの? 私はここだよ」

 冬子は声のする方へ手を伸ばしているつもりなのだが、うまく手が動いていない。

「くっ……ブッチョ、ブッチョ、ブッチョぉっ」

 冬子は力の限り手を伸ばす、

 ここから抜け出すために、

 生きようとするために、

 そして、

 また、みんなで笑いあうために。


「う……うわあああああああああああっ!」

 

 そう叫んだ瞬間、冬子の手は、誰かのあたたかい手に包まれる。

 その手から伝わるあたたかさが、からっぽになりかけた自分の中身に満たされていくのがわかる。

 それと同時に、冬子の目に現実の世界がぼんやりと広がる。


 その目に映る世界は、

 楽しいこと、面白いことがいっぱいで、

 うれしいこと、しあわせなこともいっぱいある。

 けれど、

 悲しいこと、つらいこと、嫌なこともたくさんある。

 でも冬子は望んだのだ。

 それでも私はそんな不安定な世界で生きていたい、

 大好きな人たちのいるこの世界で生きていたい、と。

 

「あれれ? 杏奈がいるぅ、でもなんか人がいっぱいだぁ」


 そんな気の抜けた声を出した冬子の、ぼんやりとした視界に最初に入ったのは、笑顔の杏奈と、その後ろでこちらを覗いている子供達だ。


「あはは、桜姉ちゃんまでいるよぉ、どうしたのみんな」


 と言う冬子の視線の先には、口に手をあて、うんうんとうなずいている桜の姿がある。

 そして、


「いたたた、痛いよブッチョ、そんなに強く手をにぎったら。

 

 それに……


 そんなに泣いたら、せっかくのピエロのメイクが台無しだよ?」

 

 そこには、冬子の手を握り、顔をくしゃくしゃにして泣く、涙でメイクの半分が落ちたピエロがいた。

 

     02


 結局、一ヶ月も意識が戻らなかった冬子だが、検査の結果どこにも異常は見られず、目覚めて四日後に退院することとなる。

 その決定を聞いた冬子の一言。

「げ、なんか春休み損した気分」

 その発言にひとしきり笑いあう一同。

 確かに、目が覚めたら春休みは終わっており、さらに進級も済ませているという状況である。

 

 退院前日。

 この日はテンホー氏も来ての、ホスピタルクラウンの巡回日である。

 冬子の意識が戻った事をテンホー氏も喜んでくれたのだが、ブッチョが毎日ピエロの格好で通っていたことにより子供達の反応が薄くなっていて、やりづらい、との言葉を賜った。

 そして、次は冬子の病室である。

「はじめまして、ピエロのブッチョだよ」

 と、元気よく入室してきたブッチョを見て、冬子は、うわぁ……、という顔をする。

「いやいや、お前、こっちは一生懸命やってんだから、イタいって顔すんなよ」

 とブッチョが言うと、

「いや、マジでイタいから、って言うかそのテンションはないわぁ」などと冬子は笑いながら言う。

「(あはは、ブッチョ面白い格好してる)」

 と、杏奈は毎日ブッチョのクラウン姿を見ていたはずなのに、そんな事を言う。

 冬子が目覚めるまで、ブッチョの姿に笑う余裕がなかったのであろう。

「「そうですねぇ、私は似合ってると思いますよ」」

 桜はこの場の楽しい雰囲気で充分なのか、笑顔で適当な返事をする。

「まぁしょうがないか、お前は俺の事知ってるからな。どうせまた後で来るからもう行くぞ」

 と言いながらブッチョが病室を出ようとすると、

「……ちょっと待ってよ」と冬子が呼び止める。

「ん? どうした?」

「せ、せっかく来たんだから、風船で何か作っていきなさいよ……」

 と、照れながら言う冬子を見た一同は、ツンデレか! と、心の中で突っ込みをいれる。

 しょうがねえな、と言いながらブッチョは、冬子のリクエストのライオンを作り手渡すと、

「ありがとブッチョ、大切にするね」

 と言って冬子は受け取るが、あくる日にはその風船を割ってしまい、しょっぱい顔を一同に披露する事になる。

 それを見た杏奈の、形あるものはいつか壊れるんだよ、との説法に、さらにしょっぱい顔をする冬子であった。

 そして、そんな楽しい雰囲気のまま、退院の時を迎える。


     03


「それじゃ冬子ちゃん、元気でね」

 病室の前で、担当医師と看護師に見送られる冬子。

 荷物を持つ久未弥と桜と杏奈とは別に、二人のスーツ姿の男女が同行している。

 この二人は、冬子と杏奈がこれから入る児童養護施設の職員である。

 冬子たちの父親は傷害容疑で逮捕され、実家の祖父母も二人の受け入れを拒否したために、児童擁護施設に入る事になったのである。

 施設の場所は、桜のマンションからそう遠くはないのだが、施設の生活に慣れるまでしばらくは会えなくなってしまうだろう。

「そろそろ行きましょうか、冬子ちゃん、杏奈ちゃん」

 病院の出入り口まで来ると、擁護施設の女性職員は、男性職員のまわしてきた車に乗るよう二人を促す。

「ブッチョ、桜姉ちゃん、また遊びに行くからね」

 冬子は言う。

「おぉ、いつでも来いよ。カッ子のマンションで待ってるからよ」

「「はい、ご飯いっぱい用意して待ってますよ」」

 久未弥と桜は答える。

「ブッチョ……、桜姉ちゃん……(すぐに会いに行くからね)」

 また発声が上手くなっただろうか杏奈は手話も交えて言う。

「(おう、また一緒にどっか行こうな)」

「「(また他のテーマパークに遊びに行きましょうね)」」

 久未弥と桜は手話で答える。

 一通り言葉を交わした後、車に乗り込む冬子と杏奈。

「じゃあまたねー」

「またねー……」

 そういい残して去っていく車に向かって、見えなくなるまで手を振り続ける久未弥と桜であった。


 第5章了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ