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くらんくらうん  作者: バラ発疹
百獣の王
49/62

05でまだ続く

     05


 でも、そんな事はどうでもいいの、と言いながら続ける。

「ショックだった。耳が聞こえない世界って想像できる?

 おしゃべりもできない、テレビの音も聞こえない、音楽だって聞こえないの。

 想像した、想像すればするほど恐ろしかった。

 この音、この会話、この曲、もし聞こえなかったとしたら、なんて不便でつまらなくて、そして寂しい世界だろうって。

 私が杏奈の世界から音を奪ってしまった。

 わかってる、実際ケガをさせたのはお父さんだけど、私が怒られていればこんな事にはならなかった。

 杏奈は絶対私を恨んでるだろうと思った。

 私の身代わりになったせいで、耳が聞こえなくなったんだから。

 でも、あの子ね、そんな事になってもね、お姉ちゃんお姉ちゃん、って笑って寄ってくるの。

 声は聞こえなくてもわかる、あの子はこんな私に、大好きって言ってくれたの。

 そんな杏奈に最初は戸惑ったけど、そんな妹を見て私は決めたの。


 これからは、私が杏奈を守る、って。


 耳が聞こえなくて不自由なら私がかわりに聞いてやり、言葉が話せなくて不便なら私がかわりに言ってやる。

 私はいらないからって、杏奈にだけはかわいい服を買ってもらった。

 そして、

 これからお父さんが杏奈を叩こうとしたら、私が全部叩かれてやる、杏奈には指一本触れさせないって……」

 そこまで聞かされて、久未弥は気づく。

「お前、それってまさか……」

 と言いながら、冬子に巻き付けられたタオルを取り除いていく。

 タオルの中から出てきたのは、無数のアザのある少女の体だった。

「最初はね、叩かれると痛くて我慢できなくて、私が泣いてるうちに杏奈も叩かれちゃった。

 私がんばったよ、泣かないように、痛くても我慢するように、私は強くなるんだ、もっと強くなるって。

 あの学校の図書館で読んだ図鑑に載っていた、百獣の王ライオンのように強くなるんだって。

 だから私はライオンとして生きることに決めたの。自分で着ぐるみを作ってね。

 便利なんだよ着ぐるみは、服で悩む事もないし、ケガや傷も隠せるし、それに、泣いてもわかんないし」

 この少女は、あの着ぐるみの中にどれほどの悲しみを詰め込んでいたのだろうか、身勝手な大人のせいで翻弄される無垢な少女。

 久未弥はなぜもっと早くに気づいてやれなかったのだろうと思う、いや、気づこうと思えばできたはずなのだ、

 なぜこの姉妹は、毎日自分たちの元へやってくるのか、

 なぜこの姉妹は、あれほど腹を空かしているのか。

 少女たちの助けを求めるサインに、気づく事ができなかった自分を悔やむ。

 この少女を救ってやらなければ、

 この少女を楽にしてやらねば、

 そう思った久未弥は、無意識に冬子を抱きしめていた。

「ブッチョ?」

「もう大丈夫だ、がんばったな冬子、もう充分だよ。

 悪いのは全部大人なんだ、お前は全然悪くない。

 もう安心しろ、

 お前は最低な子なんかじゃない」

 と久未弥が冬子に言うと。

「う……ううっ……」

 と久未弥の腕の中の少女から嗚咽が漏れだしたかと思うと、大粒の涙を流し、大きな声で泣き始める。

「うわあああああああああああああああっ……」

 今までこの小さな少女の中にため込まれ、少女を壊してしまう程まで膨れ上がった悲しみを吐き出すように、

 虚勢を張り続け、傷つき疲れはてたライオンが、悲しみの雄叫びをあげるように、冬子は泣いた。

「ブッチョぉっ……助けて……助けてよぉ……もう私じゃどうしようもできないのっ……今日っ、お父さんがっ……

子供の写真は高く売れるからっ、お前ら裸になれって言われてっ……杏奈と逃げてきたのっ……」

「……っ!」

 どこの世界の親なのであろうか、子供を売ろうとするなどとは常軌を逸している。

「もう……私には無理なのぉ……お父さんの事もっ……杏奈の事もっ……」

 すでに限界だったのだろう、冬子は助けを求め続ける。

「ああ、後はもう大人の問題なんだ。まかせておけ」

「でもっ……私は杏奈にっ……ひどい事をしたのっ……」

 大人の理不尽な暴力は、それから逃げた子供の心にまで傷を負わせてしまっていた。

「大丈夫だ、お前はがんばったんだ、あいつも恨んでなんかいない」

「そんな事ないっ……私はっ、杏奈に最低な事をしたのぉっ……」

 冬子がそんな悲痛な叫びをあげると。


「おねぇぢゃん」


 と、くぐもりながらもよく通る声が、すべての音をかき消すように部屋に響く。

 二人が声のした方を見ると、冬子の妹の杏奈が笑顔でこちらを向いていた。

「おねぇぢゃん……(お姉ちゃんは、最低なんかじゃないよ)」

 杏奈は発声と手話を交えながらそう告げる。

「嘘! そんなことないっ、私はあんたを見殺しにしたのっ! 恨んでるに決まってる!」

「(私は恨んでなんかいないよ? お姉ちゃん、大好きだよ)」

 と言いながら、杏奈は冬子に寄っていく。

「嘘、嘘、嘘、そんなわけない! 音も声も奪われて、恨まないわけないじゃん!」

 そう言いながら、冬子は寄ってくる杏奈を突き飛ばす。

「おねぇぢゃん……だいすき……」

 それでも杏奈は、そう言いながら冬子に寄っていく。

「いやっ! 来ないでっ、もうイヤなのっ、限界なのっ! あんたのかわりに叩かれるのも、あんたの事で苦しむのも!」

 冬子は腕を振り回し、杏奈を追い払おうとする。 

 しかし杏奈は、冬子が振り回した腕に打ちつけられながらも、寄って行こうとする。

「おねえぢゃん……」

 何度打ちつけられ、はじき飛ばされても、杏奈は冬子に寄っていく。

 すでに杏奈の額からは血が滲んでいる。

「おい、冬子やめろって」

 久未弥が冬子を止めようとするが、興奮しているらしく、すごい力で振り払われてしまう。

「嫌、嫌、嫌、もう全部嫌なのっ、もう私を苦しませないでよおっ!」

「おねぇぢゃん……」

 杏奈の顔や体はすでに傷だらけであった。

 なにがこの小さな少女にそこまでさせるのか、杏奈はあきらめずに自分の姉にたどり着こうとする。

「あんたなんか……あんたなんか来なければよかったのに!」

 そう冬子が叫んだ時、傷だらけの杏奈の体は姉の胸に到達し、二人は倒れ込む。

 そこで杏奈が叫んだ言葉で、二人はすべてを理解する。

 杏奈は叫ぶ、

 心の底から絞り出すように、

 声よとどけと、


「おねぇぢゃん……まで……わたしを……すてないで……」


 ――お姉ちゃん“まで”私を捨てないで。確かに杏奈はそう言った。


「う、うわああああっ……杏奈ぁっ……そんな……私はっ……」

 そうなのだ、このいつも笑顔の少女は冬子とは違い、すでに両親から見放されていたのだ。

 杏奈はいつも笑顔の裏に、いつまた捨てられるかも知れぬ恐怖に怯えながら過ごしていたのだ。

 母に捨てられた後杏奈は耳が聞こえなくなったが、その事による絶望よりも、耳が聞こえなくなった事により冬子が自分を見てくれるようになった安心感の方が勝っていたのである。

 だがその姉からすらも捨てられるとなれば、その時こそ杏奈の世界は閉ざされてしまう。

「そんなっ……私は、そんなつもりじゃ……ごめん、ごめんね杏奈……杏奈! 杏奈! うわあああああああっ」

 冬子は杏奈をもう離さないと言わんばかりに抱きしめながら、声を上げて泣きじゃくる。

 杏奈は冬子から離されてなるものかとしがみつきながら、声を上げて泣いている。

 神様はこの姉妹に、どれほどのつらい思いをさせるのであろうか。

 いや、つらい思いをさせているのは神様ではなく、人間の大人達なのだ。

 久未弥は思う、この子供達に悲しい思いを背負わせた、身勝手な親も罪なら、それに気がついてやれなかった自分も罪だ。

 どうしたらその罪はつぐなえるのだろうか、

 自分に罪をつぐなう事ができるのだろうか。

 泣き続ける姉妹を呆然と眺めながら考えていると、玄関の扉を叩く音がする。

「須藤さん、いるんでしょ? 開けてください」

 そう扉の外から声が聞こえる。

 時間も時間なら、状況も状況なので、久未弥は訳がわからず玄関の扉を開けると。

「須藤 久未弥さんだね。警察の者だけど、ちょっと中を見せてもらっていいかな」

 と言いながら、三人の警察官が部屋に上がろうとする。

 久未弥はその中に知り合いがいるのに気づき。

「レイさん、ちょうどよかった、あいつら父親から……」

 と久未弥が言おうとしたところで、先に入っていった警察官の方から、

「被害者の少女二人を発見」という声が聞こえる。

「は?なに言ってんだよ、お前ら」と久未弥が言うと、レイさんが、

「ブッチョ貴様、見損なったぞ。須藤 久未弥、未成年者略取の現行犯で逮捕する」などと言い出す。

「おいおい、なんで俺が逮捕されるんだよ」

「貴様、この状況で言い訳が通用すると思っているのか」

 確かに部屋の中から子供の泣き声が響き、中に入れば下着姿の痣だらけの少女と、血を流した傷だらけの少女が抱き合っているこの状況は、言い訳の余地など無い。

「待ってよおまわりさん、ブッチョは何も悪いことなんかしてないよ」

 と、冬子が奥の部屋から久未弥を擁護している。

「ブッチョは悪くないの、私たちをおと……」と言ったところで言葉をなくしてしまった。

 久未弥が冬子と杏奈を見ると、二人とも抱き合ったまま驚愕の表情で固まっている。

 その姉妹の視線の先をたどって振り返ると、そこには姉妹の父親が立っていた。

 いよいよ子供達が自分を訴えようとするだろうと思い、先手を打ってきたのである。

「冬子、杏奈、無事だったか」と叫びながら駆け寄り、二人を抱きしめる。

「ひっ……」冬子は驚きのあまり言葉が出ない。

「須藤 久未弥、3時14分、未成年者略取の現行犯で逮捕」と言って久未弥の手首に手錠がはめられる。

「ちょっと待てって、あいつらを父親に渡しちゃ駄目だ」

 という久未弥の訴えも警察官の耳には届かない。

「話は署で聞く、早く歩け」

 久未弥は引きずられるようにパトカーに乗せられ、警察署まで連行されていく。

 止む気配をみせない雨の中を、守るべき姉妹を父親に人質にとられたまま。

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