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くらんくらうん  作者: バラ発疹
百獣の王
46/62

04で了

     04


「ん……」

 冬子が目を覚ますと、部屋の中はすでに真っ暗だった。

 どれほど眠ってしまっていたのであろうか、いつのまにか掛けられていた毛布をはぎながら上半身を起こす。

 目元が濡れたような感触がある。どんな夢を見ていたのか覚えていないが、自分は泣いていたようだ。

 口元も濡れているが、よだれも垂らしていたようである。

 暗い部屋の中には、ぼんやりとした月明かりと、電化製品の待機中を告げるランプだけが部屋を照らしている。

 静かな部屋に聞こえる空調の音を聞いて、ようやく自分はカッ子のマンションで寝てしまった事に気づく。

「……カッ子姉ちゃん?」

 どうも人の気配がしないので、名前を呼んでみるが返事がない。

「桜姉ちゃん?」

 不安になり本名を呼んでみたりするが、やはり返事がない。

 目を覚まして誰もいないというのは、こうまで寂しいものなのだろうか。

 なにやら食べ物のにおいがするのだが、テーブルに食べ物は並んでいない。

 もしかしたら自分が寝ている間に食事を済ませ、みんなどこかへ行ってしまったのだろうか。

 そう思った時、冬子は重大な事を思い出し、同時に胸が締め付けられたように痛くなる。


 誕生日。


 どうしてこんな事になってしまったんだろう。

 期待はしていなかった。

 とは言わないが、

 ただ誕生日を祝ってもらいたくて、お父さんの言いつけを破ってまでやってきたカッ子のマンション。

 なのに、ただ誕生日だと伝えることすらもままならない。

 そればかりか、みんなは自分を差し置いて食事を済ませ出掛けてしまった。

 なんで私は生まれた事を祝ってもらえないんだろう。

 私が悪い子だから?

 私がうるさい子だから?

 私が邪魔な子だから?


 ―――私は最低な子だから。

 

 でも、それでも言ってほしい。

 ケーキも、プレゼントも、豪華な食事もいらない。

 いつか聞いた、クラスメイトが言われていた言葉。

 この世に自分が生を受けたというだけ、ただそれだけのためだけにある記念日。

 その日だけ、自分にだけに向けられる言葉。

 祝福の言葉。

 ただ一言。


 お誕生日おめでとう、と。


 そう願った冬子は、自分でも気づかないうちに嗚咽を漏らしていた。

「うっ……ううっ……誰かぁ、誰かいないのぉ? 桜姉ちゃぁん、杏奈ぁ、ブッチョぉ」

 冬子が、助けを求めるように三人の名前を呼ぶと、

「お……でぇ……ぢゃん……」

 という曇った様な声が後ろから聞こえる。

「えっ?」

 冬子が声のした方へ振り向くと、部屋の明かりがともり。

「お誕生日おめでとう!」

 と、先ほど冬子が助けを求めて呼んだ三人がクラッカーを手に持ち立っていた。

「お……でぇ……ぢゃん……(お誕生日おめでとう)」という丸美の声を合図に、三人はクラッカーを鳴らす。

「え? え? みんな何で? じゃなくて、あれ? 杏奈、声?」

 あまりの出来事に状況が理解できない冬子に三人が説明する。

「悪かったなライ子、さっき丸美に誕生日って聞いたからさ。てか、なんで俺だけ本名じゃねえんだよ」

「(お姉ちゃんびっくりした? 今日はブッチョと声を出す練習してきたんだよ。上手に言えたかな?)」

「「ごめんねライ子ちゃん、急だったんでケーキとフライドチキンしか用意できなかったの」」

 よく見ると台所には、ケーキの箱とフライドチキンの箱が置いてある。

 カッ子とブッチョが、テーブルの上にケーキとフライドチキンを並べ、グラスにジュースを注いで行く。

 丸美がケーキの上にロウソクを刺していき、ブッチョがそれに火を灯す。

 そして丸美が部屋の照明を消すと、ケーキの上で灯っている火が、暗くなった部屋をやわらかく照らしていく。

「(それじゃ、あらためて。せーの)」

「ハッピィバースディトゥーユー、ハッピィバースディトゥーユー……」

 冬子の目の前では、ロウソクの明かりに照らされた三人が冬子のために、誕生日の祝福の歌をうたっている。

 その光景は幻想的で、あたたかい気分にさせてくれる。

 あのいつかのクラスメイトも同じような気持ちだったのだろうか。

 こんなにあたたかくて、

 こんなにうれしくて、

 こんなにしあわせな気分を味わっていたのだろうか。

 それを今、自分が受けているのである。

 夢にまでみた祝福を。

「……ハッピィバースディディア、冬子ー、ハッピィバースディトゥーユー」

 歌が終わり、拍手の中、みんなの視線が冬子に集まる。ここで主役がロウソクの火を吹き消すのだ。

 だが冬子はなかなか火を消そうとしない。

「(お姉ちゃん、早くしないとロウソク溶けちゃうよ)」

 と催促すると、

「うっ……うううっ……」と、着ぐるみの中から聞こえてくる。

「お前泣いてんのか? 早くしないと、せっかくのケーキがロウソクまみれで食えなくなるぞ」とブッチョが言うと。

「ぶぁかぁっ、泣いてっ……なんかっ……ないわぁっ」

 と言うと、冬子は走ってカッ子の寝室に入り、ドアを勢いよく閉める。

 その寝室の方から、「わーーーーーっ!」という叫び声が聞こえたかと思うと、すぐに戻ってきて、

「みんなっ、ありがとうっ」

 と言いながら、勢いよくひと吹きでロウソクの火を吹き消す。

 

 それからみんなで楽しくケーキやフライドチキンを食べ、冬子の生まれて初めての誕生日は、幸せな気分のまま過ぎていくのであった。


 しかしこの幸せな日を境に、ライ丸姉妹はブッチョとカッ子の前に姿を現さなくなる……あの雨の降りしきる夜の日まで。


 第2話了

 

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