04と05
04
授業開始まで後1分。
ライ子は自分の席に座り、そわそわしながらブッチョの到着を待っていた。
すでに教室の後方では、さまざまな年齢や、さまざまな顔、さまざまな格好の父兄の方々が並んでいる。
しかしライ子の待ち人の姿は、その中には見受けられない。
先ほどから間違い探しの最後の一つを見つけようとするように、何度も、何度も、繰り返し後ろを振り向き見直しているのだが。
ふとライ子の頭に、いつか見たドラマの内容がよぎる。主人公が子供の授業参観に行こうとするのだが、トラブルに巻き込まれて間に合わない、という内容だった。
そのドラマのオチは子供が主人公を許す、というものだったが、もし自分がそのドラマの子供だとしても、主人公を許してやる自信がない。
などと考えていると、教室の後ろの扉が開き、人が入ってくる。時間的に最後であろうその人は、太ったおばさんだった。
その太ったおばさんに、少々照れ笑いしながら手を振るクラスメイトの女の子がライ子の視界に入る。
ライ子の目には、そのクラスメイトがあざ笑っているように見えた。
そして、授業開始を告げるように教室の前方の扉が開き、教室内の全員が先生が入ってくるであろう扉に注目する。
ライ子は、タイムアップを宣告した先生を教室に入れないように、呪いの目つきで開いた扉を睨んでいると。
「おっ、こっち逆かい。って、お前学校でも着ぐるみ着てんのか」
とライ子に向かって言いながら入ってきたのは、スーツ姿のブッチョであった。
「ちょっ、恥ずかしいから早く後ろ行ってよ」とライ子が言うと。
「わかってるよ、そう急かすなって」と言いながらブッチョは、ライ子の横を通り過ぎながら教室の後方へと移動する。
そんな二人のやりとりに、教室中からクスクスと笑い声が漏れていて、ライ子は恥ずかしがりながらも内心うれしいのであった。
そんなこんなで授業が始まる。この時間は算数の授業のようだ。
「じゃあ、この問題分かる人」と先生が黒板に問題を書いて言うと、教室中のほぼ全員が、はい!という元気な声と共に、天井に届けとばかりに手を挙げだす。ライ子も他のクラスメイトに負けじと手を挙げている。
先生は、どの子にしようかと考えながら見回し。
「んー、じゃあ吉田 冬子さん」
と先生が言うと。
「はい!」
と元気よく返事しながらライ子が立ち上がり、教室の前まで進み、黒板に問題の答えを書く。
「はい、よくできました。拍手」
という先生の言葉で、教室の中は拍手で包まれる。
ライ子は拍手するブッチョをチラリと見ると、照れながら自分の席に戻っていく。
05
そんな調子で授業は進み、これといって何事もなく授業終了のチャイムが鳴る。
授業が終わると、それぞれに自分の親の元へ寄っていく子供たち。
ライ子もブッチョの元にやってくる。
「ブッチョ、来てくれてありがと。でも、何かトラブルに巻き込まれて来られなくなるような気配がしたんだけど、大丈夫だった?」
などと来るなり超能力者じみた事を言い出す。
「あぁ、来る途中変なばあさんにからまれたけど、レイさんに電話で頼んで置いてきた。俺がどっかのドラマの主人公だったら間に合わなかったかもな。
それよりカッ子は来てないのか?」
「え? ううん、だいぶ早く来てくれたんだけど、ここに来るまでが限界だったみたい」
カッ子もあの告白以降目を見て話すようになるなど、だいぶ情緒も安定してきてはいるが、さすがにまだ他人の視線にさらされるとパニックに陥るらしい。
「そうか、学校なら隠れる所も沢山あるだろ」
「うん、もう丸美の授業始まっちゃうし、探してる暇無いから行こっか」
と、二人ともひどい事を言いながら丸美の教室に向かう。
ブッチョが教室の扉を開くと丸美は目の前にいたが、丸美は気づく様子がない。
「ブッチョそっちは前だって、もう、絶対わざとだろそれ」とライ子もブッチョの後に続いて教室の前方から入っていく。
そんな二人を教室中の子供や父兄が注目すると、ずっと後ろを向いていた丸美もそれに気づき、満面の笑みになる。
「おう、丸美。授業がんばれよ」と言いながら教室の後方に移動するブッチョ。
「(あれ? カッ子姉ちゃんは? だいぶ前に一回見たけど)」
「(あぁ、あいつは今頃かくれんぼしてる最中だ)」
「(いつものように凄いダッシュだったよ)」
などと手話で話していると先生が入ってくる。授業の始まりのようだ。
「おい、お前は自分の教室に戻んなくていいのかよ」とブッチョが隣のライ子に言うと。
「うん、私はいいの。それよりもちゃんと丸美を見ててよ」
丸美の授業は国語で、どうやら音読をさせるようである。
「じゃあここを読んでくれる人」
と先生が言うと、先ほど見た授業のように子供たちは元気よく手を挙げる。
丸美も元気よく手を挙げているのを確認すると。
「はい!・・・と言ってる」
と突然ライ子が声を上げる。
「え? あー、そ、それじゃあ吉田 杏奈さん?」と、先生も戸惑い気味に丸美を指名する。
それを聞いて丸美は立ち上がり、教科書を持ってまっすぐ伸ばした腕を目の高さまで持ち上げると。
「・・・・・・(笑)」
「おじいさんは、やまへしばかりに、おばあさんは、かわへせんたくにいきました。・・・と言ってる」
と、いつものネタをやりだす。それはただライ子が読んでいるだけじゃないのか?というツッコミを入れる暇も無く、ライ子はそのまま丸美が音読する部分を読みきってしまった。
「えー、あー、はい、よく読めました、じゃあ拍手」
教室は戸惑いの拍手が起こるが、ブッチョとライ子は全開で拍手する。
そんなブッチョとライ子に丸美は、満面の笑みで親指を立てて答える。
それ以降、見せ場の終わった丸美は、足をブラブラさせたり体でリズムを取ったりと、常にリラックス状態で授業を受ける。それを見てブッチョは、こいつはライ子より大物だろうと思うのであった。