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くらんくらうん  作者: バラ発疹
かごの中の風景
41/62

05、06、07、08で了

     05


 外出しなくても生活ができるようになった桜は、ほとんど外に出ることはなくなった。

 食事も贅沢を言わなければ、通信販売の食料で事足りてしまう。

 桜はゴミ出しと通販商品の受け取り以外ドアを開ける事はなかった。

 しかしその間にも、株で儲けた金は桜の口座に入金されていく。

 株で儲けて、食べて、寝て、株で儲けて、食べて、寝て……。

 以前と変わらず、金を稼ぐだけの生活に飽きた頃には、貯蓄はすでに数億円を越えていたのである。


 こんな事をしていても、ちっとも幸せじゃない。


 そう思った桜は、有り余る金を使い、幸せになろうとする。

 欲しいものは何でも金で手に入れた。

 マンション、テレビ、パソコン、ゲーム機、携帯電話、ベッド、マッサージチェア……必要なものから流行のものまで、目につくものを次から次へと購入していく。

 だが、いくら欲しいものを買っても、いくらおいしいものを食べても、いくら意味の分からない高級ブランド品を買ったところで、なにも満たされはしない。

 大金は手にしたが、大量の現金を直に持った事がないのに気づき、意を決して銀行から下ろしてくる。

 いつか見た雑誌の中の広告で、現金の敷き詰められた風呂に浸かり、満面の笑みを浮かべる男性の写真。さぞかし楽しいものだろうと思いながら、桜は1000万円を自宅に持ち帰る。

 そしてそれを部屋にばらまき、その光景を見た桜は、


 ……吐いた。


 こんな紙切れのせいで、父は人を殺し、母は病床に伏せ、自分の幸せを奪ったのだ。

 桜は狂ったように、自分の吐しゃ物と一緒に現金をゴミ袋に押し込み捨てにいく。

 それ以来現金を手にする事はなくなった。

 

 結局金の力では、

 過去を消すことはできなかったのである。


 以前にも増して、桜は家に籠もる。

 テレビで見た”廃人”と呼ばれる人を見て、それをまねてネットゲームに手を出す。

 これが意外におもしろいのだ。

 そこにいる人々は、完全にゲームの世界で生活しており、それぞれ現実とは違う人生を生きているのである。

 桜はこの世界では”女戦士ブロッサム”であり”人殺しの子”ではない。

 

 そうして桜は、傷つき飛べない鳥が身を守るように、自ら用意したカゴの中で生きていくのであった。


     06

 

「……」

 桜がそこまで話終えるまで、ブッチョは無言で聞いていた。

 寒空の下、少々長めの告白にもかかわらず、寒さは感じなかった。

 多分この人も、あの姉妹も、私が”人殺しの子”と知れば私の元を離れていくだろう。

 あのネットゲームとは違う”非現実”とも”現実”とも知れないような日々を与えてくれた三人、ブッチョさん、ライ子ちゃん、丸美ちゃん。

 そんな三人に、これ以上私の正体を隠し、騙し続けるなんて事はできなかった。

 この一年にも満たない、桜にとって最も楽しくて、うれしくて、怖くて、悲しくて、怒れて、おいしくて、おもしろくて、そして、幸せだった日々を自ら手放すのは惜しい。

 告白したのを後悔していない、と言えば嘘になる。

 このまま隠し通しておきたかったのが本音である。

 言ってしまったことによって、私の中には、後悔の念に満たされていくのが分かる。

 それでも、伝えなければならない。

 感謝と、別れの言葉を。

「ブッチョさん、今まで騙しててすみませんでした。

 私のわがままに付き合っていただいて、ほんとにありがとうございました。

 私もう行きます、ライ丸ちゃん達の顔を見ると辛くなっちゃうから……」

 と言いながら桜はブッチョに背を向ける。

 桜は気づく。

 別れがこんなに辛いとは思わなかった。

 後ろ髪引かれるのが分かる。

 胸が張り裂けそうになるとはこの事か。

 しかし、不思議と涙は出なかった。

 そして桜の背後から、ブッチョの別れの言葉が告げられる。


「は? 何一人で帰ろうとしてんだよ」


「え?」

 と思わず振り向いて聞き返してしまう。

「いや、俺バカだから、お前が大変な人生を送ってきたのは分かったけどよ、さんざん俺たちを振り回しておいて先に帰るなんて許されんだろ!」

 などと言う。

「いや、だから私は”人殺しの子”ですよ?」と言うと。

「だから、父親が人殺しだからって、お前は俺たちを殺すのか?」と言う。

「いいえ、そんなことは絶対にしません!」と言うと。

「じゃ、いいじゃねえか、アホかお前?」なんて事を言う。


「……」唖然とする桜。

「は……ははは……あはははは」

 そうだ、思い出した、この人はバカだった。

 思えばかつて、インチキ臭いと分かっていながら、冗談で受けた詐欺紛いの占い。

 暇つぶしに、誰も来ないと分かっていながら行った住宅街。

 そこにやってきた、表情の変わらない、ヤクザに追われていたこの人。

 はじめからそうだった。

 友達になってくれと言ったときも。

 デパートで何度も迷子になったときも。

 思い返せば数え切れないが、

 このバカな人は何も疑問に思わず受け入れてくれる。

 着ぐるみを着た少女でも、

 耳の聞こえない少女でも、

 そして”人殺しの子”でさえも。

 この人はほんとにバカで、

 どうしようもないバカで、

 なんともならないバカで、

 バカ過ぎて、信じられないほど…………やさしい。


 ―――だから、わたしは、この人を好きになったんだ。


 そう気づいた桜は、自分の目から熱いものが流れていくのを感じる。

 なんでだろう、うれしくて笑いたいのに、なんで私は泣いてるのだろう。

 もしかしてこれは、うれし泣きなのだろうか。

 あの中学校の頃、黒板に”皆川 桜は人殺し”と書かれて流した涙や、

 あの知らない路地裏で、呼吸もままならないまま流した涙とも違う。

 こんなあたたかい涙が、私の中にもあったんだ。

 こんな宝物のような涙を、外に出してはならぬと、桜は上を向くが、流れは止まない。

 ならばと両の手のひらで塞いでみるが、とめどなくあふれてきてしまう。

 ずっと、ずっと、外に出る事を待ち望んでいたように、ぽろぽろとあふれ落ちる涙。

 とうとう桜は声を上げて泣き出す。

 今までの悲しみを吐き出すように、

 今までの悔しさを洗い流すように……。

 

     07


「あーっ! ブッチョのくせにカッ子姉ちゃん泣かしてるっ!」「(信じられない! ブッチョ何様のつもり!)」

 と、その光景を発見し、激怒しながら走り寄ってくるライ丸姉妹。

「ちょっ、俺は何にもしてないって!」とブッチョが弁明するが。

「じゃあなんでカッ子姉ちゃん泣いてんだよっ!」とライ子は、パンチやキックを繰り出しながら問い詰める。

「(ブッチョ、カッ子姉ちゃんに告白されたんだろ?)」と丸美も迫ってくる。

「え? あぁ、告白はされたけども、俺は悪くないだろ?」と言うと。

「は? はぁ? ブッチョのくせにカッ子姉ちゃん振るなんて……」

 とライ子が言ったところで、カッ子が止めに入る。

「うぅ……ライ子ちゃぁん、ちがうのぉ……ぐすっ……」

 と、ぐしゅぐしゅと泣きながら、説明しようかどうか言いよどんでいるとブッチョが。

「心配すんなって、こいつらなんか俺よりバカだからさ」

 などと言ったブッチョに、なにおー! と殴りかかっているライ丸姉妹に説明すると。

「ん? カッ子姉ちゃんが私たち殺すわけじゃないんでしょ? じゃ問題なし!」「(問題なし!)」

 との返答に、二人を抱きしめて、桜はまたしばらく泣きじゃくるのであった。


 桜が泣き止んだ頃にはすでに深夜である。

 完全に冷え切った体を温めるために、あたたかい缶ジュースを手に持つ四人。

「すみませんねぇ、こんなに遅くなっちゃって」と、ホットレモネードをすすりながら桜が言うと。

「エ? アナタダレデスカ?」とブッチョはココアをすすりながら、なぜか片言で話す。

「え? 誰って、何言ってるんですか?」と聞くと。

「(括弧が普通になってるんですけど)」とお汁粉を飲む丸美が指摘すると。

「あぁ、もう自分を偽らなくても良くなったんで、普通になりました」

 と桜が言うとライ子が。

「ただでさえブッチョと私の言う事が分かり辛くなってるのに、カッ子姉ちゃんまで普通の括弧になったらパニックでしょ?」などとコーンポタージュの缶の中をのぞき込みながら、身もフタもない事を言い出す。

「そうだな、ちょっと今後の対応に支障をきたすな」とブッチョも言う。

「(ここまできて普通になるのはKYでしょ?)」と丸美まで言う。

「「えええええーっ!?」」

 どうやら普通のカッ子に戻ったようである。


     08


 そんなこんなで、やっとライ丸姉妹の家の周辺までやってきた一同である。

「ブッチョ、カッ子姉ちゃん、ありがと、ここでいいや」とライ子は言うが、家まではまだ距離がある。

「いや、こんなに遅くなっちまったから、家の人に謝っとかないと」とブッチョが言うと。

「(多分もう寝てるからいいよ)」と丸美が言う。

「「そうですねぇ、挨拶はまた後日にしましょうか」」

 となぜかカッ子が容認する。

「ん? そうか? じゃあ明日にするか……」

 とブッチョが言った時、後方からものすごいエンジン音を轟かせながら、ワンボックスカーが猛スピードで走行してくる。

 ブッチョは、そのワンボックスカーに見覚えがあった。

 あれはあのいつぞやの横暴なインチキホストの所有する車だ。

 ブッチョが三人を道の際に避けさせていると、なんとそのワンボックスは一行の前に停車したのである。

 降ろされたウィンドウから顔を出したのは、やはりあの時の金髪ピアスの男であった。

 ブッチョは、また無茶苦茶な事を言うであろう男に対し、すぐに言い返せるよう身構えていると、インチキホスト風の男が口を開く。

冬子とうこ! 杏奈あんな! てめえら何こんな時間までほっつき歩いてやがるんだ! 早く帰りやがれ!」

 と怒鳴った先をブッチョが見ると、そこには、身を固まらせるライ子と、その後ろに隠れる丸美の姿があった。

 怒鳴り終えた男の車は、そのまま嵐のように走り去ってしまった。

「……」またしても唖然としてしまう。

「お前ら、あいつの知り合いか?」と、かろうじてブッチョがたずねると。

 少し躊躇した着ぐるみから声が漏れだす。


「あの人、私たちの……お父さん」


 第四章了

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