03や04でまだ続く
03
事件も一週間も過ぎると、住宅の周りに押し寄せていたテレビ局もいなくなり、元の静けさを取り戻したように思えた。
実際精神的に参っていた桜も今日から学校へ行くことになり、不安ながらも少し日常が戻ってきたような気がしていた。
父の事に関しては、死んだ事よりも事件によって被った精神的被害のほうが大きく、悲しんでいる暇もなかったのである。
桜が登校してみると、クラスメイトは声には出さないものの全員が事件の事を知っているらしく、最初はぎこちないながらも給食の時間の頃には、事件前と変わらぬように接してくれたので、桜は心の底からの安堵感を感じ得るのであった。
しかし、それも一日一日と日を追うごとにクラスメイトとの距離感が開いていくのを感じていく。
申し訳なさそうに距離を置いていくクラスメイト達だったが、どうやらイジメというわけではないようだった。
桜が登校再開してから4日目、クラスメイト達の反応の理由が明らかになる。
その日の晩、桜の自宅に担任の先生と教頭先生が緊張の面持ちでやってきた。
桜は自分の部屋で待っているように言われたが、なにぶん狭い住宅なので、話し声は聞こえてしまう。
ありきたりの挨拶を並べる先生達。
その声色は暗さを帯びており、桜の不安を煽る。
「福武さん、まことに申し上げにくいのですが……」
と言いよどんだ担任の先生に代わり、教頭先生が話し始める。
「実は、父兄の方々から、自分の子供を人殺しの子と一緒に勉強させたくない、という意見が寄せられておりまして」
”人殺しの子”? そうか、私は人殺しの子なんだ。と桜はおなかの辺りが締め付けられた気がした。
「そんな! それじゃあの子はどうすればいいんですか?!」
「これは提案ですが、他の学校に転校するという手もございます」などと言う。
結局、桜は転校することになってしまった。
桜は同級生のイジメではなく、その親達から迫害されたのだ。
桜は同じ市内の学校に転校するが、一ヶ月もしないうちに”人殺しの子”だということがバレて、転校を余儀なくされる。
二回目の転校も失敗に終わり、苗字を母方の姓に戻し県外に転校する頃には、借金はかなりの額まで膨れ上がっていた。
桜は中学を卒業するまでに6度転校を繰り返し、転校するたびに”人殺しの子”とバレないように人目を避けて生活してきた。
そして中学校を卒業して母から告げられたのは、800万円にも及ぶ借金の額であった。
当時のサラ金での年利が28%程であったため、単純計算で月に19万円以上返済しないと元金が減っていかないのである。
仕方なく働こうとする桜。
しかし今まで人目を避けて生きてきたので、母親や学校などの守りを望めない社会で生きていく事は桜にとって難題すぎた。
桜に街行く人々の視線が語りかけてくる。
人殺しの子だ。
3人も殺した殺人犯の子だ。
人殺しの子と同じ空気を吸いたくない。
殺人犯の子。
人殺し。
―――白い世界。
気がつくといつも知らない路地裏にいた。
パニック障害である。
いつも路地裏で呼吸困難のうちに目が覚める。
そしていつも路地裏で、ヒザを抱えながら思うのだ。
私の居場所はどこにも無い、と。
04
それでも借金を返すために働かなくてはいけない。
なるべく人目につきにくい仕事を選んでは、いくつも掛け持って働いていく。
その頃には母親は、身も心も疲れ果てていて、仕事もままならない状態であった。
桜は働く。
働いて、食べて、寝て、働いて、食べて、寝て……。
桜は減る事のない借金の、毎月の返済のためだけに生きていた。
金、
金、
金、
金、
金さえあれば、好きなものが買えるのに。
金さえあれば、この苦行から開放されるのに。
金さえあったならば、こんな事にはならなかったのに。
昔見たドラマの悪役が「世の中は金がすべてだ」と言っていたのを思い出す。その通りだと思った。
あるときテレビの中に映る、いかにも調子に乗っていそうな主婦が、したり顔でインタビューを受けていた話の内容に興味をしめす。
どうやらテレビ画面の女は、株で1年間に1200万円を儲けたと自慢しているようだった。
桜はすぐさま株の本を買い勉強を始める。
もともと人と関わることをせず、暇で勉強ばかりしていたので、この手のものを理解するのにそれほど時間はかからなかった。
後で思うと自分でもおそろしい事をしたと思うが、株式投資をするのにあたって、仕事をすべて辞め、必要経費をすべて闇金から調達したのである。
この時点で借金は1000万円以上に達していた。
しかし、どうも桜には株の才能があったらしく、半年後には借金を全て完済してしまう。なぜか闇金から借りた金は倍になっていたのだが、それも些末な問題であった。
あれだけ母親と自分を苦労させた金。
父親に殺人まで犯させた金。
桜は、それをいとも簡単に手に入れる術を見つけてしまった。
桜は思う、
なんてふざけた世界だ、
と。
そのころ母親の体はすでに限界に達していて、入退院を繰り返すようになっていた。
その母は、桜のおかげとはいえひと段落ついたので、悪いと思いながらも生まれ育った東京都に戻りたいなどと言い出す。
桜はそんな忌まわしい土地に戻りたいなど気が知れない、と思うのだが、母の意志を汲んで故郷の周辺にアパートを借り、そこに一人で住まわす事にする。
自分は、東京にも現在のアパートにも居りたくないので、考えた結果。
住んだ事が無く、母の住む東京からそれほど離れておらず、都会でも田舎でもない愛知県の豊多市に住む事にする。