第一話「愛情と調味料と調理器具」00とか01
第2章「ぶきような人々」
第1話「愛情と調味料と調理器具」
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陽気な音楽と共にネズミやアヒルの着ぐるみに身を包んだ人が激しく踊っている。
どうやらここは東京ネズミーランドらしい。いわずと知れた米国の人気ネズミアニメのテーマパークである。隣には海をテーマに作られた”ネズミーシー”という系列テーマパークがあるが、日帰り日程ではどうしても”ネズミーランド”の方に行ってしまいがちである。
「どうだ楽しいかブッチョよ!」となぜか土下座をしている父親は、なぜか俺のことを違う名前で呼ぶ。
「え? 僕ブッチョなんて変な名前じゃないよ、お父さん」
「なにを言ってるんだ? おまえは最初からブッチョって名前じゃないか」
「は? そんな名前、役所の人が受理するわけないじゃん」
「あ? もう時間? じゃあそうゆうことで」と言うが早いか土下座したまま人ごみに消えていった。
「え? ちょっと待ってよお父さん。あれ? なにこれ?」気が付くと、不恰好なライオンの着ぐるみに、はがい締めにされていた。
ピーンポーンパーンポーン
父親の逃亡を助けるように館内放送が入る。
『あー、本日は東京ネズミーランドにお越しいただきまことにありがとうございました。本日の営業はこれで終了でございます。ブッチョさんのまたのお越しをお待ちしております』
ジリリリリー…けたたましく営業終了のベルが鳴り響く。
ジリリリリリリリリリリリ「うぇぇぇん、お父さーんジリリリリおいてかないでジリリリリてかブッチョってジリリリリ…なジリリリリリリ…ぶなジリリリリリ」リリリリ
「ブッチョって呼ぶなーーー!!」
がつん! と鈍い音。いつも置いてある場所に目覚まし時計は無く、つかもうとした手は空を切りタンスの角に当たる。
「いてぇ! しまった、目覚まし壊さないように隠しておいたんだった!」いつもは使われない学習能力がアダとなった。
だっさいあだ名を付けられてから三日、ブッチョは毎日そのことでうなされていた。
しかしあの子供達はもう来ないので、カッ子だけなら本名で押し切ることも可能だろう。
とりあえず、鳴り続けている隠した目覚まし時計を止めたところで、今日の仕事が休みだと気づく。
なにか損をした気分であったが、すべてが損でできているのでそんな気分は速攻消え失せた。
ちなみに今日は日曜日で、スーパーマーケットにとってはかき入れ時なのでバイトが休みなどありえないのだが、ブッチョは戦力外なので休みとなっている。
本人は気づいていないが、バイトがクビになる日は近いだろう。
そうとは知らず「早起きついでに、朝飯買ってカッ子んとこでも行くか」と、のん気なものである。
それから1時間ほど後。
ブッチョは二人分の食料を持って、カッ子のマンションのエントランスに到着した。
マンションのエントランスは、ドアをくぐると部屋番号を押してインターホンを鳴らす機械が置いてあるのだが、先のドアは住民の許可がないと開かないので一時的に完全個室になってしまう。
別に閉所恐怖症でもないけれども、居心地の悪さを感じながら間違えないように部屋番号を押すと。
ピ『『はぁい、どちらさまですか?』』チャイムに仕事をさせない速さで、スピーカーから声が聞こえる。
「はやっ! インターホンの前で待ってたのか? とりあえずここ開けてくれ」
『『はい? どなたですか?』』
「は? なに言ってんだ? カメラもついてんだろ……」と言ったところで、相手の意図に気づく。
どうしても俺の口から”ブッチョ”と言わせたいらしい。しかし俺は絶対に自分で言ったりなどしない!と決意した時に、個室のエントランスに住民らしい人が入ってくる。おもわず目が合って、その場が少し気まずい空気になる。
「おい! マジで早く開けろって!」
『『で? お名前は?』』
「くっ、ブ……ブッチョです」作戦負けである。
『『はい? もう少し大きな声でお願いします』』どうやらこの女にはサドっ気があるようだ。
「わ、わたしの名前はブッチョです! ドアを開けてください!」最終的には完全敗北で落ち着いたようである。
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ひと悶着終えてようやく部屋の中にたどり着いたブッチョを待っていたのは。
ここの家主で、ヒッキーセレブのカッ子。
と、
もう会うことはないと思っていた、お笑い芸人のライ丸姉妹。その三人が爆笑の中迎えてくれたのだった。
「・・・・・・(怒)」
「誰がお笑い芸人じゃい!・・・と言ってる」と、いつものネタでツッコミを入れる。
「てか何でおまえらがいるんだよ!」
「「ブッチョさんいらっしゃい。ライ丸ちゃん達のご両親は、二人とも土日出勤なんだそうです」」
「いや、だからってここに来なくてもいいだろうよ」
「・・・・・・(怒)」
「別にいいじゃんか! 細かい事言ってっとハゲるぞ!・・・と言ってる」
「誰がハゲか!てか、お前らの分の朝飯買ってきてねえぞ」
そう言いながらマグドの袋を見せる。
「「またマグドですか? よく飽きませんね」」
「・・・・・・(笑)」
「マグドは日本人の主食ですけど何か?・・・と言ってる」
「うむ、セレブのカッ子には日本の和の心が理解できないのであろう」
「「いやいや、マグドは外国資本ですよ?」」
「!!!」三人は驚愕の表情で顔を見合わせる。そのうち一人は無表情で、そのうち一人は着ぐるみで表情は変わらないのだが。
「「いやいや、マグドって略さないとマグドナルドって……聞いてます?」」
カッ子の話を無視して食べだす三人。
「「ぎゃふん! わたしの分は? っていうか、二人分買って来たにしてはハンバーガーの数多くないですか?」」
ポテトとドリンクは2つずつだが、ハンバーガーは3人が1人につき4個抱えている。
「ん? あぁ昼飯の分も買ってきたからな」昼食もハンバーガーで済ませるつもりだったらしい。
カッ子が泣きついてきたので、三人は渋々1個ずつめぐんでやった。
「「それにしても、ホントに同じものばっかで飽きないんですか?」」
「ったく、これだからブルジョアは駄目なんだよ!見てな!」
そう言うと、ハンバーガーの上の部分のパンを取り外し、5本ほどのポテトを下の部分の上に乗せ、取り外したパンをもとに戻す。
「どうだ! これでポテトバーガーの完成だ!」
「・・・・・・(喜)」
「そうそう! 中にケチャップやマヨネーズをかけると、まったく違う食べ物になるよ!・・・と言ってる」
「そうだ! カッ子、ケチャップとマヨネーズを持って来い!」
「「すいません、ありません」」
「コショウでもいいぞ」
「「ありません」」と顔をそらす。あいかわらず目はあわせないが、顔をそらした。
「?」三人の頭に疑問符が浮かぶ。
それを見てカッ子が口を開く。
「「ウチに調味料は無いです」」
「・・・・・・(?)」
「え? どうやって料理の味付けしてるの?・・・と言ってる」
「「ウチには、調理器具もないです」」
「は? いやいや、包丁にフライパンぐらいはあんだろ普通」
「「料理なんかしなくても生きていけますけど、何か?」」カッ子は開き直った。
ウソだろう? と思いながら台所を物色した三人が発見したのは、紙コップと紙の皿の束。冷蔵庫には、ペットボトルのジュースと大量の冷凍食品が入っていた。
「マジか……俺だって自分の飯ぐらい作れるぞ」
「「別に作んなくったって困った事ないですよ?」」
「・・・・・・(願)」
「カッ子姉ちゃんの作ったご飯たべたいなぁ。・・・と言ってる」
「「え?」」
「よし! じゃあ今日の昼飯は、みんなで手作り料理だ! 今からジョスコに買出しだ!」
「「えええっ!」」
ジョスコとは、全国展開の大型スーパーマーケットである。専門店も入っているので、食料品からファッションや電化製品まで何でも揃う。
休日に家族で行くと、家族全員が満足するという便利な施設である。
最近はイヨンと言うブランド社名に変更し、看板も変えているにもかかわらず、通称”ジョスコ”で通じているようである。
ということで四人は、昼食用の食材と調理器具を買いにジョスコに出かけることになった。