第4話「ぺい・まねー・ばらーど」01と02
第四話「ぺい・まねー・ばらーど」
01
冬の凍てついた空は、すでに澄み切った漆黒の闇に支配されていた。
久未弥は肌を突き刺す冷気から逃れるようにジャケットに身をすぼめる。
ふと久未弥は自分の横を一緒に歩く男に声を掛ける。
「お前どんだけ借金してんだ?」
どういうわけか久未弥は、この利一と呼ばれていた不良債務者の監視役をまかされていた。
「なんでそんな事あんたに言わなきゃなんねぇんだよ」と利一がぶっきらぼうに言う。
「あ? 俺の友達から金を騙し取ろうとしたくせに、えらそうな口をたたくんじゃねえよ」と久未弥も負けてはいない。
「……お前あの女の男か?」との利一の問いに。
「そんなんじゃねぇけど、あそこにいた三人は俺の一番大切な人間だ」と答える。
「……300万」
「は?」
「だから俺の借金は300万だって言ってんだろうが!」
「ふーん、闇金で借りたのか?」
「年利率18%も利息をとるんだぜあいつら!」と憤慨する利一。
「ん? 18%? って闇金じゃねえじゃねえか! なんでそんなに借金したんだ!」
「うるせぇ!パチンコだよ!」どうやら利一は根っからの駄目人間のようである。
300万というと大金ではあるが、ちゃんと仕事をして毎月返済していれば決して返せない金額ではない。
しかし、利一のような社会に適応できない人間にとって、それは容易なことではない。
それは久未弥も同じことで、少しでも借り入れをしようものなら利一と同じ道を歩んでいた事だろう。
だとしても利一のように人を騙して金を得ようとする行為は許されるものではないのである。
などと考えながら歩いていると、どうやら目的のATMに到着したもようである。
「金をおろすからちょっとここで待っててくれ」と言って利一はATMの設置されている小屋へと入っていく。
一度に300万を引き出す事はできないので、5分ほどはかかるであろうか。
その間久未弥は道行く人々を見て思う。
人とは本当に様々なのだと。
健康な人、病んでいる人、病気を治す人、それを助ける人。
犯罪を犯す人、そして人の命を奪ってしまう人も。
その様々な人が集まって、この人間社会という世界を形作っているのである。
自分、カッ子やライ丸姉妹、テンホー氏にサッチ、レイさんも。
未然に防げたとはいえ、詐欺をはたらこうとした利一すらもその世界の一部なのである。
しかし、その利一の姿が見えないようである。
「あれ? あいつ、いつのまにかいなくなってるぅ!」どうやら逃げられたらしい。
久未弥が辺りを見回すと、はるか先で逃走している利一を発見する。
「てめぇぇぇっ! 逃げんじゃねぇぇぇっ!」
との久未弥の叫び声を号砲に、久々の鬼ごっこが開始されたのである。
02
一方こちらファミリーレストランでの一幕。
借金の取立て屋に、人質として捕らえられているカッ子とライ丸姉妹。
「カッ子姉ちゃん、そこのポテト取って」と迷彩ライ子が言う。
「・・・・・・(食)」
「おっさん、そこのお肉こっちによこして・・・と言ってる」と手話を知らない借金取りの男性に、いつものネタで話しかけるライ丸姉妹。
「「ほら、二人ともそんなに急いで食べると喉につっかえますよ?」」と二人を気遣うカッ子。
「……」テーブルに広がる食料の量と、それを消化していく子供二人を見て絶句する借金取り。
「あんたら、いつもこんなに食べるのか?……じゃなくて、状況を理解してるか?」
「なに言ってんの! 腹が減っては戦はできないんだよ!」
「(そろそろデザート頼んでいい?)」
「「はいはい、えっと、借金取りさんもデザート食べますか?」」
「いや、俺はコーヒーだけでいい……じゃなくてだな……まぁいいか」
「おっさんは利一と知り合いなの?」とライ子が聞くと。
「利一? あぁ、あいつそんな風に呼ばれてんのか。別にあいつとは仕事上の知り合いってだけだよ」
と言いながらコーヒーをすする借金取りの男。
「とりあえずお嬢ちゃん、利一のヤツはやめときな。あいつはろくなヤツじゃない」とカッ子に忠告する借金取り。
「そうだよ、カッ子姉ちゃん利一にお金を50万円も騙し取られるところだったんだよ」
「(あんな嘘を簡単に信じちゃ駄目だよ!)」
「「え? あれ嘘だったんですか? 妹さんが無事なら良かったです」」
「あいつに妹はいねぇよ、簡単に人を信じるのは感心しねえな。あと、あの無表情のヤツもやめた方がいい、ヤクザに喧嘩売るなんて”普通”じゃねえよ」と、この男はブッチョの事を思い出したようである。
「「……”普通”ってなんですか? あなたや利一さんのように、お金に振り回されている人達の事を”普通”っていうんですか?」」とカッ子は変な絡み方をする。
「あ? 世の中金だろ? あんただって金は必要じゃねぇのか?」
「「ええ、そりゃあ生きていくためにはお金が必要ですけど、そんなにお金って大切なものですか?」」
「は? 金さえあればなんだってできるし、なんだって手に入れることができる。それを欲しがるのが”普通”だろ?」
「「そうですね、確かにお金があれば何でも手に入りました。食べるものも着るものも、家も電化製品も、遊び道具だって何でも買えました」」
「「でも……本当に手に入れたいものは、どこにも売ってませんでしたよ?」」
「あんた……そうか、いや、悪かった、そうだな、金の価値観の話は平行線で終わりそうだ。で、そのブッチョくんはお嬢ちゃんの欲しいものを持ってるのか?」
「「え? うーん、たぶん半分くらいは持ってるかもしれません」」
「わははははっ! 半分も持ってれば上出来だな、俺もあやかりたいもんだ!」と愉快そうに笑う借金取り。
「「そうですね、私たちにとってブッチョさんは、お金よりは頼りになりますよ?」」
「と言ってるうちにブッチョくん帰ってきたようだな」
と、ブッチョが店の中に入ってきたようだ。
「あれ? ブッチョ、利一は?」とライ子は、一人で来たブッチョにたずねる。
「ごめんなさい、逃げられました」速攻謝罪のブッチョ。
やはりお金の方が頼りになるかもしれない、と思う一同であった。