03と0405で了
03
テンホー氏のビールが三杯目に到達し、ライ丸姉妹が追加注文した大量のデザートが、テーブルを埋め尽くす頃。ブッチョはテンホー氏に、クラウンになったきっかけを聞いてみる。
「んぁ? 人に聞く前に自分のから先に言えやぁ!」とテンホー氏は完全に酔っている。
「いやいや、俺はテンホーさんに誘われたからですよ」と言うと。
「いや、そういうんじゃなくてだな。ん? まぁいいか、まだ君も明確にはわかんないだろうからにゃ?」テンホー氏もあまりアルコールに強い方ではないようだ。
そしてテンホー氏は少し考えた後、話始めたのである。あまりにも悲しい過去を。
「んー、ありゃあ中学3年の時だにゃ、ふたつ下の妹が死んじゃってさぁ」と酔っぱらって明るい感じで。ブッチョは聞くタイミングを間違ったようだ。
「いやー、ふたつしか違わなかったけどかわいい妹でねぇ、今で言うと”妹萌え”ってやつ?妹は元々病弱だったんだけど、あるときコロッと逝っちゃいやがって」
「……」とブッチョが言葉を失っていると「あー、もう昔の事だから気にするない。いやー、でも当時は荒れたねー、あたり構わずケンカしまくったよ。これでも運動神経いい方だからケンカ強かったんだぜ?でもあるとき高校生に袋叩きにあって入院さ、内蔵破裂だって、マンガでしか聞いたことないだろ?」と事も無げに言う。この時点ですでにブッチョとは全く違う世界の人間である。
「そんなだから親ともうまくいってなくって、入院中たまに世話しに来てくれても俺は目を合わせもしなかったよ。で、入院生活も一ヶ月を過ぎた頃、死んじまった妹によく似た女の子となかよくなってねぇ、妹と同じ俺のふたつ下で”サッチ”って言うあだ名で呼ばれててかわいかったにゃぁ」テンホー氏は体をくねらす。
ここでテンホー氏は残りのビールを飲み干し、新たにビールを注文する。ライ丸姉妹はデザートに夢中で、カッ子は食べ過ぎで放心状態である。
新しいビールが到着すると、テンホー氏は再度話を続ける。
やはりサッチも入院患者で、心臓が弱いらしく、入院は数年にも及んでいたようである。その間に何度も危険な状態になったことも聞かされた。
「俺はこのとき気づいたんだ、妹が死んで以来何にイライラしてケンカばかりしていたのか、俺が無視するような態度をとっても何で親はなにも言わなかったのか」
「気づいてたんだよ、妹が苦しんでるのに何もできない自分の無力さに、祈ることしかできなかった自分のふがいなさに」
だから両親も、テンホー氏の気持ちが痛いほどよく分かっていたので、好きなようにやらせていたのだろう。
しかし気づいたところで、テンホー氏が目の前の少女にしてやれる事はないのである。
サッチは退屈な入院生活が長く続いたせいか、表情の変化の乏しい少女で、テンホー氏と談笑していてもどこか陰りのある笑顔しか見せなったという。
この子の笑顔はこういうものだ。と疑問を持たなくなった頃、そいつは現れたのだ。
「いや、びびったさ、まさか病院の中にピエロがいるなんて、冷静に考えてみろ、病院にピエロがラッパ吹きながら歩いてきたらどうする?」
と言われブッチョは想像する。病院の暗いリノリウムの廊下を、ラッパを吹き踊りながら靴をキュッキュと鳴らして近づいてくる白塗りのピエロ。
「ぎゃあ! 完全ホラー!」とブッチョは叫ぶ。
「いやまさにホラーだろ? でも退屈で変化の乏しい入院生活が日常になっている子達にとってそれは、入院生活には無い非日常の出来事だったんだ」
「それを見ていたサッチの表情はこれでもかというぐらいワクワクしてた」
「で俺は思ったね、できんじゃん、病気を治す事はできなくても、このくそつまんない入院生活を楽しくさせる事ぐらいはできんじゃん! って」
その後サッチよりも先に退院したテンホー氏は「まずはサッチの為に修行して、退屈な入院生活を毎日楽しくさせてやるぜ!」とそのクラウンに弟子入りしたとのこと。
その後海外にまでクラウンとしての修行に行き、ホスピタルクラウンとしての知識を身につけサッチに会いにいったのだという。
しかしテンホー氏が病院に行くとサッチはもういなかったのである。
「そこでまた思い知らされたよ、言っただろ?俺たちは主役じゃないって、何の力もないただのわき役だって……」
「……」とブッチョは言葉が出ない。結局は笑いの力で一時気を紛らわせたとしても、人の命など救えないということなのだろうか。
カッ子やライ丸姉妹も今の話を聞いていたのだろうか、食べる手を休めうつむいている。
04
そんな一同の沈黙を破るように、テンホー氏の携帯電話の着信音が鳴り響く。
「お? はいなはいな」と言いながら電話を取る。
「ん? あ、着いた? 中にいるから入ってきて」としゃべっている。
「誰か来るんですか?」とブッチョは、電話の終わったテンホー氏にたずねる。
「あぁ、俺こんど結婚するんだ、それで奥さんになる人をブッチョくんに紹介しようと思ってね」とテンホー氏。
「なに? リア充の自慢話?」とライ子は再びデザートを食べ始めながら言う。
「(今から来るの? じゃあもっと食べ物注文しなきゃ)」と丸美はまだ食べる気らしい。
「「えっ? テンホーさんの彼女さんが来るんですか?」」とカッ子は身だしなみを整えようとするが、ぼさぼさヘアにジャージでは整える場所など無い。
「スカイラグーンへようこそー」という声が入り口の方で聞こえたかと思うと、テンホー氏はそちらの方へ手を振る。
やってきたのは、すらりとしたきれいな女性だった。
「はじめまして、みなさんの話はいつもテンホーの方から聞いてます。この人アホでしょう?」と女性はテンホー氏を指さして言う。
「アホとは失礼な!紹介します、これが俺の婚約者の”サッチ”です」とテンホー氏。
「は?」
と意味が分からない一同。
「サッチ死んだんじゃねぇのかよ!」とライ子が言うと。
「え? なに? なんで私死んだ事になってんの?」と戸惑うサッチ。
「「えっと、だってさっき病院で思い知らされたって……」」
「え? だから、”わき役”の俺が修行に行ってて何も力になれなかった5年の間に、”主役”のサッチやお医者さんが病気を克服してしまったから、”主役”の人たちはすごいなぁって思い知らされましたとさ!」とテンホー氏。
「5年も修行してたんかい! どんだけ入院させとくつもりだよ!」とブッチョ。
「言い方がまぎらわしいんだよ!」「(さっきの沈黙を返せ!)」とライ丸姉妹は怒り心頭である。
「いやー、その後サッチと連絡が取れてさー、会ってみたら超いい女になっててー、いやー、5年の月日ってのはすごいねって思い知らされましたよ」とさんざんノロケまくっているテンホー氏をスルーし、サッチだけにお祝いを言う一同であった。
05
その後食事の精算を済ます際、テンホー氏が「今日は無理言って集まってもらったから俺が払うよ」と言ったのだが、あまりの金額に所持金が足りず、結局カッ子がお祝いということで支払う事になる。
別れ際テンホー氏はブッチョに、半年後にある結婚式に招待するという約束をして、テンホー氏とサッチのお祝い食事会は、お開きとなったのである。
帰りの道すがら、ブッチョはカッ子とライ丸姉妹に一つ提案をする。
「お前らどこか泊まりがけで出かけれる日がないか?」
「「私はいつでも大丈夫ですよ?」」と聞くまでもないヤツが言う。
「ん? 私たちも土日ならいつでもいいよ」とライ子も即答である。
「いやいや、親の了承ぐらい取ってこいよ」まぁそこらへんはカッ子がうまくやるだろうが。
「(なにかするの?)」
「あぁ、少し前から考えてたんだけど、みんなで”ネズミーランド”に行かないか?」とブッチョが言う。
「えっ?」と驚きの表情をしたであろう着ぐるみが言う。
「(行く! 行ってみたい! 行ってしまおるに……!)」丸美は興奮しすぎて手話などしている場合ではない様子。
「「お金とかは大丈夫なんですか?なんなら私が出しますけど……」」とブッチョがお金のやりとりが嫌いなのを知りつつ申し出てみる。
「いや、昔から少しずつ貯めてきた貯金があるから、贅沢しなきゃ大丈夫なぐらいはあるんだ」と、実はまめに貯金していたという意外な一面を見せる。
「じゃあ次の土日に行こう! 善は急げだよ!」「(なんなら明日からでもいい! 学校なんか休んじゃえ!)」などと勝手な事を言っている。
結局、ライ丸姉妹の両親の了承と、ホテルの予約、夜行バスの予約などの結果、再来週の土日に”ネズミーランド”へ出かける事になったのである。
第五話了