040506で了
04
マグドで昼食をすませた一行は、ブッチョの提案で近所の公園にやってきていた。
「(わーい! 滑り台で遊ぶ!)」と言って丸美がかけていく。
「(わたしも遊ぶ!)」とライ子も後を追う。
「(あんまはしゃいでケガするなよ)」と走っていく二人に向かって、ブッチョは手話で言うが、もちろん二人は気づかない。
「「(いやいや、声を出しながら手話をすればいいんじゃないですか?)」」と言うカッ子も声を出さない。
「(それもそうだな、じゃあカッ子しゃべりながら手話をしてくれ。)」というと。
「「(え?いや、先にブッチョさんがやってくださいよ)」」と、なぜか躊躇する。
「(は? なに言ってんだ? 別に声出したって問題ないだろ?)」と言いながらブッチョは声を出さない。
「「(む、なんかヤです。ブッチョさんが声を出すまで私声出しません)」」となにやら意味の無い勝負が始まりそうである。
そんな不毛な勝負が始まろうとしていたその時。
「おーいブッチョくん、こんなところで用事ってなんだい?」とテンホー氏がやってくる。
「む、ゲームのメールで我が輩を呼び出したのは貴様等か!」とレイさんもやってくる。
「「(あれ? テンホーさん、レイさん、なんでこんな所にいるんですか?)」」
「(俺が呼び出した。これから”ぽこぺん”大会を開催します!)」
「(お? ブッチョくんさっそく手話覚えたのか。てか”ぽこぺん”なつかしいな)」とテンホー氏も手話を使えるようだ。
「貴様等は先ほどから何をやっているのだ!」一人だけ手話ができないらしい。
「えっ、みんな”ぽこぺん”やるの? わたしもやる!」とライ子がやってくる。
「(わたしもー)」と言いながら丸美も合流する。
「「で、”ぽこぺん”ってなんですか?」」
「我が輩も知らないぞ」
「俺も知らなかったけど、病院の子供に教えてもらった」とブッチョ、カッ子、レイさんは子供の頃”ぽこぺん”で遊ばなかったようだ。
”ぽこぺん”の遊び方を聞いてみると。
1、まず、じゃんけんで鬼を決める。
2、鬼が木や壁などの特定の場所で、みんなに背をむけて目を隠し、みんなで「ぽーこぺん、ぽーこぺん、だーれがつつーいた、ぽこぺん」と歌いながら鬼の背中をつつく。
3、鬼は最後につついた人を予想して、予想が当たればその人が鬼になり、また2から始める。予想が外れた場合は、また鬼はみんなに背をむけて目を隠し、100を数える。その間にみんなは逃げて隠れる。
4、100数え終えた鬼は、今いた木や壁を拠点にしてみんなを探し出す。見つけた場合は、拠点に戻り「(名前)、ぽこぺん!」と宣言すると捕まえることができる。捕まった人は、拠点から順に手を繋いで捕らえられる。で、全員を捕まえれば鬼の勝ちである。
5、捕まっていない人が、鬼に「ぽこぺん」される前に拠点に着いて「ぽこぺん」と言うと、捕まっている人が解放され、鬼が100数えるところからやり直しになる。。
地域によって違うようだが、だいたいこんな感じである。
「「あぁ、缶けりに似たような遊びですね」」缶けりをしたことがないので知らないが。ちなみにブッチョは缶けりすらもやった記憶がない。
というわけで”ぽこぺん”の幕が上がったのである。
05
まず、じゃんけんで負けたのはブッチョである。
「よっしゃ、こいや!」と公園のどんぐりの木に向かい、目を隠す。
そしてその他全員で「ぽーこぺん、ぽーこぺん、だーれがつつーいた、ぽこぺん」と歌いながら、ブッチョの背中をつつきまくる。
「いてぇ! レイさん、てめぇだろうがぁ!」とブッチョが予想すると、みんなが「正解、次レイさんが鬼」と言い、レイさんが鬼になる。
今度はレイさんが目を隠し、みんなで「ぽーこぺん……」と歌いながらつつく。最後の一突きはカンチョーであった。
レイさんは「ぬぐあっ! ブッチョ貴様かぁ?!」と予想すると「ブッブー、私でしたー! 逃げろー!」とライ子が叫び逃げ出す。
100を数えたレイさんが目を開けると、視界には誰もいなかった。
「ぬ、我が輩をおいていなくなるとは、けしからん!」やはりルールを覚えるのは苦手なようだ。
とりあえずみんなを探し出すため、レイさんは拠点となるどんぐりの木を離れる。
ルールとして、隠れる範囲はこの公園内と決めてある。この公園は200メートル四方のそれほど大きくない公園だが、身を隠すのにちょうど良い遊具と木や植え込みが配置されている。
レイさんが探し始めてから一分「テンホー氏発見!」という声が聞こえる。
「しまった!」と叫びながら植え込みから飛び出すテンホー氏、さすがに大人の体では見つかりやすいようだ。
テンホー氏の全力疾走むなしく「ぽこぺぇぇん!」というレイさんの声が、どんぐりの木を中心に公園に響き渡る。
がっくりと肩を落として捕まっているテンホー氏を背に気を良くしたレイさんは、意気揚々と次のターゲットを探し始めた直後。
「ぽこぺーん!」という声が公園の奥から聞こえたが、どんぐりの木の方を振り返ると、そこには木に手をついている丸美が立っていた。どうやら声の出せない丸美の代わりに、他の場所にいるライ子が叫んだようだ。
「むぅ! なんたること、無念!」と100を数えに戻るレイさん。
「(すまない、丸美ちゃん)」とお礼を言うテンホー氏だが、テンホー氏も丸美の接近に気がつかなっかたらしい。
「(あはは、どんどん助けちゃうからね!)」とスキップしながら隠れにいく。
レイさんは100を数え終わり、再び捜索を始める。
まさかあんなおっさんに最初から捕まるとは思わなかったテンホー氏は、公園の一番奥の安全な場所で傍観を決め込む。
すると、前方の遊具の影でなにやら忙しく動くブッチョを見つける。
しばらく見ていると、ブッチョは手話をしているらしく「(丸美今だ、右前の木に移動)」「(ライ子、滑り台の後ろへ隠れろ)」などと言っている。なるほど、手話なら声を出さずに的確な指示が出せるが、ズルである。
そんな調子で二回ほどレイさんに鬼をやらせた後。ブッチョ、ライ子、丸美の三人はズルしても楽しくないことに気づき、手話での指示は無くなったのである。
それを見ていたテンホー氏は「さすがブッチョくん、頭の構造が小学生と同レベルだ」と感心しているのかバカにしているのか判別できない独り言をもらすのであった。
ズルの無くなったゲームはやはり緊迫した展開になり、いつのまにかカッ子以外全員が捕まってしまった。
「はははは! あと一人だぞ、観念して出てきたまえ!」と言いながらレイさんはカッ子を探しに行く。
「カッ子姉ちゃんがんばって!」「(カッ子姉ちゃん逃げて!)」やら最初は興奮していたライ丸姉妹だったが、10分たっても20分たってもカッ子は見つからない。
探していたレイさんも「ぬぅ、カッ子氏はどこにもいないでござる」と探し疲れたのか語尾がおかしなことになっている。
すると、ピリリリリリ! ブイィィィィン! とブッチョの携帯電話の着信音とバイブレーターの音が公園に鳴り響く。
ブッチョは液晶画面を確認することなく電話を取ると。
『『うえぇぇぇん、ブッチョさんここどこですかぁ? たすけてくださぁい!』』というカッ子の情けない叫び声が携帯電話から漏れ出す。
電話を頼りに全員でカッ子を探しにいくと、公園から歩いて5分も離れた民家の庭で身を隠すカッ子を発見する。
どうやら公園の端の方で一人で隠れていたら、通行人に見られたらしくパニックになり、気がついたら知らない家の庭にいたとのこと。よくもまぁ簡単にパニックになれるものである。
その後公園に戻った一行は、一人ずつ順番に鬼になり”ぽこぺん”遊びは幕を閉じたのであった。
別れ際ブッチョはレイさんと携帯番号の交換をし、一緒に遊んでくれたテンホー氏とレイさんにみんなで礼を言って解散したのだった。
06
気がつくと、空はすでに夕焼け色に染まっていた。
夕飯を再びマグドで済ました後、カッ子をマンションまで送って行き、現在ライ丸姉妹を自宅まで送っているところである。
ライ丸姉妹の家が見えたところで「ありがとブッチョ、もうここでいいや」とライ子が言う。
「(ブッチョ、また”ぽこぺん”やろーね)」と丸美が手話で話す。
「ブッチョ、今日はありがと。そして……ごめん」とライ子。朝のやりとりを気にしていたようである。
「ん、これでよかったのかな?」とブッチョが言うと、ライ子は「うん」とうなずき「じゃーね!」と二人で手を振りながら家に向かって歩いていく。
ライ丸姉妹が家に入るのを見届けてから、ブッチョは帰路につく。
その道すがら、最近の自分の身の回りの変化を、思い起こしていた。
今日のようにみんなで公園で楽しく遊ぶなんてことは、ブッチョの記憶の中には無かったことである。
ましてや手話を覚えたり、少し前まで赤の他人だったテンホー氏やレイさんまでも一緒になって、友達を捜索するなど。
もしかしてこれが”普通の人”の普通な人間関係なのかな?と。
そんなことを呆けながら思っていると。
ブワアアアアアアアアン! というクラクションの轟音と共に黒いワンボックスカーが、すごい勢いでブッチョの目の前の交差点を曲がってきて、ブッチョに接触する寸前で急ブレーキをかけ止まる。
「てめぇ! 人を殺す気かっつってんだろうがっつってんだろうがぁ!」
とブッチョが叫ぼうとする前に、運転席のウィンドウが開き。
「てめぇ! ひき殺されてぇのか! 道なんか歩いてんじゃねえよ!」と金髪にピアスのインチキホスト風の男が、すごい剣幕でまくし立てる。ホストはほとんどインチキ野郎だろうが。
年のころはブッチョと同じ位であろうか、さらに「冴えねぇ面してんじゃねえよボケが! 消えろ!」と吐いて、その黒いフィルムが貼られたガラス越しにテレビ画面がいくつも見える黒いワンボックスは、マフラーから壊れたような轟音を轟かせながら、猛スピードで去っていった。
あまりの傍若無人ぶりに唖然のブッチョであったが、あれもあれで自分よりは”普通の人”なのかも。とも思うのであった。
余談ではあるが、次の日、あっさりと手話を忘れたブッチョはライ子の逆鱗に触れ、スパルタ指導で手話を体で覚えさせられたのだった。
第三話了
●参考文献
『すぐに使える手話辞典6000』米内山明宏 監修 緒方英秋 著 ナツメ社