第三話「しゅわしゅわソーダ」01から03
第三話「しゅわしゅわソーダ」
01
これは、師匠が走ろうか走るまいかと迷ってしまうほどの、11月も終盤の頃のお話。
こちらの師匠、クラウンテンホーの地獄の特訓で、クラウン街道ばく進中のブッチョである。
初めてホスピタルクラウンの存在を知ったあの日から数日後。テンホー氏に、ホスピタルクラウンになりたいと連絡したその日の夕方に、テンホー氏は満面の笑みを浮かべながらブッチョの前に現れる。
「あっはっはっ! さすがブッチョくん! 連絡くれると信じていたよ!」
「さっそくだけど、ブッチョくん、ジョスコでのステージの時”ピエロかよ!”って叫んだろ?」地獄耳である。
「厳密に言うと”ピエロ”っていうのは昔の演劇の役柄の一つでしかないんだ。日本では白塗りの道化師っていうとピエロが有名だから、クラウン=ピエロって誤解されてるんだよ。まぁ、そんなことは些細なことだけどね」
と、興奮したテンホー氏がまくし立てるように言ったところで、ブッチョが口を開く。
「すいませんテンホーさん、後ろでお客様がお待ちです」
テンホー氏の後ろには、三人ほどのレジ待ちの客が待っていた。ブッチョはバイト中であった。
「いやいや、みなさんすいません。ごめんなさい」と言いながら、こそこそと店の隅に逃げる。
後で聞いたことなのだが、ピエロというのは、目の下に涙が書いてあるキャラクターで、悲しみを抱えながら人を笑わせる役柄なのだそうだ。
で、改めて初めてメイクした時に、ブッチョはなんとなくピエロメイクにすると。
「ふーん。そうだな、ブッチョくんらしいよ」と言われてしまった。
そんな感じでテンホー氏は、ブッチョにジャグリングやバルーンアートを教えたり、ブッチョのバイトの合間に無理矢理ステージに上がらせたりと、ホスピタルクラウンになるための基礎をたたき込んでいった。
そのかいもあって、ブッチョは病院での活動もするようになってきたのであった。
02
そんなある日曜日の朝のカッ子邸。
ホスピタルクラウンの活動は平日が基本で、クラウンのステージの仕事は、ブッチョはストリートパフォーマンスなどしかやらされないので、土日の日中は暇なのである。
朝食を済ました四人は、揃って子供向け番組を視聴中である。
「・・・・・・(笑)」
「ウドレンジャーも、さすがにあと三ヶ月で終わりだから、展開がやばいね!・・・と言ってる」
「「まさかメンバーが一人ずつ超エネルギーに取り込まれるとは、肉体をなくしたウドレンジャー達はどうなっちゃうんでしょう」」と、相変わらず憂鬱な話が繰り広げられているようだ。
ちょうど番組が終わったところで、ブッチョは丸美を呼ぶ。
「・・・・・・(?)」
「なんか用?・・・と言ってる」
するとブッチョは、丸美に向かって野球のブロックサインの様な妙な動きをした。
丸美は、訳がわからず首をかしげる。ライ子は気のせいかビクッ!としたようだ。
「あれ? 丸美わかんねえの? おっかしいな? このあいだ病院の子供が、耳聞こえない子はわかるって言って教えてくれたのに」
「・・・・・・(怒)」と丸美が何か言ったのだが、ライ子は訳すかわりに「……っ!! ブッチョこっちきて!!」と言って、奥の部屋へブッチョを引っ張っていく。カッ子と丸美には「二人はここで待ってて!!」と言い残していく。
ライ子はブッチョを寝室まで連れていき、バタン!とドアを閉める。あの一件以来寝室はきれいにしているらしい。
訳がわからないブッチョは「おい! いきなりなんだってんだよ!」と言うと。
「ダメ!! 絶対ダメなのブッチョ!! それだけはやめて!! お願い!!」とすごい剣幕で止められる。
「は? どういうことだよ! 説明しろ!」
「ダメなの! なにも聞かずにやめて!」と食い下がる。
ブッチョはしばらく震えるライ子を見てから口を開く。
「あのなぁ、お前が何で丸美の通訳のまねごとなんかやってるかは知らねえけどよ」
ライ子はうつむいて動かない。
「俺はお前らと出会ってからの半年とちょっと、丸美の通訳じゃないお前とほとんど喋ってねえ!」
「”これ”はお前と会話するための足がかりなんだよ。ちゃんと”お前の声”を聞かせてくれよ!」とライ子の肩をつかんで言う。
「……」ライ子はブッチョを見つめる。
しばらくの沈黙の後ライ子は口を開く。
「……わかった……でも、”これ”は私が教える」
と言ったライ子は、寝室のドアを開けて出ていき、ブッチョもそれに続く。
リビングに戻ったライ子とブッチョを、丸美とカッ子は心配そうに迎える。
「あははは、ごめん、なんでもない。ちょっと休憩したら、さっきブッチョがやったのの説明するね」とライ子は手を顔の前でパタパタさせながら、冷蔵庫に飲み物を探しに行く。
03
全員が飲み物を手にし、テレビから流れる女の子向けアニメが終了したところで、ライ子が説明しだす。
「えー、さっきブッチョがやった変な行動は、別に気が狂った訳ではなく」と言ったところで「気が狂った言うな!」というブッチョのヤジが入る。
「ぐおっ!」ライ子はブッチョに蹴りを入れながら「気が狂った人はほっといて。あれは”手話”といって、耳の聞こえない人の為の会話手段です」と言う。
「「あっ、テレビでもやってる人見ますね」」某国営放送でしか見たことはないが。
ライ子はどうやら手話をある程度勉強していたらしく、基本だけはマスターしているようだ。
ライ子の説明では、手話には、大きく分けて片手だけで表現する平仮名、数字、アルファベットと、両手や体の部分を使い単語を表現する二つの表現方法があるとのこと。
とりあえず、50音さえ覚えればなんとかなるだろうということで、それを覚える事になった。
着ぐるみの手袋で手話なんかできるのか?と思っていると、ライ子は着ぐるみ用の大きな手袋から普通の手袋にはめ替えていた。用意周到である。
こうして手話のレッスンが開始される。
「あ、い、う、え、お」と言いながらライ子と同じように手指の形を変える一同。着ぐるみの先生に教わっている様は一種異様な光景である。
通常の50音以外の濁音などは、その文字の形のまま横に動かすなどして表すらしい。
「ぶ、っ、ち、ょ、は、あ、ほ、だ」しばらくして応用編に入ったらしく、一同声を出しながらライ子に続く。
「ぶ、っ、ち、ょ、は、す、け、べ」と一同は真剣に続けている。
後日なぜか一同は”ぶっちょ”という指文字だけは、すんなり出せるようになっていたという。
そんな具合に、カッ子の腹の虫が鳴り始める頃には、全員がなんとなく50音分をできるようになったのであった。
「「(おなかがすきましたねぇ、なにたべましょうか?)」」とカッ子が手を動かすと。
「(つくるのめんどくせぇから、まぐどでいいんじゃね?)」とブッチョが答える。
「(ん? わたしはなんでもいいよ)」とライ子が言うと。
「(じゃあきょうは、まぐどでたべよっか)」と丸美が締める。
そんな一同を眺め、ブッチョは宣言する。
「(ふっふっふっ、これでわれわれはさいこうのつうしんしゅだんをてにいれた! これをたたかいにりようするのだ!)」分かりづらいことこのうえない。
首をかしげる一同だが、とりあえず腹が減ったので、ブッチョをスルーしてマグドへ向かうのだった。