030405で了
03
そしてジャグリングショー当日の土曜日である。
早朝カッ子の家に集まった一行は、軽く朝食をすまし、ジョスコへ出発する事になった。
ショーは午前11時30分からなのだが、前回のウドレンジャーの件もあり、早めに出発することにする。
しかし、なぜかジョスコに到着したのが11時45分になってしまった。
その内訳は、
カッ子が迷子になること3回。
ライ子が子供に捕まること2回。
カッ子が忘れ物を取りに戻ること2回。
なんと前回よりもひどくなっているという始末。どうやらカッ子は外に出ることに慣れてきたのと、ブッチョと携帯電話で連絡が取れる安心感で、迷子の質が向上しているという迷惑さ。最近良くなっていたので、手を繋ぐのを忘れていたのがいけなかった。
中に入ってみると案の定会場は超満員で、すでに一人目が終了したところらしい。このショーは四人出るらしいのだが、名前まではビラにのっていない。テンホー氏はもう終わってしまったかな?と思っていると『はい、一人目のショウさんでした。拍手ーっ!』と進行役のお姉さんがアナウンスすると、会場から拍手がわき起こる。
「どうやら間にあったみたいだな」とライ丸姉妹でも見られる場所を確保しながら言う。
「・・・・・・(怒)」
「もう、カッ子姉ちゃん迷子になりすぎ! てか手ぇ繋いでないと迷子になるって風船か?・・・と言ってる」
「「面目ない」」
『ではつぎはケン横井さんの登場です!』
と言うアナウンスと同時に拍手がわき起こり、BGMのユーロビートと共に、おしゃれなイケメンがスーツケースを持って登場する。
まず、スーツケースを開けて、赤いお手玉を山のように取り出す。そのお手玉を、立てたスーツケースの上へ並べたかと思うと、ひとつずつ上に投げだす。すると、あれよというまに10個もあろうかというお手玉が宙を舞続ける。実際はお手玉を受けては宙に上げているのだが、玉が浮かんでいるような錯覚に陥ってしまう。
そこで会場から拍手が出だすが、足まで使い始めたので「おおーっ!」と感嘆の声があがる。
「・・・・・・(驚)」
「わぁぁ、すごい!・・・と言ってる」ライ丸姉妹も釘付けである。
一通りお手玉の芸が終わると、次にスーツケースから四つの木の箱を取り出す。
四つの箱の両端を持って持ち上げると、一瞬で中に挟まれた箱と外側の箱を入れ替える。それはまるで箱がそこに浮かんでいるかの様に見える。その後も、箱から手を離して体を一回転してから箱をつかんだり、箱を縦に並べて芸をしたりと拍手と感嘆の声が鳴りやまなかった。
04
『はい、二人目のケン横井さんでした。拍手ーっ!』というお姉さんのアナウンスで二人目のショーが終了する。
「いやー、すごかったな、なんか無重力状態みたいに浮かんで見えたな!」
「・・・・・・(驚)」
「いやもうびっくりだよ! あんなに簡単にあんな事できちゃうなんてすごいね。・・・と言ってる」と興奮さめやらぬ様子。
「「そうですねぇ、あれだけ簡単にやってるの見てると、なんだかできそうな気がしてきますね」」と絶対にできそうにもない奴が言う。
ほかの観客も一様に同じ様な意見を漏らしている。
すると、進行役のお姉さんが出てきてこうアナウンスする。
『はい、次は少し趣向を凝らした方の登場です。”クラウン テンホー”!』
と、目当ての名前がアナウンスされる。
「ん? クラウン?」と、疑問に思っていると。
気の抜けたBGMに乗って登場したのは、ダブダブの黄色い服に大きな帽子、鼻に大きな赤い玉を付けた道化師だった。
「って、ピエロかい!」と思わずツッコむ。
ステージ横から登場したクラウンテンホーは、ステージ中央あたりまで行くと見えない壁にぶつかる。どうやらパントマイムが始まるようだ、と思いきや、突然壁を突き破り前に一回転してペタンと尻餅をつく。そこで会場からどっと笑いが起こる。
そんな失敗を無かった体で立ち上がると、ステージ横に引き返し、大きなつぎはぎだらけのバッグを抱えて戻ってくる。バッグの中から取りだしたのは、先ほどのジャグラーがやっていた赤いお手玉と同じもので、クラウンテンホーも器用に10個ものお手玉を宙に舞わせる。
それを見た観客の「おおーっ!」という感嘆の声もつかの間、舞っていたお手玉が一つずつ頭に当たって落ちていく。感嘆の声が「あー」という声に変わったところで、最後のお手玉が頭に当たると同時にズボンが下がり、白地に赤の水玉模様のデカパンが現れ、会場が爆笑の渦に巻き込まれる。
続いてクラウンテンホーは、バッグの中から長風船の束を取り出す。その中から一本を取り出し、息を吹き込み風船を膨らます。全部膨らんだ後も息を入れ続け、観客の中から「割れる割れる」「キャー」という声が出たかと思うと案の定風船はパン! という音を立てて割れてしまった。
割れてしまった風船をつまみながら首を傾げ、もう一本を膨らまし始める。するとまた空気を入れすぎてパンパンになった風船を見て「入れすぎ入れすぎ」「割れちゃうよー」など、先ほどよりも多くの悲鳴があがると、やはりパン! と割れてしまう。会場全体から「あーぁ」と声が漏れると、クラウンテンホーはポケットから小型の空気入れを取り出し、それで割らずに空気を入れることに成功、その風船をかかげ「どうだ!」とばかりに胸をはり、会場から笑いと拍手が起こる。
そこでブッチョは奇妙な感覚に陥る。
さきほどまでの会場の雰囲気とはあきらかに違っている事に気づく。先ほどのジャグリングのとき、会場はすごい芸を見た感動の空気に満たされていたが、今の会場は、なんと言ったらいいのか、角の取れたような丸い雰囲気に包まれていた。
その後、風船でプードルやキリン、花などを作っては会場の子供にプレゼントして「ありがとー」と言われたり言わせたりしていた。
そうすると、横から進行役のお姉さんが出てきて、クラウンテンホーに耳打ちすると、大げさに「もう時間なの?」というリアクションをする。すると会場から「えーっ」と言う声があがるが、残念がりながら退場しようとすると、入場時の様に見えない壁にぶつかる。いくら押してみても進めないが、何かに気づいたと思ったら、ドアがあったらしく取っ手を引いてドアを開き、今度は笑顔で手を振り退場する。こうしてクラウンテンホーのショーは、笑いと拍手によって幕を閉じたのだった。
「・・・・・・(笑)」
「あははは、すっごい面白かったね!・・・と言ってる」
「「そうですねぇ、すごく楽しいショーでしたね」」とこちらも満足げだ。
「そうだな、最初はどうかと思ったが、良かったな」
その後、トリをつとめたのは”ミスター大暮”というマジックとジャグリングを融合した、エンターテイメントと言うにふさわしいショーだった。クラウンテンホーが作った会場の空気をつなぎにして、最高に盛り上がったステージだったのだが、紹介できないのが非常に口惜しい。
05
ステージが終わった後、ちょうど片付けを終えたテンホー氏を発見する。向こうもこちらに気づき、スタッフにあいさつを済まし、こちらへ向かってくる。
「よお、見に来てくれたんだな。どうだった? って、あんた子供いたんか?!」と、いきなり質問をダブルでいただく。
「・・・・・・(怒)」
「ブッチョの子供違うわ! でも、あんたのピエロおもしろかったぞ!・・・と言ってる」
「「すいません、私たちブッチョさんの友達なんです。ショーとっても楽しかったです」」と、三人ともいつもの調子であいさつする。
「……」いきなり不思議人間が三人も増え、絶句するテンホー氏。
「いや、すいません。こいつらいつもこんな調子で」
「・・・・・・(怒)」
「こんな調子ってなんじゃコラ! お前もそんな調子じゃねえか!・・・と言ってる」
「「あわわ、そんなケンカしちゃだめですよぉ」」
と言った所で「ぷっ! あははははは! ブッチョくん、やっぱあんた面白いよ! いや、ほんとに面白い!」と、テンホー氏はいきなり笑い出す。
「いや、失敬。俺はクラウンをやってるテンホーって言います」と、うやうやしく頭を下げる。
「・・・・・・(笑)」
「こっちがライオンをやってるライ子姉ちゃんで、私がその妹をやってる丸美です。・・・と言ってる」
「「私は、引きこもり……は最近卒業気味なので、ゲーマーをやっているカッ子です」」
「で、あんたがコンビニバイトのブッチョくんだね。で、ブッチョくんはどうだった?俺のステージ見て」
「え? あ、はい、えっと」ブッチョはいきなり振られたので焦る。
「……俺頭悪いんで、どう言ったらいいか分かんないけど、なんかこう一瞬で会場の雰囲気が丸くっていうか、柔らかくなったんで、すごいなって」ほんとに何を言っているか分からない。
それを聞いてテンホー氏は「ふーん。やっぱブッチョくん面白いわ。今日のステージに興味を持ったんだったら……ってちょっと待ってて」と言ってバッグの中を探ってメモ用紙とペン、そして携帯電話を取り出し、携帯の画面を見ながらメモを取る。
「よし、今度このメモの所でやるから、興味があったら来てよ。ただし、悪いけどこれはブッチョくん一人で来てくれ」と言ってブッチョにメモを手渡す。そこには、ある施設の名前と住所、そしてテンホー氏の携帯電話の番号が書いてあった。
「え? ここって?」メモに記された施設の名前を見て、ブッチョは戸惑う。
「あはは、来てからのお楽しみってとこだな!まぁ来なくても問題ないから、気が向いたらきてくれ。じゃあブッチョくん、カッ子さん、ライ子ちゃん、丸美ちゃん、今日はありがとな!」と言って、テンホー氏は満面の笑顔で去っていった。
「・・・・・・(笑)」
「テンホー面白い奴だな。・・・と言ってる」
「「そうですねぇ、ショーの最中は喋らなかったですけど、喋っても同じ感じですね」」
「そうだな」
と、今までに会った事のない人種との交流に、戸惑い、メモをにぎりしめるブッチョであった。
第1話了