第9話 優しい光は幸せを願う
「オラオラ、どうした氷野郎ォがぁ! この程度でぶちぬけると思うなよカスが!!」
「なめてんじゃねぇぇっ!!」
荒々しい雄叫びと共に、鉄と氷がぶつかり合い、砕け散り、爆ぜて虚空に消えていく。
「あはははははははははは!!」
狂笑し、荒れ狂うように身をよじりながらカノンは魔法陣を展開させる。
両腕を広げ、心の底から楽しむように魔術を叩きつけ合う。
二人の戦いは見る者に嵐を連想させた。
けれど。
(有り得ないわ………あれだけ魔術を連発しときながら、一切流れ弾が来ないなんて……)
アリンは、30もの人形を繰り、ギルドの魔術師たちの手当てをしていた。
手当てをするからにはまず、患者を安全な場所に運んでから行うのが常識だ。
だが、鋭利な氷の欠片や鉄の破片が飛び散っている中ではそれも難しいだろう、とアリンは考えていた。
しかし、その予想に反して全く流れ弾が来ない。
銀と青色の嵐の中を見つめると、少しづつ青色の割合が増えているような気がする。
けれど、紅い瞳の少年の笑みは崩れない。むしろ、ますます冷酷に、凄惨に笑みを深めている。
「くはっあはははははははははははははははは!!! さあ、もっともっと潰し合おうぜぇ!」
あの少年が、ギルドに突入する前の気弱なカノンだとは到底思えない。
人格操作の魔術や精神を操る《操り人形》。そんな魔術を使っている可能性もあるが、彼女が知る魔術の中に、『瞳の色が変わる』といったものは無い。
それに、冷静に考え直してみると不自然なことが多すぎる。
ギルドへの襲撃や氷使いの少年もそう。まるで、まるでアリンが来る時期に合わせるように………。
(さ、さすがにそれは考えすぎよね………)
自分で考えてしまったことに少なからず引きながら、人形を操り続ける。
患部を診て、止血して、包帯を巻いて必要であれば回復魔法をかける。
シンプルである故に、繰り返すことが苦痛だった。
一斉に複数の魔術師を診ながら手当てをする。言うだけなら簡単だが、例えるなら攻撃魔法を使いながら剣を使って戦うようなものだ。
人形を使うのにも魔力を消費するのだから、慣れない回復魔法を使いながらやるのは思った以上に大変だった。
「ふう………」
乱れた呼吸を整え、額を流れる汗を拭う。
目の前に横たわる青年に回復魔法をかければ、全員の手当てを完遂したことになる。
瓦礫の下もくまなく探したし、これが最後の一人だった。
それなのに。
(それなのに回復魔法が使えるかどうかも分かんないくらいしか魔力が残ってないなんてっ………!!)
しかも、この魔術師はしつこく攻撃されたらしく、他の魔術師よりも容体が悪い。出血もひどく、呼吸が段々小さくなってきている。
カノンが『リュート』と呼んでいた青年。
(どっかで聞いたことある気がするけど……)
今はそれよりどうするかを考えなくてはならない。
選択肢は二つ。
回復魔術を使い、この人を助けるか。
回復魔術を使わずに、魔力を温存してカノンを援護するか。
「ッ………どうすりゃいいのかしらねえ」
汗が頬を伝い流れ落ちる。不快な滴を拭わずに考える。
否、考える必要なんてない。
『頼む』
その少年の言葉は本心だったと、なぜか確信を持って言えることに驚きながら。
「はあ、本ッ当に………本ッ当に、災難だわ」
30もの人形の魔力供給を断つ。人形と自分をつなぐ糸を使って人形を手繰り寄せながら、回復魔法の準備に入る。
正直、魔力をかなり消費しているため完全回復とはならないかもしれない。
だが。
「それが何だってのよ。無理だろうと何だろうと根性でやればなんとかなるわよ」
幼いころ耳にたこができるほど繰り返し聞かされた言葉を呟いて、少女は魔力を集中させる。
「《此処に求めるは優しい光》」
掌に集まった光を、傷ついた魔術師へ向ける。
「《救われぬ者をも救い出す暖かい光》」
回復魔法が少しづつ、けれど確実に魔術師の傷を癒していく。
「《光を求めて我は進む》」
誰にでも出来るような簡単な魔術。それさえも出来るかわからないほど頼りない自分の実力を嘲りつつ、少女はただ力を注ぐ。
「《その先に何があるのかを知るため》」
残った僅かな魔力を振り絞り、魔力を注ぎ、呪を紡いで。
「《名も知れぬ幸福を救いたいがために》」
最後の呪を紡ぎ終えた。少女の体から力が抜け、何とも言えない安堵が体を包み込んだ。
これでもう大丈夫。全快とまではいかなくとも、命の危機は回避できた。
掌の光が小さくなり、完全に消えた。
安堵の息を吐いて、額の汗を拭う。
「これで一安心ね………」
「上出来だな。やればできるじゃねえか」
安堵と共に漏れた独り言に返事があると思わなかった少女は、一瞬数十センチも飛び上がった。
「なんだ、そんなに驚いた顔すんなよ。………まあ、よく出来てるじゃねえか。あれだけやらかした後な割には上出来だ。本当にな」
あれだけやらかした割には、という部分を少し強調していたところがなんとも嫌味な奴だが、少女にはそんなこと気にしていない。
「あ、あんたどうやって………あの中から出てきたわけ?」
「まあやりようはいろいろあるんだがな。よく耐えてくれたぜ。ホントに助かった」
あんな魔力の嵐の中から一瞬で出てくるのは至難の業だ。
まともに答えようとしないカノンは本当に嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「ご褒美だ。俺のとっておきを見せてやる」
少年は残酷で残虐な笑みを浮かべ、憐れむような視線を氷の魔術師に向ける。
魔力が切れ、立ち上がることすらままならない少女を庇うように立つ。
少女から見えた少年の後ろ姿は。
自分より背が低いはずなのに、誰よりも大きく見えて。
同時に、何か大きなものを抱えているような重みを感じさせた。