第5話 トラブルは空気読んで遅れたりすることは無い
「カノンっていうのねあんた。私はアリンって名前だから今すぐそのギルドに案内して」
アリンは内心、激怒していた。
あるギルドに入りたいと思って、延々とした道のりを歩いてきた。
あと少しで着くというところでこんなトラブルが起きて、ギルドに入れないなんてことがあったらと思うと、腸が煮えくりかえるような気分になる。
さっさと案内しろと言外に告げるように少年の首根っこをぐいぐいと引くと、苦しそうな呻き声の後に方向を示す声が聞こえてくる。
自分でも多少強引だとは思うが、構っていられない。
それに、この少年はおそらくギルドの関係者だろう。
ここで上手くこいつを使えればすんなりギルドに入れるかも、という下心もあった。
ともかく急がねば、とずるずるぐいぐい少年を引きずりながら、少女は足を速めた。
そこで、少年からこんな質問が投げかけられた。
「ぐ、うぇッ……あ、あの、こんな状態で聞くのもなんですけど、うぐっ!?」
「なによ」
喋るたびに布地が喉に食い込むうえ、地面の段差で体が上下し本気で呼吸困難になる少年だが、これだけは聞くというような視線は少女の背中をしっかりと見据えていた。
「うげっ……しょ、勝算というか、作戦はあるんですか? ぎゅむっ、そもそもアリンさんはどんな魔法を使うんですか………?」
「………………人形術師よ」
少女はそれしか言わなかった。少年も何も聞かなかった。(少年に関しては聞けなかったというのが正しいのだが)
「あっ、そ、そこでぐぇっ!? ………そこなんです」
少年が指さした先には、大きな建造物があった。
「おかしいわね………」
「………………………」
建造物からは、何の音もしていなかった。
何かが壊れる音も、人の声も、一切聞こえない。
建物を囲う野次馬も、何も言わなかった。
嫌な沈黙。嵐の過ぎ去った後のような、災害で被害を受けた後のような。
少女は無言で少年のマントを手放した。
少女の青い瞳にも、少年の茶色い瞳にも、警戒の色があった。
少女は無言で野次馬を押しのけ、ギルドの扉へ正面から入っていく。
少年は一瞬だけ考えるように立ち止って、少女に続くようにギルドに足を踏み入れた。
沈黙が破られるのに、そう時間はかからない。