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第11話 決着と、厄介事と、ほんの少しの事情


「か、のん………? あんた、それは……」


「言っただろ、とっておきだよ。一回も使ったことねーけどな」


竜の頭を切り落として腕に括りつけたような魔術。一枚一枚が鋭い刃のような鱗も、小さな小屋なら噛み砕いてしまいそうな太く大きい牙も、人の顔ほどありそうな双眸も、全て銀色で統一された竜。


その銀竜の頭よりも小さいはずのカノンは、腕一本で軽々とそれを支えている。


そんな光景を見せつけられたアリンは、混乱しながらもその魔術を解析しようとする。


まず、生物を召喚する術ではない。魔物や精霊を呼びだす術を少女は知っていたが、竜を部分的に召喚する魔術など少女の知っている魔術の中には無い。


そもそも、竜を召喚する魔術さえほとんど存在しない。あるとしても、王国の図書館の地下に封印された魔術書に記されているかいないか、といった具合だ。とても一般の魔術師が使えるものではない。


そして、人形術ではない。人形はそのまま携帯するか、異空間にストックするかだ。


液体からできる人形などない。


(じゃあ、一体………?)


少女はその魔術が何なのかは見当もつかなかったが、氷使いの少年は見覚えがあるようだった。


その瞳に敵意の炎を燃やし、ぎりぎりと歯を食いしばって銀竜を携えるカノンを睨んでいる。


「てめえ………っ!! 何でてめえがその魔術を使える!?」


「………? さあ、なんでだろうな。ただ、俺の中にある知識から探しただけだ」


「ふざけやがって………!!」


激情のなかの、ほんの少しの動揺が、氷使いの瞳に揺れる。


「ま、いいよ」


緩やかに告げられた嘲笑混じりの声は。


お前がこれ(・・・・・)を見てどう(・・・・・)思ったかなんて(・・・・・・・・)関係ねえ(・・・・)


直後、冷たく鋭い氷のような声に変わった。


「別にお前()が何が目的で何のためにどうしてここに来たのかなんて一切合財全て全部俺には関係ねえって言い切れるよ」


静かに地を流れるマグマのような激情を含んだ声。熱く凍えるその声は途切れることなく流れていく。


「それにお前が王国の騎士だろうが流れの魔術師狩りだろうがどうでもいいし興味もねえよ」


抑揚も高低も起伏もない声に、アリンと氷使いの背筋が凍る。


少女は思い出していた。


「けどな」


この国(グローリア王国)の中に数多く存在する魔術師のギルドの中で、他国にまでその名を轟かせるこのギルドの名を。


「てめえが何をしたか考えてみろよ」


エリアス大陸の魔術帝国と呼ばれるグローリア王国。そのグローリア王国に所属する魔術師ギルド。


「てめえがやったことはな」


少年の腕に宿る銀色の竜が、静かにその口を開いた。


爆発する直前の爆弾のように、大気が歪む。


「俺()を完全完璧に敵に回すっつう事だぁ!!」


咆哮のような怒声と共に、少年は地面を抉って走り出す。





ギルドランクの中で最大のSSS(トリプルエス)認定。






数々の伝説を生みだした最強のギルド、竜の道(ドラゴンロード)






「てめえのお仲間に言っておけよ?」


大きく開かれた竜の顎が、氷使いへ突き進む。


愕然とする少年はそれを阻もうと巨大な氷柱の塔を出現させた。


しかし銀竜の大顎は、そんな抵抗を文字通り粉々に打ち砕く。


「“そんなに潰されたいんなら今すぐにでもぶっ潰しに行ってやる”ってなぁ!!」


歪な衝突音。


その直後、吹き飛ばされた氷使いの少年は荒れたギルドの壁を突き破り姿を消した。








「ふん、大したことね―な。本当に」


竜の顎で襲撃者を思いっきり殴り飛ばすといういろいろとクレイジーな事をしでかした張本人は、のんびりと言い放ってから視線を辺りに巡らせる。


途中で何か叫んでいるアリンが彼の視界に入ったが無視した。


「っつか思い切りナチュラルに無視してんじゃないわよこのバカ! このバカ!」


うぎゃーっ!! なんて効果音が尽きそうな具合に叫んで机の残骸をぶん投げてきた。


「ってアブねえなこの怪力ゴリラ女ああ!! あれ当たったら痛いなんてレベルじゃない速度で突っ込んできたぞオイイ! 殺す気かーっ!」


ぎゃあああ! と叫び返すカノン。相変わらずその口調は荒いし、瞳も紅いままだ。


だが、アリンはそんなことは気にしない。


「うっさいバカ黙れバカばーかばーか!!」


「っ、てめぇちょっとくらいは恩人に対する態度を弁えろよオイ! 何故にバカ呼ばわりだし俺ぇえ!!」


お互いに好き勝手叫んで疲れたのか、ぜーはーぜーはーと肩で息をする二人。


言外に休戦協定を結んだようで、二人は溜め息を吐いた。


「おいアリン」


「………何よ」


「俺はあの氷野郎を見つけていろいろ聞きだしてくるから、ギルドの奴らと外の野次馬を何とかしてくれ」


「は? いやちょっと待ちなさ………行っちゃったし」


ふらふらと立ちあがり、一度だけギルド内を見回した。誰も目を覚ましそうにない。


「この状況をどう説明しろって言うのよ………」


覚束ない足取りで出入り口へ向かう。


彼女は本人が思っているよりお人好しだ。嘘はもちろん、アドリブはとても苦手なことだった。







「ちっ、派手に飛ばし過ぎたわな。ちょっとこれはやり過ぎか?」


突き破られた壁のすぐそばに、その氷使いは倒れていた。頭を壁に打ち付けたらしく、ぐったりとしたまま動かない。


「しゃーねえ、叩き起こすか。……まず聞くべきは襲撃の目的、所属集団にその集団の規模ってとこか?」


ぼそぼそと呟きながら、穴をくぐって地に足をつける。ギルドの入口の方がやかましかったが、知り合ったばかりの人形術師が何とかするだろう、と丸投げする。


(後はどんな命令で来たのかっていうのも知っておきたいよね。もしも彼が下っ端で何も聞かされてないって感じだったらお手上げだけど)


唐突に頭に響いた声に、一瞬だけ動きを止めるカノン。否、カノンの体を使う、紅い瞳の少年。


「(ったく、魔力が無くなったくらいで泣きついてくるんじゃねえよ。あのくらいなら何とかなったろ?)」


(いやあ、ちょっと疲れ気味でさ。しんどいと思ったんだよ。それにあのタイミングで出てきてもらわないと間に合いそうになかったからね)


「(あっそ。じゃあもう戻れ。こっちもちょっと魔力使いすぎたし)」


(勝手だなあ)


「(お前が言うな)」


立ち止り、一人の体の中で二人が会話する。しかし、そのやり取りはあまりにも自然で、あまりにも普通すぎた。


「(だがまあ、こいつから聞きだす役目は俺だな。お前のやり方はかなり甘いからな)」


(そういう君のやり方だって、プロからすれば甘いものなんじゃないの?)


「………ふん」


頭に響く茶化すような声には答えずに、気絶している魔術師へ手を伸ばす。


だが、その手が魔術師に届くことは無かった。


何故なら、そこに魔法が入り込んだから。


詳しく言えば、そこに一瞬で大振りのナイフが突き刺さったからだ。


「っ!!?」


突然現れた凶器を間一髪でかわす。しかし、そうすると襲撃者の方にナイフは突き刺さることになる。


だが、ナイフは壁に突き当たり情けない音とともに落ちた。


空間渡り(スペース)の応用……か? しかし、下っ端っつう訳でもなかったんだな、そいつ」


にへら、と笑みの形に表情を歪めたカノンはどこか楽しげにそう問いかけた。


視線の先には、氷使いの少年を担ぐ長身の人影があった。


肩の辺りまで適当に伸ばされた深緑の髪。切れ長の目に通った鼻筋の美青年だった。


「当然だ。この程度でこいつを失っては我々も困る」


「我々、ね。結局組織的なもんだったか、厄介だ」


冷たく響く声に心底めんどくさそうに返しながら、カノンは頭をがりがりと掻いた。


「で、どうするんだ? 俺は魔力は使っちまったばかりだし」


自分の窮状をあっさりと暴露するカノン。その割には余裕そうな表情を浮かべている。


「今日ここに来たのは争うためではない。ただ、『招待状』を渡しに来ただけだ」


「『招待状』?」


男は、一枚の紙のようなものを投げてきた。見た目よりもずっと速く飛んでくる紙を一瞥せずに受け止めたカノンは、訝しげな視線を紙に落とす。


「………トランプ、か?」


「『招待状』だ。確かに渡したぞ」


それだけ言い残して、男の姿が消えた。残されたカノンは、もう一度視線をそのトランプに向けた。


「招待状、ね」


(これが………招待状?)


「そうらしいな」


トランプを裏返すと、マークではなく方位磁石の針のようなものが描かれていた。


「はあ、めんどくさい事になりそうだ」


『招待状』を懐に仕舞うと、カノンは軽く目を閉じた。


「「本当に、大変なことになりそうだなあ」」


二人の少年の声が一度だけ重なる。次に目を開いた少年の瞳は、一点の曇りもない黒い瞳だった。

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