硝子の薔薇~出逢い~
「ねぇ あなた?
わたくしの侍女にならない?」
突然 そう言われた時、わたしは意味がわからなかった。
だって 貴女のお部屋に呼ばれる前 わたしは、死刑宣告を受けていたのだから。
「何をおっしゃられているのです?!
この娘は、どのような経緯で王宮に連れてこられたのか 貴女様も、ご存知でしょう?」
顔色の変えたのは、おそらくこの美しい女性付きの侍女達だと思う。
みんな とっても綺麗な羽織物を身に纏っているから………。
だけど 自分は、どうしてこの部屋に招かれたのかもわからずにいる。
目の前で微笑を浮かべている艶のあるウェーブの掛かった黒髪のこの女性は、何者なのだろうか?
「あら、シャーリー?
わたくしだって わかっているつもりよ?」
「でしたら………………」
「だからこそ 彼女をわたくしの侍女にしたいのよ。
そうでもしなければ この子は、処刑されてしまうのでしょう?
いくら 神官の申し出でも 決め付けるのは、よくないのよ」
勇気を振り絞って進言したシャーリーさんには、ちょっと同情しちゃう。
綺麗な腰の辺りで1本に纏められているアッシュブロンドの髪が、緩やかに垂れ下がっている。
「ですが 陛下は、国の為を思い その話し入れを受け入れることになさったのですよ?
この娘を処刑するよう命じたのも 国を危険に晒さない為なのですから」
今度は、多分 一番上級な侍女が真剣な顔になった。
白髪なのかプラチナブロンドなのかわからない前髪から見える赤みの掛かった瞳の色は、何だか怖い。
「あら わたくしは、陛下の思いを無碍にするつもりもないのよ?
陛下は、とてもお優しい方だわ?
年端もいかない少女が、無残にも処刑されるのを見ていられないから わたくしにこの子の処刑が決定されたことをお話になって下さったのよ。
わたくしが、どんな事をしてでも この子を救うと信じてッ!」
力説なさっている彼女に わたしは、目を瞬くだけ。
だって その会話の内容そのものが、理解できていないのだから。
けれど 考え込んでいると いつの間にか、彼女の顔がすぐ近くに迫っていた。
思わず悲鳴を上げそうになったけれど 何とか踏み止まったことを、後ろで息をついている方々に褒めてもらいたい。
「それで さっきのお話に戻るけれど………あなた、わたくしの侍女にならない?」
話が戻ってきたことで わたしは、固まるしかない。
だって この場で 絶対に発言すること自体、許されているとは思えないのだから。
先ほど この方と会話していた侍女らしき人達が、すっごく怖い目で睨んできているし………。
だけど 一番年配の女性が、息をつく姿が見えた。
「お 答 え な さ い」
唇だけが、そう動く。
少女は、震えていることを隠すように 背筋を伸ばした。
「無理です」
初めて発した声に 誰もが息を呑んだのは、気のせいだろうか?
目の前にいる女性も、驚いたように 目をパチクリさせている。
だが その顔は、満面の笑みに変わった。
「貴女の声………まるで天使のように美しいわ?!
なぜ そんなに綺麗な声を持っているというのに 黙ったままだったのかしら?」
まるで子供のように目を輝かせている女性に 少女は、戸惑いを隠せない。
「あなたの声 亡くなられたお母様の歌声に似ているわ?
それに 瞳の色は、片方だけだけど お兄様にソックリだわ?
ルチア………貴女も、そう思わない?」
そう話しかけられたのは、先ほどの年長者の侍女。
「ええ ですから、少々驚きました」
素気なく答える彼女に 女性は、苦笑気味。
「あら ルチアは、怒っているのではなかったの?
ずっと、仏頂面なんですもの」
「生まれてからこの顔です」
ルチアさんは、そう言い終えると また わたしに視線を向けた。
「あなたは、王妃ミリアム様にお仕えする覚悟はありですか?」
突然の質問に わたしは、 ”え?”と、思わず声を上げてしまう。
「ここにおられる ミリアム様は、お世辞にも 普通の王妃ではありません」
わたしは、目の前にいる女性を思わず凝視してしまった。
まさか この方が、この国の王妃様などと 思いもしなかったのだから。
「ご自分の興味にそそられる事がありましたら 自ら足を運び、吟味するのです。
数日前にも 下町の住人達の中で流行っているというお菓子が食べたくて お1人で城を抜け出すという酔狂を見せ付けてくださいました。
結局は、薬剤を仕入れに来ていた殿下の目に留まり 城へ連行されましたが………「ルチア 印象が悪くなるわ?」
「普通の王妃様は、死刑宣告を受けたばかりの娘をご自分の部屋に無理やり引き込んで 侍女にならないか誘いません。
宰相閣下や他の皆様方が、度肝を抜かされて口を開かれていた様子に お気づきでしたか?
ただ侯爵様は、何か含み笑いをしておられましたけど。
陛下も何も見なかったフリをなさって お部屋に篭られておりますし」
口を挟んできた王妃様に対して ルチアさんは、厳しい。
けれど このまま話が進んでしまっていいのだろうか?
わたしは、意を決したように ”あの”と、声を発した。
その声に 部屋にいた皆の視線が、一気に集中する。
何だか すっごく居心地が悪い。
「どうして わたしをそんな風に侍女になさいたいのですか?
わたしは、先ほど 確かに陛下から死刑宣告を下されました。
全くの身に覚えの無いことですが 確かに自分でも怪しいと自覚があります。
周りの方々のお話によれば わたしは、突然どこからともなく現れ 数日もの間、意識がなかったのですよね?
そして 意識を失う前に 不可思議な言葉を発していたと窺いました。
目を覚まさない間には、お医者様に診察していただき 胸の部分におかしな痣があることも聞いております。
こんなにも怪しい点が揃っているというのに なぜ、侍女にとおっしゃられるのですか?」
「フフフ………話に聞いたけど、とても美しい薔薇を象った痣らしいわね?」
その言葉に わたしは、思わず服の上から胸の心臓部を手で押さえる。
「あなたは、謙遜しているわ?
ルチアも言っていたでしょう?
わたくしは、普通の王妃と違っているの。
それに 陛下は、確かにあなたにとても残酷な言葉を下した。
けれど そのお心の奥では、あなたを救いたいと考えられていたのよ?
だから わたくしにあなたの話をしたの。
この王宮内であなたを救えるのは、おそらく わたくしだけだから」
自信満々な微笑を浮かべている王妃様に わたしは、理由はわからないけれど 頬に暖かい何かが伝っていることに気が付いた。
他の皆さんも、その様子に気が付いて 顔を見合わせてしまっている。
「申し訳ございません。
無様な姿を晒して………「そんな事ないわ?」
懸命に目を擦ろうとしていると 身体を柔らかく暖かな何かに包み込まれた。
少し思考が停止して やっと 自分が、王妃様に抱きしめられている事に気が付く。
「本当は、あなたが一番不安なんですもの。
目を覚ましたら 自分が、誰なのかもわからず 怖い方々に囲まれて 突然、口々に怪しいと言われ続けたのよね?
何者かと問いただされて 一番………あなたが、それを知りたいはず」
顔を上げると 王妃様の綺麗な緑色の瞳と目が合う。
「その涙は、あなたの心の訴えなのよ。
わたくしの貧相な胸で悪いけれど 思い切り泣きなさい?」
その言葉を聞いて わたしは、心の奥から何かが込み上げてくるのを感じて 声に出して泣き出してしまった。
王妃様は、その間 ずっと、自分を優しく抱きしめてくれていたらしい。
※~※~※~※~
「申し訳ございませんでした」
わたしは、ガラガラになってしまった声で水を差し出してくれた王妃様やルチアさんにシャーリーさん達侍女の方々に頭を下げた。
その様子に みんな、顔を見合わせてしまっているらしい。
「フフフ………思い切り泣いて 少しは、落ち着いたんじゃなくて?
泣くって事は、心の奥に詰め込んでいた想いという箱を開け放つということですもの」
王妃様は、ニッコリと微笑んで わたしがしがみついて、グシャグシャになってしまったドレスを伸ばしている。
「申し訳ございません。
思い切り抱きついてしまって………何だか、王妃様に抱きしめていただいていたら 懐かしいような気がして」
わたしの呟きに 王妃様は、嬉しそうに微笑んだ。
「あらッ!
だったら 何度でも抱きしめてあげるわ?
それに 先ほどの侍女にならないかという申し出なのだけど」
その言葉に わたしは、ハッとしたように 背筋を伸ばす。
「あなたが、記憶を取り戻すまで わたくしの侍女にならない?
身分については、心配要らないわ?
実家のお父様に あなたを養女にしたいと数日前に招く前に鳩を飛ばしたの。
それで 既にその準備が進められているのよ?」
どうやら 自分の意思を聞かれる以前に 最初から、侍女になるしかなかったらしい。
侍女の皆様方は、その話が初耳だったらしく 挙動不審になってしまっている。
どう答えたら良いのかわからず 王妃様の背後に立っているルチアさんに視線を向けると 頷かれてしまった。
これは、一体どういう意味なのだろうか?
訳がわからずに 頭を抱えていると 再び、王妃様の顔が目の前に………。
多分………答えは、1つしかない。
「王妃様………出来る限りの時を、貴女様にお仕えすることを誓います」
わたしは、膝を折って 頭を下げた。
その言葉に満足して下さったのか ミリアム様は、”赦すわ”と、高らかに答える。
こうして わたしは、王妃ミリアム様付きの侍女となった。