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第12章「一歩前へ」


 優のまぶたが、かすかに震えた。重たい眠気に引き留められ、視界はまだぼやけている。


 くぐもった音が、遠くの反響のように意識の奥へ染み込んでくる。やがてそれは輪郭を持ち、はっきりとした声へと変わった。


 「おい坊主! 朝だぞ! 起きろ起きろ!」


 焔羅が腕をぐいぐいと引っ張り、無理やり眠りの底から引きずり上げようとしている。


 言葉の意味が、ゆっくりと頭の中で形になっていく。


 「ん……朝……? もう……?」


 ぼんやりとつぶやきながら、重たそうに瞬きを繰り返す。まだ意識は半分夢の中だ。


 「そうだ! さっさと起きろ! 今日はやることが山ほどあるんだ! ハハハ!」


 豪快に笑いながら、さらに力を込めて腕を引く。


 バランスを崩し、そのまま床へ転げ落ちた。


 「うわあっ! ちょ、ちょっと! 何なんですか急に!?」


 「ほら行くぞ! こんな最高の日を無駄にするわけにはいかねぇ!」


 満面の笑みのまま引っ張られ、観念して立ち上がる。二人は開いたままの床扉から上へと登っていった。


 家の中は、朝の光に満ちていた。


 柔らかな陽光が部屋の隅々まで広がり、隙間から入り込む風が布やカーテンをゆっくりと揺らしている。


 二人はそのまま外へ出た。


 思わず目を閉じた。


 強い日差しが、容赦なく顔に降り注いだからだ。


 「うわっ……まぶし……!」


 目をこすりながら、突然の明るさに慣れようとする。


 「坊主、少し遠回りするぞ」


 焔羅は肩に手を置き、真剣な表情で言った。


 「昨日も言ったがな。お前が村で目立つのは良くねぇ」


 ゆっくりとうなずく。


 「はい……わかってます」


 二人は丘の外れへ向かい、さらに森の方へと足を進めていった。


 森に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。


 木々は風に合わせて静かに揺れ、幹は高く伸び、ねじれるように天へ向かっている。無数の葉が太陽の光を細かな金の筋に変え、地面へと降り注いでいた。


 光と影がゆらゆらと揺れ、幻想的な景色を形作っている。


 鳥のさえずりが森のあちこちから聞こえてくる。高く澄んだ声、遠く低く響く声。そこへ梢の擦れ合う絶え間ない音が重なり、どこか心地よい旋律のように耳を満たしていた。


 時折、小動物が茂みや根の間を走り抜け、ぱきりと枝を踏む音が森の気配に溶け込んでいく。


 地面は湿り気を帯び、分厚く積もった落ち葉と柔らかな苔が、足取りをわずかに鈍らせる。


 露出した太い根が血管のように這い、油断すれば足を取られそうだった。


 道の端には奇妙な形のキノコが群生している。淡い色のものもあれば、鮮やかな赤や紫、青をしたものもあった。


 深く息を吸い込む。


 澄んだ空気が肺を満たした。


 かすかな清涼感を含んだ香り。


 湿った土と古い木の匂いに、草花の奥に隠れた野の花の甘さが混じっている。


 遠くから水の流れる音が聞こえた。


 規則的で穏やかな水音は、不思議と安心感を与え、思わず目を閉じる。


 やがて、沈黙を破った。


 「こんな森が……村のすぐ近くにあるなんて、思いませんでした……」


 「森はな、この村の連中にとって特別な場所なんだ」


 少し足を止め、前方を見つめる。その目にはどこか誇らしげな色が宿っていた。


 「年寄りたちはよく言ってた。森は俺たちの盾で、森の精霊が家を守ってくれてるってな」


 再び歩き出す。


 「道を知らずに歩くのは危険だぞ。広すぎるし、野生の獣も多い」


 「へぇ……でも、本当にそう思ってるんですか?」


 興味深そうに問いかける。


 「正直なところ……わからん」


 木々の頂を見上げる。


 「森はただの場所かもしれねぇ」


 少し間を置き、笑った。


 「だがな、一つ確かなのは――この森のおかげで、よそ者があまり来ねぇってことだ。村の存在を隠してくれてるんだろうよ」


 周囲を見回し、ゆっくりと瞬きをした。


 「……確かに。すごく綺麗な場所ですね」


 その時だった。


 背後から草を踏みしめる重い音が響いた。


 速い。


 重い。


 次の瞬間、何かが優めがけて跳びかかってきた。


 「危ねぇ!」


 焔羅が叫ぶ。


 反射的に突き飛ばされ、木の幹へ叩きつけられるように倒れ込んだ。


 獣は突進を外し、そのまま地面へ顔から突っ込む。


 強く瞬きをする。


 そして――それを見た瞬間、目を見開いた。


 それはイノシシのような姿をしていた。


 だが、今まで見たどんなものよりも巨大だった。


 高さは二メートル近くあり、横に広がった体は重厚な圧迫感を放っている。


 獣は荒く息を吐き、唾液を垂らしていた。


 その目は異様だった。


 ほとんど瞬きをせず――


 まるで、怒りに燃えているかのようだった。

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