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前世は『芸歴40年のベテラン芸人』シリーズ

婚約破棄の断罪中ですが、前世が『芸歴40年の伝説のお笑い芸人』だったため、糾弾を笑いに変えて回避する

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/01/30

続編的短編小説『「君の瞳に乾杯」とか言う帝国の王子が激スベりしているので『芸歴40年の芸人』令嬢が愛を全て大喜利の回答として処理する』も、是非お楽しみください。

「エルサ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を今日この時を以て破棄する!」


 王立学園の卒業パーティー。数百名の貴族が見守る中、第一王子であるエドワード殿下は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


 その声は会場のシャンデリアをわずかに揺らすほど大きく、誰もが息を呑んだ。隣にはしおらしく殿下の腕に寄り添う平民出の可憐な令嬢がいる。絵に描いたような「断罪」の構図だ。


 エルサはドレスの裾を翻し、一歩前へ出た。


(……いや、この状況、完璧な『フリ』か?)


 脳裏に走馬灯のように蘇ったのは、前世の記憶。


 コンビ名『昭和ブレイカーズ』のツッコミ担当だった権藤慎之介ごんどう しんのすけ。享年62歳。芸歴は40年。数々の賞レースを総なめにし、多くの冠番組を持っていた「お笑い界の首領ドン」。後輩の不祥事やスベりも一言で笑いに変えて救ってきた「舞台上の神」でもあった。

 国民的芸人として親しまれていたが、不慮の事故でこの異世界に転生していたのだ。


 このクソ真面目な世界に来てから、ずっと「退屈やな」と感じていた。前世で舞台に立つ高揚感とは無縁の、優雅で抑圧的な日々。しかし、今この瞬間、あの頃の血が騒いできたのである。


 目の前の王子は緊張のあまり声が上ずっている。隣の女は涙を一滴も流していない。


(……あかん、このボケ、素人すぎて見てられへん)


 エルサこと権藤は内心で深くため息をつく。これは最高の舞台装置だ。あとは自分がどう料理するか。


「殿下」


 エルサは淑女の微笑みを浮かべたまま、ボソリと呟いた。


「声、裏返ってますわよ? 初舞台ですか?」


 その一言で会場の空気が凍りついた。否、ベテラン芸人の「間」に、全員が引き込まれたのだ。


「なっ! 声が裏返っただと!? 貴様、この期に及んで何を……!」


 顔を更に赤くし、逆上するエドワード王子。その様子を中身が権藤のエルサは半眼で眺める。


(アカンな、感情が先走って喉が詰まっとる。そんなんじゃ客席の後ろまで声届かんで、坊主)


「ええい、黙れ! 貴様がマリアになした数々の悪行、証拠はあがっているのだ! 昨晩彼女の私室に忍び込み、ドレスをズタズタに切り裂いたそうだな!」


 そう言い王子が叩きつけたのは、ボロボロになったピンク色の布切れ。会場から「ひどい……」、「なんて陰湿な……」と野次が飛ぶ。


(……きたきた、ベタな小道具。これや、この「フリ」を待ってたんや)


 エルサは優雅に扇子を広げると、パチンと音を立てて閉じた。


「殿下……、そのドレス切り口が不自然に真っ直ぐすぎませんこと? 忍び込んで焦っている犯人が、定規で測ったように綺麗に裁断します? どんな几帳面な犯人ですの。お裁縫の授業じゃないんですから」

「な、何だと……?」

「それと、その布の端。『安物』特有のポリエステル混紡のテカリが見えますわ。公爵令嬢である私が嫉妬に狂って、わざわざそんな『ワゴンセールの余り物』みたいなドレスを切り裂く手間をかけると? ……手間賃の方が高くつきますわよ。そのボケ、設定に無理がありすぎますわ」

「ご、語彙が……、エルサ、貴様、言葉遣いが……」


 困惑する王子を横目に、隣で寄り添っていたマリアがここぞとばかりに「ウッ……、ヒィッ……」と声を上げて泣き始めた。


(はい、出ました。相方の絶妙な(?)タイミングでの泣き芸)


「……酷いですぅエルサ様ぁ……。私はただ、殿下を愛しているだけなのにぃ……っ!」

「マリアちゃん」


 エルサはスッとマリアに歩み寄ると、彼女の顔を覗き込んだ。


「泣くならちゃんと涙の一滴は出しなさいな。さっきから目頭を一生懸命押さえてますけど、まつ毛のノリが剥がれかけてるだけやないの。……皆様見てください! この絶妙な『ドライアイ釣法』を! 小魚一匹かかってませんわよ!」

「なっ、なんですってー!?」

「だいたい泣き顔に華がないんですわ。もっとこう、奥歯をガタガタ震わせるとか、鼻水の一本でも垂らして初めて『悲劇のヒロイン』の役作りって言えるんとちゃいます? 子供たちの学芸会でも、もうちょっとマシな演技をしますわよ」


 会場から堪えきれない「プッ」という笑い声が漏れ始めた。


 もはやここは断罪の場ではない。

 伝説の芸人、権藤慎之介による「公開ダメ出しオーディション」の会場と化していた。


「……ふ、ふんっ。口先だけで逃げられると思うなよ! これを見ろ!」


 王子が懐から取り出したのは、禍々しい紫色の液体が入った小さな瓶。会場に戦慄が走る。


「マリアの茶に毒を盛ろうとした証拠品だ! 衛兵が貴様の部屋で見つけたのだぞ!」


(おーおー、今度は毒薬か。ベタすぎて逆に新鮮やな)


 権藤ことエルサは、その瓶をひょいと取り上げると光をかざしてまじまじと見つめる。


「殿下、まずはこの小道具の出し方から指導させてもらいますわ。……出すのが早すぎますの。もっとこう、絶望的な雰囲気を作ってから、「……実は、こんなものが見つかってな」と溜めて出す。それが『プロ』の仕事ですわよ」

「なっ、貴様何を言って!」

「あと、この毒薬。色が毒々しすぎますわ。誰がこんな『私は毒です!』って顔してる液体、不用意に飲みますの? 『大喜利』のお題やったら正解ですけど、リアリティがゼロや。……皆様、これ、何に見えます? 私は隣国の祭りで売ってた怪しい着色料のジュースにしか見えませんわ!」


 エルサが観客席の貴族たちに瓶を見せびらかすと、前列の伯爵が「……確かに、少し色が派手すぎるな」、と苦笑いをもらす。


「そうでしょう! 伯爵、ナイスガヤですわ! さあ皆様、この毒薬を使って王子がどんな面白いことを言うか、期待しましょう。殿下、どうぞ! 渾身のボケ、お願いしますわ!」

「ボ、ボケではない! 真実だ!」


 王子が顔を真っ赤にして叫ぶが、もはや会場の空気は王子の告発を待っていない。エルサが作り出した「笑いの間」に、貴族たちが次々と乗り始めたのだ。


「さあマリアちゃん、あんたも! そこでボーッと突っ立ってんと、今の流れに乗ってボケてみなさいな! ほら、その瓶一気飲みして、『う〜ん、デリーシャス!』って笑顔で言うくらいの根性見せんかい!」

「ひっ、ひぃい……っ!」


 マリアは腰を抜かしてへたり込む。

 エルサの放つ圧倒的な「芸人のオーラ」と「場の支配力」の前に、王子たちのシナリオは完全に崩壊していた。


 断罪の舞台は権藤慎之介……、いや、エルサ・フォン・アトラスによる「公開大喜利ライブ」へと完全に塗り替えられたのだ。


「いい加減にしろぉ! 俺は王子だぞ! 貴様のような女、今すぐここで……!」


 エドワード王子はついに正気を失い、腰の装飾剣を引き抜こうとした。

 しかし、その必死な形相すらエルサの冷徹なプロの視点に捕らえられる。


「はいっ、今、剣抜こうとしましたね? 舞台上でそれ、一番やっちゃいけない『力み』ですわ。客が引くでしょうが。あんたの顔、閉店間際のバーゲンセールで奪い合いしているおばちゃんみたいな顔になってますわよ?」

「ぐっ、ぬぅ……っ!」

「皆様、見てください! この王子の無様な立ち往生! これを世間では『スベり倒して引くに引けなくなった芸人の末路』と呼びますの! ほら、エキストラの皆々様も困って動けないじゃない!」


 エルサの軽妙な煽りに、ついに会場のあちこちから堰を切ったような爆笑が沸き起こった。 

 王子の後ろで地味に糾弾をしていたはずの取り巻きたちも、会場を監視していた近衛騎士たちも、みれば腹を抱えて笑い転げている。


「あははは! 本当だ、王子の顔、最高に間抜けだ!」

「エルサ様、もっと! もっとダメ出ししてやってください!」


 空気は完全に逆転した。

 悲劇のヒロインだったはずのマリアは、舞台の端でガタガタと震えるだけの「質の悪い大道具」に成り下がり、王子はただの「痛いピエロ」として衆目に晒されている。


 エルサは会場のボルテージが最高潮に達したことを確信した。

 この「間」だ。前世で、数万人の観客を熱狂させてきた、あの感覚。


 彼女は優雅にドレスの裾を持ち上げ、完璧な淑女の礼、カーテシーを披露する。


「殿下、長い長い一人相撲、ご苦労様でしたわ。……あんな、一つだけ教えといたるわ」


 エルサはスッと顔を上げ、王子の目を見据えて、権藤慎之介の「凄み」を込めた声で言い放った。


「――お前の『真実の愛』、台本がペラすぎて、1ミリも笑えへんねん」


 その一言が、冷たく、そして鋭く会場に響き渡った。

 王子は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、口を開くことはなかった。


 これが後に王国全土で語り継がれることになる『公爵令嬢エルサの卒業記念独演会』の終焉であった。


 数日後、エドワード王子は「王族としての品位を著しく欠いた」として廃嫡。マリアは「稀代の虚言癖」として社交界から姿を消した。


 


 一方、エルサはというと。


「……ふぅ。やっぱりライブはええなぁ。血が若返るわ」


 公爵邸のテラスで彼女は一人、前世の相方のことを思い出しながらワインを煽っていた。

 そこへ使用人の男が慌ただしく駆け込んでくる。


「エルサ様! 大変です! お笑い狂で有名な帝国の第一王子『演劇王』から、異例の親書が届きました!」

 

『貴殿のツッコミに魂を揺さぶられた。ぜひ我が国の帝国劇場の座長、兼、私の妃としてスカウトしたい。返信は「はい」か「Yes」で頼む』


 届いた手紙を眺め、前世の権藤慎之介なら絶対に言わないであろう、最高に令嬢らしい微笑みを浮かべて呟く。


「……なんで帝国の王子がうちの楽屋にスカウトしに来るんですの。……お抱えの放送作家でも連れてきなさいな」


 彼女の異世界での「第二の芸人人生」は、まだ幕を開けたばかりである。



【END】







(おまけ)


 ――お笑い界の首領、権藤慎之介の死去後、彼を「師」と仰ぐ現在人気沸騰中の芸人コンビ、春日野おうりと上若林こやきは懐かしんでいた。


「ねぇ、おうり、権藤さん、生まれ変わったら美人令嬢になって、黙ってても男がひれ伏す人生送りたいわって言ってたね〜」

「あー、言ってた言ってた。もし異世界転生してたなら、その世界の王子に『お前のプロポーズ、尺がなげーんだよ!』とか『愛の囁き、テンポが遅いねん!』とか猛毒ツッコミ入れてそう」

「あはは、わかりみ〜」

「オレらが異世界でのネタを使うことか出来てるのも、権藤さんのおかげだよね」

「そうだね。権藤さんの番組で魔王討伐の話をしたら、「こっちは今日の晩飯が討伐対象じゃ!」ってうちがスベったのを拾ってくれたね〜」

「そうそう、「お前ら語彙力は異世界に置いてきたんか!」とかね。でもおかげで、異世界ネタを現実に落とし込む技術伝授して貰えたし」

「猛毒の中に優しさがある人だったね〜」

「芸に関しては一切の妥協を許されなかったけど、若手の中じゃオレらが一番可愛がって貰ってたよね」

「孫レベルでだったよね。うちらも『昭和ブレイカーズ』みたいな伝説のコンビ目指そう〜」

「あったりまえ! こやき、頑張ろうぜ!」


 二人は顔を見合わせ、晴れやかな、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべた。

 師匠が遺した「笑いへの覚悟」は彼女らの血肉となって、今後も舞台の上で脈動していく。


(完)



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超売れっ子お笑い芸人として活躍しているおうりとこやきをゲスト出演させちゃいました。二人は昔に異世界へ喚ばれたことのあり、「元祖異世界召喚芸人」と呼ばれたりしています。

長編『喚ばれた二度目もチートステータス』に二人の冒険譚があります。

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