7 太公望でも気取ろうか
山の岩場で李人は釣竿を伸ばし、キラリと光る糸を川に垂らしていた。
来年から中学生になる彼は、陰鬱な思考を整理していた。
小二のとき、上級生たちに全身を縄跳びで縛られ、階段下の物置きに閉じ込められた。
「喋ったりしたら殺す」
と言われていたから、じっとしたまま引き伸ばされた時間の中にいた。
翌朝、物置きを開けた先生に助けられた。
先生は事件に関わった上級生をたった一人だけつれてきて、無理やり李人と握手させた。
「よっしゃ、シェイクハンドじゃ」
この教師、本当に江戸末期がわかっているのか? くだらん竜馬ごっこなぞ園児のときに卒業した。
泣き虫だった李人は竜馬の役に見立てられ、四歳上のガキから毎日、殴られた。
そのガキは知能に障害があったため特別教室に通っていた。おとなしい児童として学校から優しくされていたが、李人と同じ集落に戻ると態度はガラリと変わり、様々なやり方で李人の邪魔をした。
(しかしあいつは学校に泣きついたのだ。逆に俺にいじめられていたと。なんで俺があいつをいじめてたことになるのかね。俺は三から四歳の頃からあいつにからまれ、体格からして違う。俺があいつに勝てたことはなかった。あいつが学校からいなくなるのを根気強く待った。教師とはなぜあそこまで馬鹿なのか)
当然閉じ込められたことはシェイクハンド、で許せることではなかった。
尿も漏らしていたし、空腹だった。
熱い血の奔流、気付いたときには上級生の腕に噛みつき、肉削ぎしていた。
その後、上級生は傷口が化膿したかなにかで難儀し、転校した。
李人は責められたが、ことの起こりはなんぞ。と教師をにらんだら、黙り込んでしまった。
李人は声を上げた。
「実に小さくなってしまった、実にみにくい泥炭なのだぞ!」
その事は一年くらいたって思い出したので、夢か何かのようだったが、現にその上級生は消えていた。
「アリカ。あれお前か」
木々がしゃわしゃわ鳴っている。
(いいや、リカが飼ってる獣だよ)
「獣ぉ?」
(痛みを痛みとも思わない存在)
「あれか」
ザザっと土を滑る音がした。一人の少女がやってくる。名前はまりな。歳は同じ小六、学校が違う。少女は町の学校に通っている。夏休みの間だけ、うちで預かることになった。親が知り合いなのだ。
あの、トムとジェリーのときの彼女だろうか。なんとなくそんな気がする。
「なにしてんの李人」
「見ての通りの太公望」
「針ついてんの」
「ついてない」
「つけてよ。魚つろうよ。意味わかんない」
「川蜷の命一個」
「え?」
「びっしりいる小さな貝だよ。それを石で打って身を引きずり出して、餌にして釣るんだから、魚の命と交換だ」
「魚釣って食べるの?」
まりなの声がはずむ。
「身が痩せてまずそうだ」
「針つけてよ」
「宿題は?」
「あんなもんしてなんになるの?」
「締め切りぶっちぎれるの? 町の学校」
「針つけようよ」
はいはい、しかたないな。
李人はプラスチックのケースを開け、針と浮きをつけた。
まりなは川の流れに足を浸す。バシャバシャ跳ねる光が眩しかった。




