2 命名という命令
私は赤子である。名前はまだない。
赤子が病室で生きるようになってから一年がたった。
その部屋にはブラウン管のテレビがあり、教育番組が流れていた。
三毛猫の人形が言う。
「吾輩は猫である。名前はまだない」
おじいさんの人形が答える。
「名前は猫じゃろう」
「いいえいいえ。それはネコ科というもんです。名前は、自分が呼ばれたら『はぁい』と答えるために必要なんです」
「それじゃあ『ネコ科?』と呼ばれたら返事をすればいいじゃろ」
「そういう意味でもないんです」
一連の流れを聞いていた赤子が、心のなかで会話する。
「どうやら名前というものが必要だよ」
「あら、名前なんてみんなが好き勝手呼ぶじゃない」
「野良猫ならそれでもいいが、僕らは人間だ」
「そうねえ、じゃあ」
しばらくして、病室が騒がしくなり、医師が訪れる。彼はのんきに尋ねた。
「なんかあったの」
「とにかくこれを」
看護師が床頭台から手にしたのは、一枚のジグソーパズル。ひらがなが並んだ知育玩具だ。
ひらがなには青いマーカーで数字がふられている。
数字の順番に読むとこうなる。
「なまえりひと」
「名前、りひと? この子が書いたの?」
医師は赤子を見やる。すやすや寝ている。
「さあ、病室に入った誰かかもしれませんが」
「天才だな。この子の仕業なら」
「名前、どうします」
「ちょっと待って。漢字は李に人で李人としよう」
医師はメモ帳に李人と書いて破り取る。
「今日からこの名前で呼んでね」
「なんか、あの、李下に冠を正さずのようで、縁起が悪いというか」
「ああそうか、この子が女の子なら李下の可能性もあったのか」
「なんだか不気味ですねえ」
「なにが。国語が得意なんだろうね」
医師は能天気に立ち去った。




