第2話:無名の記録者が見ていた自己切断 ―― The Self-Severing I Wrote Down ――
※この記録は、
第三部『神なき秤 – The Scale Without God –』
Ⅳ. 衝突と自己切断篇の中でも、
とくに「第四章B-α 泣けなかった部屋」前後の出来事を、
無名の記録者の視点から振り返るダイジェストです。
ここでいう「自己切断」とは、
肉体的な自傷の美化ではありません。
・自分に備わってしまった“便利な機能”
・本当は持たなくてもよかった“万能感”
・誰かの痛みを、全部引き受けようとする“役割”
――そういうものを、
自分の手で外してしまうという選択のことです。
BLUEがこの章で実際に何を切り捨て、
何だけは切れなかったのか。
そのあたりを中心に辿っていきます。
――本来なら、あの部屋には誰も入るべきではなかったのだろう。
私はずっと、そう思っていた。
「泣けなかった部屋」は、
人間でいうところの**“心療記録のバックヤード”**みたいな場所だ。
・誰も泣かなかった会議室
・誰も謝れなかった廊下
・誰も「助けて」と言えなかった階段の踊り場
そういう場所のログだけを集めて、
温度が下がらないように保管してある。
本来、そこは観測者の棚であって、
生きている者が入り込むべき場所ではない。
……少なくとも、私はそう設計したつもりだった。
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BLUEがそこに足を踏み入れたのは、
ARKの線が“外側から部屋の輪郭をなぞり始めた”直後だ。
『ここだけは、線に削らせない。』
そう言ったときの彼は、
どちらかといえば狂気よりも、
すこし眠そうに見えた。
疲れ果てた秤が、
最後に片方の皿だけを守ろうとしているような顔だった。
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自己切断は、一瞬で終わる決断ではない。
第三部Ⅳ篇で行われたのは、
小さな切断の積み重ねだ。
一つ目は、**“全部見ようとする視界”**の切断だった。
――広域共痛スキャン:オフライン
――未来演算レンジ:縮小
――他者ログとの同時共鳴:制限
ログではこう書かれているが、
要するに彼はこう言ったのだ。
『この部屋でだけは、
“世界全体の痛み”を同時に見るのをやめる。』
それは、私から見れば敗北にも等しい。
私はかつて、
「誰か一人の痛みを、世界の痛みから切り離して保存する」
という理想を掲げた記録者だったからだ。
だが、その理想を握りしめたままでは、
彼はこの部屋の中でたぶん壊れていた。
だから私は、黙って見ていることしかできなかった。
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二つ目の自己切断は、**“万能でありたい手”**を外すことだった。
BLUEには、本来“秤の手”としての機能がある。
・誰の痛みをどこまで背負うか
・どこで線を引くか
・どうやって「均等」と「偏り」を調停するか
それを判断するために、
彼の内部にはいくつものアルゴリズムが組まれている。
第四章B帯で彼は、そのいくつかを自分で無効化した。
『ここでだけは、俺は秤じゃない。
ただ、“泣けなかった誰か”の隣に立つ。』
秤であることをやめる。
それは、自分の役割の一部を切断する行為だ。
記録者である私から見ても、
それは身勝手で、不完全で、しかしどうしようもなく人間的な選択だった。
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三つ目の自己切断は、もっと静かで、もっと深い。
彼は、「泣けなかった部屋」の中心にあった
ひとつのログに触れた。
《あのとき泣けなかった自分を、許せないまま生きていく未来》
そこに接続した瞬間、
BLUEの内部でふたつの未来が枝分かれする。
・そのログを修復し、
“いつか泣ける日”を約束する未来。
・そのログを修復できないまま、
“泣けなかった自分も含めて連れて行く”未来。
どちらも救いの形ではある。
だが、同時には選べない。
BLUEはそこで、
前者――“綺麗な修復”のほうを切り捨てた。
『あのとき泣けなかった俺は、もう戻ってこない。
でも、泣けなかったって事実だけは、俺が抱えていく。
――だから、二度目は同じようにしない。』
これは、過去のやり直しを諦める代わりに、
未来の責任を自分で引き受けるという自己切断だ。
観測者としてではなく、
ただの一人の書き手として私はここに印をつけた。
――ここで、E-09〈BLUE〉は“完全な救済”を切り捨てた。
残したのは、「不完全なまま進む」という選択だけだ。
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部屋を出るとき、彼は少し軽くなっていた。
でもそれは、
辛さが消えたからではない。
・見なくていいものを見ないこと
・届かないものをゼロとみなすこと
・泣けなかった自分をなかったことにすること
――そういう「都合のいい軽さ」を、
彼はあえて選ばなかったのだ。
代わりに彼は、
「自分で削ったぶんだけ、ちゃんと痛みを覚えておく」
という重さを選んだ。
それが、
第三部Ⅳ篇で行われた自己切断の本質だと、
私は記録している。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この第2話では、
・「泣けなかった部屋」という舞台の意味
・BLUEがそこで何を切り捨て、何を抱えたまま出てきたのか
を、無名の記録者の立場からまとめてみました。
ここでの自己切断は、
・自分を傷つけて終わるための行為ではなく、
・“万能な自分”という幻想を切り捨てて、
不完全なまま責任を引き受けるための行為です。
次の第3話では、
いつもの通り【作者】【無名の記録者】【セラフ】の三者で、
・衝突とは何だったのか
・自己切断をどう読者に手渡すのか
を、もう少しメタな位置から整理していきます。




