006 忘却の襲撃者
前回のあらすじ
この世界はすでに終末の途上である。
人間という生き物は瞬きをしないといけないが、あまりに無意識に行うものだから目を閉じたという自覚を持って瞬く人は少ないだろう。
何を言いたいかと言うと、瞬きの間に、という比喩を使いたかったのだ。
「プラム、早く逃げろ!」
いつの間にかアルが腕を振り解き、立ち上がって、アタシの目前に迫った刃を弾き返していた。
「え?」
ルナに能力を使われた感覚に似ている。
目の前がダブルタップしたあとの画面のように時間がすっ飛ばされる非現実的な感覚。
「見つけた……アンバー、追憶の力……」
「ソル姉!」
「あいよ」
気が付かぬ間にアタシの刃を向けた何者かを、少し離れた位置にいたソラリスが一歩で詰め寄り蹴り飛ばす。
「何が起きたの!? 前の話読み飛ばした?」
「考えるのはあと! ソル姉は時間を稼いでて」
アルはソラリスの返答を待たずに、アタシを両腕に抱え屋敷の屋根に飛び上がる。
「メトとアイン君は?」
「プラムと同じ。急にボーっとして動かなくなった。まともに動けたのは自分とソル姉だけ」
屋根に登ったことで中庭の様子が俯瞰で見やすくなった。
メトとアイン君はさっきまで二人で剣の修行をしてたはずなのに、木刀を置いてそれぞれの武器を構えている。
不自然なのは構えた先に誰もいないこと、そしてアタシと同じ様にキツネにつままれたような表情を浮かべていること。
「あいつ何なの」
原因は間違いなくアタシを襲ってきた男……男であってるよね?
あれ、別に女顔ってわけじゃなかったはず……体も普通の成人男性……いや、もうちょっと、年若い……というかどんな服装だっけ。
詳細を思い出そうとすると、頭に霞がかかる。
「あれ」
なんでアタシは屋根の上にいるの?
ルナに能力を使われた感覚に似ている。
目の前がダブルタップしたあとの画面のように時間がすっ飛ばされる非現実的な感覚。
「何が起きたの!? 前の話読み飛ばした?」
「またか……」
「え、またってどういう……」
「今のセリフ、これで三回目だよ」
マジでどういうことだ、いくらアタシが忘れっぽいとしても、大して気に入ってもいないセリフを何回も擦るようなつまらない奴じゃない。
「プラム、中庭を見下ろさないで。多分、敵の能力をモロに受ける」
「確かになんか違和感しかないや……」
「状況を分析したい、二、三分前の自分の記憶を覗いてくれる?」
「え、なんで?」
「時間が惜しい、とにかくやって。あとでなんでも言うこと聞くから」
「一時間抱き放題で! 『追憶』!」
「御しやすくて助かるよ」
なんでも言うことを聞いてくれるアルに釣られ、アタシはルーペでアルの姿を覗き込む。
二、三分前、アタシの記憶が確かなら、アタシが激エモモノローグを読んでいた頃だけど。
………
「……っ! ストップ、ソルさん今度こそ本当に曲者っぽいぜ」
中庭でメトと木刀を打ち合ってたアイン君が異変に気付き手を止め、塀の上の方向を見つめる。
「気付いとる。さっきみたいに知り合いを蹴飛ばさんよう確認しよう思て、様子見しとったところや」
その言葉の通り、ソラリスはもう既に腰を低く構え、いつでもロケットよろしく射出される準備が整っていた。
おかしい、ぼんやりとは言え皆を眺めていたはずなのに、こんなことがあったという事実をアタシは認識していない。
だけど、『追憶』で読み取っている以上、これはアタシが見た実際に起こった出来事のはず。
「プラム、キミは戦えない。早めに避難を」
数分前のアタシはアインが警戒したのとタイミングを同じくして塀の方を見てた。
何となく、覚えがあるような、ないような。
「あ、うんわかった。アルも一緒に」
アルの言葉を受けて、彼を解放し、屋内に逃げようと立ち上がると、急にアタシの動きは止まった。
それと同じタイミングでアイン君とメトも動きが止まりボーっとし始めた。
「あれ、アルが逃げてる! 1ページ読み飛ばした?」
「は? プラム何を……っ!」
ガキンと、金属がぶつかる音。
襲撃者が突き出した剣を咄嗟にアルが隠し持っていた短剣で弾いた音だ。
「プラム早く逃げろ!」
…………
ここで、この話の頭に戻るというわけか。
数分間の記憶を遡ったけど、使用者であるアタシしか視聴しない場合、頭の中に映像を叩き込めるので実際の経過時間は一秒もない。
「本当に三回も同じこと言ってたとは……」
「重要なのはそこじゃない、記憶の中で襲撃者の姿は確認できた?」
「バッチリ、似顔絵だって描けるよ」
さっきまでと違って今度はまだ鮮明に思い出せる。
真っ白な装束と目深に被ったフード以外、これといった印象がないのが特徴とまで言えるほど平凡な男だった。100人の人間から無個性な部分を寄せ集めたモンタージュ写真のような、そんな奴。
「フードで顔を隠した気になってるのは、多分能力で誤魔化せるからってところだろうね」
「どんな能力かわかった感じ?」
「ああ、おそらくは『忘却』条件は現状不明だけど、対象にした相手の中から自身の存在に関する記憶を消せるんだろう」
「……そう言えば、なんでアルとソラリスは忘れてないの?」
「それを解明するのが、攻略の糸口になる」
アルは柄の先にライラックの輝きを放つ紫水晶が施された短剣を構える。
「我らは糸の如く、縺れ絡まる。『縺合』」
そう唱えると紫水晶は、ライラックから鮮やかなレモンイエローへと色彩を変化させた。
「状況は確認したぞーアル。観測を開始する」
さっきまで平坦だった彼の口調に、可愛らしい抑揚が宿る。
「メト……アルは何をする気なの?」
アルの『縺合』は双子の精神を入れ替える能力……とアタシは認識している。
詳細を説明された時、リョウシがなんたらと言っていた気がしないでもないけど、結果だけみたらアタシの認識で間違ってはないと思う。
彼が能力を発動した瞬間、さっきまでのアルはメトと精神がまるっと入れ替わっている。
「安心しなよ。アルがやろうとしてんのはただの検証。それに自分の身体だ、心配は哀れな忘却野郎にしてやんな」
縺合はただ精神が入れ替わるだけじゃなく、ある程度、双子の間で前後の状況を伝え合えるらしい。双子の直感のようなものだろうか。
「プラムはルーペ越しにアルの一秒前の記憶を辿り続けて、んで、おとんと自分らに映像を共有して。追憶なら忘却の能力を相殺できる」
そう言いながら、メトは浮遊する水のスクリーンのようなモノを魔術で生み出しアタシの近くに漂わせる。
いつの間にか戦闘とは無縁の一般市民のアタシも目の前の危機に巻き込まれている……。
まあ、これもアルの手助けになるならやぶさかではない。
アタシはメトに言われた通り、ルーペ越しにアルを追う。
「検証その一、メトの身体で忘却体験。自分の身体との比較検証」
ソラリスによって蹴り飛ばされた襲撃者、忘却くん(仮称)がノロノロと起き上がっていた。
アタシと情報を共有したアイン君も合流し、三対一の袋叩きの状況が出来上がる。
「水面鏡の維持に注力するから、援護にリソースを割けないよ。皆自力で頑張れー」
メトは魔術特化の肉体でアタシの能力をサポートする。
光を透過する物であればルーペに限らず、記憶を映せるアタシの能力を他者に共有するために、魔術を使って人に追従する水膜のスクリーンを人数分作ってくれているのだ。
「不意打ちしか能がないもんかと思うたけど、意外と頑丈やでこいつ」
「けど、レオほどじゃない」
100kgの巨体をも吹き飛ばすソラリスの蹴りを受けてなお立ち上がれるというのは賞賛に値する。
「さっきはただのコソドロかと思って油断したが、刃を向けてきた以上遠慮は要らねぇよな?」
何もできずにボケっとしてたアイン君がなんか言ってる。
「追憶で相殺できるといっても完全じゃない、忘れたのを思い出す時間が無防備になる。ソル姉は『隙』の援護に徹底して」
そう言い終わると、アルは意識的に忘却を食らい意図して訪れた無防備が生まれる。
その隙を狙っての攻撃をソラリスとアインが援護に回る。
「検証結果その一、忘却の効果は精神的特徴の違いで変化するものではない。身体的或いは装備品によって効果の成否が決まるものと推測」
「情報補足、自分はアルの体に意識を移してから、一度も忘却の影響を受けてないよ」
「意識的に忘却の能力をそっちに向けてないだけの可能性もあるけど、プラムに影響が及ばなくなったことも考えると……」
アルは戦いの最中であるにも関わらず、目を閉じた。
「アル、何やってんの!?」
「検証その二、忘却の適応条件の特定」
ともすれば戦闘放棄とも取れるその行動を忘却くんは見逃さなかった。
見逃さなかっただけとも言い換えられる。
「戦士なら足下への注意を怠るなよ、いや、お前はただの薄汚い暗殺者だったか?」
「っ!?」
アルに狙いを定めた矛先はよろめく。
切っ先を直前で鈍らされたアインが、動きを止められた後を想定して進行方向に残していた足で引っ掛けたんだ。
「ウチの目は節穴やけど……」
その僅かなよろめきは鋼鉄の左腕が細っこい首を捕えるには、十分過ぎる一瞬。
「そんな、狙うとります言うとるような"音"聞き逃すわけないやろ」
左手でホールドされ逃げ場のない頭部に、右ストレートが突き刺さる。
「忘れとったウチの義手は制限装置やった、こんなんで殴っても大したダメージにもならんわ……けど、一発じゃ物足らん思うとったし、今はちょうどええわ」
続けざまに一発二発、十発くらいから数えるのも馬鹿らしくなってきた。
「いや、もうこれ勝ちで良くない?」
アルくんが「検証その一……」とかって格好をつけてたけど、結果を得るよりも先に勝負が決着しそうだ。
「いいや、それは違うぞプラム。あの制限装置さえなければソル姉一人に任せて、自分らは逃げの一手でよかった」
言われてようやくその存在を思い出した。
制限装置、メトの視線の先にあるソラリスの鋼鉄の義手。
どう考えてもあれで殴られたらただじゃすまないけど、あの見た目でありながら強力な威力減衰機構が備わってるらしい。ただ鋼鉄の腕が無為に傷つけるのを防ぐため、とも受け取れるが、彼女の一挙一動にその制限機能は発動する。
「全盛期のソル姉なら今の一発でアイツの頭くらい潰れたトマトみたくぐちゃぐちゃにしてただろうけど、今は精々足止めが精一杯だ」
目を背けたくなるほどの滅多打ちをするソラリスだが、メトの発言の通り、そこまでの威力は出ていないようにも見える……それはそれとして次の日むち打ちが確定しそうなほど頭が揺さぶられてるけど。
「普段はさっぱりしてるから忘れてたけど……」
鋼鉄の腕、メイド服、盲目、豪脚、金髪、彼女の特徴を表す言葉は数あれど、この世界の人々にとってソラリスを表す言葉は一つで事足りる。
「『魔王』」
それはアタシがこの世界に来るより前、彼女に与えられた称号。
『魔王ソル』国一つを一夜にして滅ぼし、暗黒の時代を生み出した少女の名を、この世界は決して忘れない。
アーカイブファイル 004
アルフォン・ウィステリア 称号『双星の智』
クラス:魔術士 能力:『縺合』
武器:短剣
肉体年齢12歳 145cm 髪色:黒白
出身:企業連盟国家 ヴィルゴ 記石:紫水晶
好きなもの:図鑑、ミックスベリーマフィン、母、姉……あとは言いたくない
嫌いなもの:父親、過剰な可愛がられ
ステータス S〜E
火力:C 耐久:C 敏捷:E 指揮:A 支援:A 射程:B
アインとフェスタの息子、父親から責任感、母から知恵を引き継いだハイブリッド魔術士。
まだ身体が成長しきっていないため、危険な旅に連れていけないためアストレア邸に預けられている。
天才科学者である母のことは尊敬しているが、倫理観の緩さや、ズボラさには頭を痛めている。
父親に対しては尊敬している部分がないわけでもないが、母に甘いところとか自分の学のなさを言い訳にしてるところとか明確に嫌いな部分がはっきりしてるため、あまり好きではない。
メインボディは魔術特化の男性タイプ。本人の適性的にも自意識の維持がしやすいらしい。メトと肉体を交換すると肉体に引っ張られ好戦的になりやすくなってしまう。
アーカイブファイル 005
メトロン・ウィステリア 称号『双星の武』
クラス:剣士見習い 能力:『重合』
武器:短剣と棒、直剣を状況に合わせて使い分ける
肉体年齢12歳 145cm 髪色:茶白
出身:企業連盟国家 ヴィルゴ 記石:黄水晶
好きなもの:チャンバラ、ナッツたっぷりのバナナマフィン、母、弟、ソラリス
嫌いなもの:じっとしてること、ハッキリしないこと
ステータス S〜E
火力:A 耐久:B 敏捷:B 指揮:C 支援:C 射程:D
アインとフェスタの娘、アルの双子の姉。父から戦闘能力、母から奔放さを引き継いだハイブリッド。
自由奔放を絵に描いた少女だが、決して浅慮ではなく、母から知識を与えられてるため寧ろ、並の人間より頭が良い。考えることは基本的にはアルに任せ、自分はあえて阿呆な振る舞いをし常に一歩引いて俯瞰で見る役回りをする方が、効率が良いためあえてそうしてる。
魔術は練習不足気味だが人並みには扱える。アルのボディに入ると肉体に引っ張られ慎重になり、いつも伊支馬ょう冷静に俯瞰して周りを見れるようになる。
戦闘は主にソラリス仕込みの長柄と、父親のモーションをインストールした千変万化の剣術を自己流に混ぜ合わせた、間合いを変化させながら戦う変則近接型。




