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第五章 アダムの裁定

 そして、ルシファーとの共同生活が始まった。最初は何かから解放されたような気分で浮かれていた私だが、数日で理想は粉々になった。まず、堕天使の舌に人間の料理はなかなか合わなかった。家事のやり方は滅茶苦茶で、背中の翼のせいで部屋は羽毛まみれになり何度も掃除しなければならなかった。私は大きなカラスでも飼ってるのか、と心の中でブツブツと文句をいいながらも、次第に、少しずつ心を開いていくのだった。


 ルシファーは不器用ながらも、とても優しかった。ミカエルが空から見下ろす昼間の間はルシファーは家から出る事が出来ないため、同じように私も家からあまり出る事が出来なかった。だから夜になると、いつも二人で食材などを探しに出かけていた。ミカエルの権能で世に出回った食べ物では、腹を満たせなかったからだ。

 権能に頼らず、今も自分で作物を育てている農家さんを訪ねて食材をお裾分けしてもらったり、自然に生えている果物を私は取ってきた。ルシファーは、動物の肉などをいつも狩ってきて用意してくれた。敢えて何の動物の肉なのかは聞かなかった。そうやって二人で寄せ集めた食材を使い、月明かりの下でキャンプをしたりした。


 お腹いっぱい食べた後は、いつもルシファーに抱き上げられて、夜空を飛んで回った。意外とルシファーも歌が上手かったので、私が知っている歌をいくつかルシファーにも教えた。二人でパート分けして一緒に歌ったりもした。苦しい仕事もせず、不安や悩みもなく、毎日ルシファーと一緒に楽しいことや好きなことをして生きる。ルシファーと過ごしたこの日々は、産まれてから一番の幸せな思い出だった。


 そして、そんな日々にも慣れてきて、共同生活が始まってから九ヶ月が経った。そんなある日の夜のことだった。

「……リリ……これを見てくれ。」

 そう言いながら、ルシファーは慣れない手つきでスマホの画面を見せてきた。そこには、何かのニュースが記事が写っていた。

 【光に満ちた新時代の幕開け―人類神聖統治同盟『ADAMアダム』、本日発足】

 光は選別ではなく配慮である——ADAM総長は本日、全世界に向けて適切な願望使用の遵守を呼びかけた。登録と教育により、永続的幸福の秩序が維持されるという。

 

「アダム……。統治って、一体どんな世界になってしまうの。」

 ルシファーは、言葉を発さずじっと私の目を見つめていた。赤い眼が、いつもに増して炎のように少し揺らいで見えた。

 

 ミカエルが現れてから一年九ヶ月が経ち、世界の情勢は私の知らぬ間に大きく変わっていた。権能によって際限なく叶えられる人間の欲望の行く末は、実に様々だった。現れてからわずか一ヶ月後、ある国で「神になりたい」と願った青年が、突如として消滅する事件が報じられた。その後も、不老不死になりたい者、死んだ夫に会いたい者が同様に消える事例が確認された。身の丈を超えた願いは叶わず消えてしまう、との見解もあれば、命や姿の原型を失っただけで、願い自体は叶った、という考察もあった。いずれにせよ、こうした事件は、人々に過剰な願いを控えさせるには十分な影響を及ぼした。

 

 適切な願いで、権能を効率的に利用する者。一度に大きな願いを叶えてしまい、権能の利用が今だに出来ないでいる者。一度も願いを叶えずにいる者。新たな世界での生き方は分かれていき、次第に世界はミカエルを崇拝する者、ミカエルに反発する者の二つの派閥に分かれていった。

 

 そして先の報道が出る三ヶ月前、崇拝派の大都市圏の一つであったニューヨークで、反発派による9.11以来となる大規模なテロが発生した。権能の影響下でのテロ行為は今までの事例を遥かに凌ぐもので、その対策は全く進んでいなかった為に被害は甚大となり、多くの死傷者が出てしまった。

 そうした事態や情勢を鑑みた崇拝派は、平和や秩序の維持を大義名分として、権能の適切な使用の支援や教育という名目で、反発派の監視と矯正をする為にアダムを立ち上げた。


 そんな動乱の渦中でも、ミカエルは不気味なほどいつも通り、空から地上を見下ろし続けていた。

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