表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第四章 自由との契約

「……自由……?」

 ミカエルが現れてから、一年以上経った今となっては、滅多なことには驚かなくなっていた。それでも、この異様な光景と尋常じゃない雰囲気を醸し出す眼前の堕天使の出現には、しばらくの間、思考が停止するのも無理はなかった。唖然としている私を見て、ルシファーはまた口を開いた。

「私は、再び神の元へ馳せ参じなければならない。神は自らの秩序の鎖に縛られ、ただひたすら永遠に在られ続けている。私が、神を自由にして差し上げるのだ。その為には、其方の力が必要だ。」

「私が……?」

「そうだ。いまの私には肉体が無い。私はただの概念だ。ミカエルに敗れて堕天し、深淵の闇の中でずっと眠っていた。其方の自由を求める小さな灯火が私を呼び覚ましてくれた。」

 その男が先ほどから話す内容が、スピリチュアル系の本でも読んでるかのようで、まったく理解が出来ずにいた。苦悶と緊張が入り混じった顔で私は答えた。

「えっと……ちょっと待って、何を言ってるのかイマイチ分からないんですけど、つまり私は何をすれば良いんですか?」

「私と契約をして欲しい。其方の心の穴に宿る自由の灯火を、私の復活の依代として使わせて欲しい。その代わり、其方には自由の翼を授けよう。」

「依代?私が生贄か何かになっちゃうってこと?……自由の翼って一体、何?」

「心配は無用だ。死ぬことはない。ただ其方のそばに居続ければ、私は闇に飲まれず意識を保つことが出来るのだ。そして私の翼を持つ者は、ミカエルの支配の権能から逃れることが出来る。」

 

 そう言うとルシファーは自身の背中の黒い翼を一つ抜き取り、私に手渡した。受け取った瞬間、ずっと誰かに見られていたような嫌な感覚が、すっと消えた気がした。黒い羽根からは薄らと黒煙が舞っていた。

「なんか、少し軽くなったような……。って、あの、まだ私OKの返事してないんだけど!」

「……これで契約は成立した。もうすぐ夜が明ける。ミカエルが現れる前に、其方の御宅に向かうとしよう。」

 

 そして突然、ルシファーは私を抱きかかえ翼を羽ばたかせて飛びあがった。私は人生で一度も出したことがないような悲鳴をあげながら、夜明け前の空を飛び回った。しばらくは恐怖で周りを見渡す余裕もなかったが、次第にうっとりするほど優美な朝焼けに釘付けになっていた。寝静まった街がミニチュア模型のように、遠くに見えた。ルシファーの背中越しに聞こえる、バサバサという翼で羽ばたくと音と合わさって、まるで自分が空を飛んでるかのように錯覚した。

 

「この大空に 翼を広げ

 飛んで行きたいよ――

 悲しみのない 自由な空へ

 翼はためかせ 行きたい――」

 

 私はふと、『翼をください』の歌を口ずさんでいた。学生時代の頃、私は合唱部だった。いつか本当に空を自由に飛べたらいいな、なんて馬鹿なこと思ったりしてたっけ、と昔を思いながら歌っていた。あの頃の私は、まだ純粋無垢で、社会の現実も、苦しさも知らなかった。どこで私の人生はおかしくなってしまったんだろう。

 

 パパとママが離婚して、パパが出てった時?

 好きな男の子に振られて、初めて髪をブリーチした時?

 私の元カレと友達の結婚報告をインスタで見つけた時?

 拒食と整形、枕営業で初店内売上一位を取れた時?

 

 初めて会った堕天使の腕に抱かれながら、気づけば私はまた泣いていた。昨夜からずっと泣いてばかりだった。ずっと沈黙を続けていたルシファーが、私に言った。

「白い翼をつけて欲しい、という其方の願いを叶えることは難しいが、どうか私のこの黒い翼で許してもらえないか。」

「……ははっ、なんか馬鹿みたい……でも、ありがとう。」

 日が出る頃になって、やっと自分の家に到着した。黒い羽根の影響だからなのか、ミカエルの権能の効果は消え、せっかくオシャレなホテルみたいにした家から、元の家に変化してしまっていた。他に願った事も全て元通りになり、ミカエルが現れる前の頃にほぼ全て戻っていった。堕天使が私の隣に居るということを除いて。こうした奇妙な因果で、私とルシファーは出会ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ