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第三章 堕天使ルシファー

 最近は、一年前にはあんなに毎日嫌気がさしていた夜が、とても待ち遠しかった。昼とは違い、眩しすぎる幸福の世界を忘れていられるからだった。録音されたような綺麗な声で話す人々。バラエティ番組で流れるBGMのような乾いた笑い声。人形のように整った人々の顔と、その顔が創り出す笑顔で溢れる、虹がかった天国のような世界。自分もそこに混じって皆と同じように美しく話し、同じように綺麗に笑い、同じように幸せ溢れた()()をする日々を過ごしていた。

「なんか、キャバクラで接客してる時みたいな気分……。」

 そんなことを心の中で呟きながらも、この幸福の洪水に溺れ続けることから抜け出せずにいた。()()()()()()素晴らしい世界だというのに、何故こんなにも心が満たされないんだろうか。こんな気持ちになっているのは私だけなんだろうか。他のみんなは一々そんなこと考えずに幸せだと思ってるのかな、などと考えたりしながら日中をやり過ごしていると、今日もまた大好きな夜がやってきた。

 

 街は静まり返り、空は真っ暗な星空になる。ミカエルは、何故だか夜になると空には現れなくなる。ストレスレベルが下がった社会だからか、夜遊びをする人は以前の頃よりぐんと減った。私は、ふと衝動的に海に行きたくなったので、望めばすぐに移動出来るところを、敢えて愛車を走らせて向かった。とはいえこの愛車も、ミカエルのおかげで手に入れた車なのだが……。

 漆黒の海は、赤い月と星空を反射して映し出しており、とても幻想的だった。今日はどうやら、たまたま月食だったらしい。昼間の整った純白な世界とは雰囲気が違った。時に荒々しく、時に穏やかになる波と、海面に映る赤銅色の月明かりをしばらく眺めていた。何故だろうか、ミカエルが現れる前の昔の日常をふと思い出してきて、気づいたら涙が溢れていた。

「頑張ってお金を稼いで整形をしたり、好きになった男に振り向いてもらうために自分磨きを頑張ったり、嫌がらせしてくる女に負けたくないからと、必死に頑張って売上1位を取ったり……。そっか、私は幸福で満たされた後の自分よりも、何かに向かって頑張ってた自分の方が、大好きだったんだ。」


 (まった)水面(みなも)静謐(せいひつ)にして美しい。されど荒れ揺らぐ波面(なみづら)は、時に其れを凌ぐほどの美を(はら)む――。


 月食で紅くなった月だっていつもの黄色い月と異なるから特別に綺麗だと感じるんだな、と。人にとって本当に大事なのは結果ではなく過程だった筈なのに、結果をすぐに得られてしまう、このミカエルが創り上げたつまらない完璧な世界。幸福なのに虚無を感じさせるのは、この不自由さのせいなんだと気づいた。子供の頃からずっと、この心の虚無の穴にいた何かを燻らせるモノの正体がやっとわかった。

「私はずっと自由になりたかった……。」


 突然、辺りに夜の暗闇よりも深い、漆黒の煙が立ち込め始めた。波が荒れ狂い、焔のように揺らめく紅月は夜空を血のように染め上げる。吹き荒ぶ風は大地を震わせ、世界そのものが息を呑む。夜空を見上げると、巨大な(くろ)い顔のような物体が、私を見下ろしていた。その顔が次第に薄れ、全て黒煙に変わっていき、それは私の周りをぐるりと回りながら次第に一つに集まり、人の形に変わっていった。長い白髪、長身で体格の良い身体をした、ファンタジー映画にでも出てきそうな風貌のその男は、月食のような紅い瞳で私をじっと見つめていた。そして、身体の芯まで響くような低い声で私に話しかけてきた。

 

「其方のような人間を、私はずっと待っていた。溢れる幸福に酔うのではなく、己の自由を求める者よ。我は堕天使ルシファー。自由の炎を灯す者だ。深淵より、其方の心の空虚を通して、この幸福の牢獄を見つめていた。我が自由の炎を其方の心に灯せ。授けよう、この偽りの楽園を抜け出し、どこまでも羽ばたける自由の翼を。」

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