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第十一章 反天のアマルガム

 「総長、サンセからの連絡が途絶えました。権能の使用履歴が完全にゼロになっています。」

 ADAM本部の総長室。報告するセノの前で、イヴは微かに眉をひそめた。

 「その黒い翼の炎が、過去の権能の効果すらも全て白紙に戻したというの?」

 「はい。サンセはミカエル様に願う前の状態に戻ってしまったことから、そう推測されます。」

 イヴはそっと手首に指を添えた。その女、周郷リリの持つ力は単なるバグではない。ミカエル様が与えたこの完璧な世界を根本から揺るがす腫瘍だ。ミカエル様に貢ぐための穢れなき幸福の楽園(エデン)に、そんな異端は許されない。

 「セマンにサンセの回収を命じなさい。そしてセノ、何としてでもあの女を捕えなさい。」

 「仰せのままに。」

 通信が切れた後、平静を装っていたイヴは無意識に手首を強く掻きむしっていた。かつて切り刻んだリスカの跡はとうにない。それでも、精神の底にこびりついた狂気と焦燥感が、痒みとなって皮膚をざわつかせていた。


 

 サンセの一件から数日後。買い出しで市街地に出ていた私の頭上で、巨大モニターの画面が突然切り替わり、緊急でADAMの声明が発信された。

 

 『光に満ちた楽園(エデン)の市民の皆様。私はADAM執行幹部のセノと申します。本日は、永続的幸福の秩序を脅かす重大な事案について通達いたします。』

 

 白基調の制服を着た無機質な顔立ちの男。その言葉の直後、一枚の写真が大きく表示され、私は息を呑んだ。それは、私の写真だった。

 

 『周郷リリ。この者はミカエル様の尊き権能を無効化し、皆様が叶えてきた願いのすべてを消去しうる極めて危険な異端因子です。発見した場合は単独で接触せず、直ちに最寄りのADAM管理局へ報告を。賢明なるご協力をお願いいたします。』

 

 すれ違う人々の視線が私に突き刺さる。皆小声で囁き合い、静かに足早に去っていく。その冷たい反応は、学生時代、クラスで浮いていた頃の記憶を想起させた。そんな私の元へ、ケープで顔を隠したルシファーが現れた。

 「リリ、去ろう。もうここは安全ではない。」

 彼に腕を引かれ、私たちは路地裏へ逃げ込んだ。

 

 それから私たちは身を隠し、人目を避けながら逃げ続けた。誰かが通報をしたのか大通りには早くも幸福警察が関所を設けて検閲し始めていた。上空には監視用ドローンのような白い球体がいくつも飛び交っている。

 「こっちだ。裏口から逃れそうな場所がある。」

 ルシファーに導かれるまま、私たちは都市の外れにある、打ち捨てられた工場地帯へと足を踏み入れた。赤錆びた廃工場が立ち並ぶその一角には、幸福警察の気配はなかった。リリが安堵して少し壁に背を預けようとした、その瞬間だった。

 ガシャンッ!!

 突然足元が爆発したかのように弾け、強力なワイヤーと電磁ネットが私たちを瞬時に絡め取った。ルシファーがそれを無効化しようとしたが、強力な電流のようなものが走り、彼の動きが封じられる。私の胸の黒い翼も、何の反応も示さない。

 「なんで……権能が無効化できない!?」

 地面が軋んだ。そして鉄骨の影から、巨大な影がゆっくり姿を現した。

 「いかにも。こいつはミカエルのチンケな魔法じゃねえ、純度100%の俺のテクノロジーだ。」

 

 土煙の中から現れたのは、見上げるほどの巨漢の男だった。そして何より異様なのは、その背中に片方だけ生えた不気味な天使の翼と、片側だけが天使の彫像のように整い、もう半分は人間のまま歪んでいた顔だった。

 「あなたは誰?なぜ私たちを襲うの?」

 「俺の名前はレミントン・ネフォード、リムと呼べ。反ミカエル派の組織『BABELバベル』を束ねている。」

 

 BABEL――その名を聞いたことがあった。前にニューヨークで大規模なテロを起こしたという、あの過激な反ミカエル派の組織だ。そして、レミントン・ネフォード。その名もニュースなどで聞いたことがあるくらいには有名だった。巨大車メーカーネフォード・モーターズのCEOとしてかつて世界のトップクラスに君臨していた元経営者だ。そんな男が何故、このような醜悪な巨人になってしまったのか。私が見上げていると、リムが答える。

 「俺のこのブッサイクな見た目が気になるか?これはな、自分のせいなのさ。『俺をミカエルにしてくれ』って願ったんだよ。バカだよな、ガハハ。」

 規格外の願いはその人を消滅させてしまう、と聞く。だがさすがは巨大企業の元CEOなのか、この男は紛れもなく消滅を免れて今も私の前に立っている。


「さて、周郷リリであってるよな。あと、その連れのボーイフレンドも。突然捕まえて悪いが、今からBABELのアジトへ連行させてもらう。」

「何が、目的なの?」

「決まってんだろ、その黒い翼とやらの力を調べて利用させてもらうんだよ。その翼を使えば、ADAMのあのイヴとかいうアバズレに一泡吹かせてやれるからな。」


 

 私たちは目的地につくまで目隠しをされ、長い時間乗り物に乗せられた。連行された先は、アメリカのモニュメントバレーのような岩山の中だった。岩山の内部は、リムの持つ技術が、人智を超えていることが明らかなほどに巨大な要塞だった。


 私たちは目隠しを取られ、取り調べ室のような場所で冷たい鉄の椅子に縛り付けられ、尋問が始まった。素性やこれ迄の経緯を執拗に聞かれた。

 「んで、その黒い翼は、なんなんだ?何かをミカエルに願ったのか?」

「……それは、教えられない。」

 「そうか、まあいい。次は身体検査だ。お前ら、こいつらを調べろ。その女の胸の黒い翼には直接触るなよ。」  「了解です、ボス。」

 リムの部下たちが、奇妙な形状をしたスキャナーのような装置を私たちに向けた。幸福警察が持っていた測定器とは違い、歯車や配線が剥き出しになった武骨な機械だ。だが、ルシファーの身体にスキャナーをかざし、モニターの数値を読み上げていた部下の動きが、ふと止まった。

 「ボス。こいつ、なんかおかしいです。」

 部下の一人が、震える声でリムに報告した。

 「どうした?」

 「この男の生体反応とエネルギー値、ボスのデータと、波形が完全に一致しています。いや、それ以上に純度が高すぎる。こいつ、人間じゃない……。」

 ルシファーは何も言わず、ただ静かに燃えるような紅い瞳で、その部下をじっと見つめ返していた。部下は後ずさりし、恐る恐るリムを見上げながら唾を飲み込んだ。

 

 「ボス、こいつは、……天使です。」

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