婚約者の隣で腰に手を回されている令嬢に【泥棒猫!】と叫んでビンタをした令嬢劇場
「浮気ですわ!浮気ですわ!」
私は婚約者の前でハンカチをくわえて下に引っ張った。
すると、令嬢の腰に手を回している私の婚約者、エミール様は、
「マリナ、君はそんな令嬢だったのか・・フウ、もう、うんざりだよ」
と両手の平を上にあげヤレヤレのジェスチャーをしたわ。
隣の令嬢、パウラ様は右拳を口元にあてて憐れみの表情で私を見る。
「エミール様とは魂で結びついております。マリナ様が想像するような肉欲で結びついておりませんわ。高度な愛、真実の愛ですわ。エスコートなど些細な事です」
実はエミールとはそのような感情はない。家が決めた政略結婚だ。
エミールは一見賢そうに見えるが馬鹿だ。
留年決定だったのを私が勉強を見て、再試験を受けさせて何とか回避させたのだ。
私は体のチックをする。
すり足ヨシ、肩ヨシ、気持・・・ヨシ。
その間もパウラの言葉が続く。
「マリナ様、もう、エミール様を自由にして差し上げて・・」
「分かりましたわ!そちらがそう言うのなら」
「分かっているよ。君の家門は金目当てだ。出来るワケがない」
婚約破棄をしてあげるわ。しかし、無料で婚約破棄はしない。
師匠の言葉が浮かぶ。
『貴族社会で暴力をふるって良い場合が二つだけあるの~一つは殿方の名誉をかけた決闘なの~、
もう、一つは・・・』
私はすり足で近づき。
3メートルぐらい前で跳躍し。
師匠は、『・・・必ずビンタする方は【泥棒猫!】と叫ぶの~』と言って下さった。
ますはパウラ・・・をぶっ叩く。
【この泥棒猫!】
バチン!
と音が会場に響いたわ。
パウラは「キャア」と叫ぶ暇もなく地に伏した。
顔面は芝生にめり込み赤茶髪の後頭部だけが見える。
足はがに股、まるでカエルが伸びたようだ。
「パウラ!」
エミールは慌てるが・・・パウラを助けなさいよ。いえ、突然の事に慌てているわね。
私はこのとき、初めて構えを取った。
令嬢フルートを持つ型!
右手を口元、左手を脇の下あたりにおく。
師匠のお言葉だと。
『構えは意味がないの~、意味を持たせるの~』
フルートを持っていると想像する。
すると、肩が連動するのよ。
パチン!パチン!パチン!パチン!
エミールに軽くビンタを連発する。しかし速さに特化しているわ。
左右の連打だ。
まるで振り子のようにエミールは体ごとビンタの衝撃で左右をフラフラする。
「や、やめろよ~」
エミールの顔はみるみる蜂に刺されたように膨れ上がったわ。
蜂の百打だ。
エミールが止めようとつかみに来るが、左手で制止した。
そろそろ頃合いね。
捕まれた左手を思いっきり引いて、右手でビンタした。
バチン!
私の背中がエミールに見えるぐらいに回転をして強打を放つ。
熊の掌打だ!
【この、浮気者ですわーーー!】
エミールはクルクル体を回転し、パウラの隣で仲良く倒れたわ。
あら、耳から血が出ているわ。
そこでようやく私は跪き。
「ウワ~ン!グスン!グスン!もう、エミールの浮気に耐えられませんわ!婚約破棄しますのー!」
と叫んだ。
「おい、何だ!」
「まさか・・遂にマリナ嬢我慢出来なくなったか?」
「私は見ました。マリナ様が一方的にこの二人に暴力をふるっていました」
「いいえ、前から問題になっていたエミール様とパウラ様の自由恋愛ですわ。耐えかねたのね・・・」
人が集まって来た。
私はこの後、泣くことにしたわ。悲しい思い出を探す。
折角作ったカップケーキを焦がした事を思い出した。
あれは悲しい思い出だったわ。
すると、ここ数ヶ月間の思い出が浮かび上がって来た。
☆回想
私はドミン伯爵家、ドミン伯爵家は領地経営が主体の家門だ。
一応、王国誕生以来の名門だわ。
ダサエール伯爵家のエミール様とは10歳の頃からの付き合いだ。
彼は三代前に多額の寄付金で伯爵位を賜った新興の家門。
名が欲しかったのだろうと大人達の噂が子供であった私達の耳にも入ってきた。
それでも愛を育もうとしたが、ハンカチをプレゼントしたときだ。
「え、何、そのハンカチ・・・一流のお針子に命じれば、もっと早く上手な物がつくれたのに、コスパを考えれば非効率だよ。でも、まあいいや。それが君の考えなんだね」
一生懸命にダサエール家の家紋を刺繍したハンカチを冷笑されたわ。
学園に入学したら、2回生の時。
同級生の小説が賞を取り出版される運びになった。
リビア様だ。
皆でリビア様、「「「すごい、すごい」」」と賞賛をしたわ。
しかし、エミールは冷笑する。
「少し読んだが、メロドラマ・・まあ、暇を持て余したマダムにはいいかな?君の作品は大衆向けで情緒が抜けているかな」
トンチンカンなことを言う。
だから私は言って差し上げましたわ。
「あら、この小説はダキア戦争を舞台に没落した家門の令嬢が乗り越える話だわ。選考委員会の方にダキア戦争の経験者がいて没落する様が・・・そのまんま緊迫感があると評価されたのよ。『ディテールに気になる点があるが年端のいかぬ令嬢が書いた物とは思えない』と絶賛されたわ。リビア様が図書館に籠もって調べて書いた小説よ」
すると、エミールはプィとそっぽを向いてそのまま去ったわ。
「リビア様、気になさらないで下さいませ」
「マリナ様、有難う」
それから、エミールは小説を書いたが。
「・・・歴史小説にしては改編が多すぎる・・この人物は史実では孫がいる年齢だが?」
との評価をもらった。
悔しいエミールは金をお父様から出してもらい出版したが赤字のようだ。
しかし、唯一、パウラの琴線に触れたようだ。
「エミール様、サインを下さい!」
「君は?」
「パウラですわ。アウゼン侯爵家のパウラですわ。私、常々、最近の小説は低俗だと思っていましたの」
二人は仲が良くなった。
それは良い。
しかし、婚約者同伴のパーティではエスコートしてくれなくなった。
それどころか・・・
「マリナ、これは真実の愛だ。パウラ嬢とは魂が結びついている。君とは最低限の義務は果たすよ」
「果たしていないではありませんか?エスコートをして下さいませ」
「フウ、エスコートなら、会場に入るときしたじゃないか?」
貴族の体面を果たせない。恥だわ。
うつむいて学園を独りで歩いていたら、
「イタッ!」
ぶつかったわ。
「おお、いてー、怪我したかな?これはデートしてくれないと割に合わないな~」
「「「「グヒヒヒヒヒッ」」」
ヤバいわ。不良達だわ。3男以下で自由恋愛と称して令嬢を口説きまくっている方々よね。学園の制服をだらしなく着こなしているわ。
「なあ。俺ら良い店知っているんだわ」
「あ、こいつマリナだ。婚約者に袖にされている令嬢だ」
「なら、大人の遊びをして既成事実を作れば婿になれるぜ!」
思考がおかしいわ。でも、ここは学園の庭園の散歩道。人はいないわ。
「お止め下さいませ。婚約者が黙っておりませんわ」
「その婚約者からマリナの相手をしてくれと言われたんだ」
「兄貴、それを言っちゃ・・・」
「まあ、いい。ここで、大人の遊びをすれば」
ヒィ、どうすれば良いのよ。
その時、大声が聞こえたわ。幼女の声だわ。
【お姉様!ズルいの!ズルいの!自分だけ楽しい遊びをしようとしているの~!】
見知らぬ幼女にお姉様と呼ばれたわ。フワフワな金髪で可愛い子、5歳くらいかしら。
「な、何だと!」
「お嬢ちゃん。これはな」
更に、幼女は地面に寝っ転がって、足と手をバタバタしたわ。
【ズルイ!ズルイの~!メアリーも遊びたいの~!うだつの上がらない殿方と遊んで慰めてあげるの~!どうみても王宮官吏試験に受かりそうのない顔つきで可哀想なの~!メアリーがおままごとをして暖かい家庭を味あわせてあげるの~】
「チィ、逃げるぞ!」
不良貴族学生達はバツが悪くなって去ったわ。
すると、メアリーという名の幼女はスクッと立ち上がりホコリを払って。
「フウ、久しぶりのダダコネなの~、泣く子と地頭には勝てないの~!」
「じとう?」
「地方の悪官僚と思えばいいの~、令嬢も気をつけるの~」
私は。
「待って!お礼をしたいですわ」
と呼び止めた。
・・・・・・・・
学園のカフェでオレンジジュースをごちそうしたわ。
「プハー!のどごしのオレンジジュースは美味しいの!お代わりいいかなの~」
「どうぞですわ」
何故か。私は悩み事を話したわ。
すると幼女は。
「どうしようもないの~、親の決めた婚約者は変えられないの~、でも、鬱憤を晴らす方法はあるの~」
「はい、教えて下さいませ」
「じゃあ、1年間、毎日ペロペロキャンディーを下さいなの~」
とメアリーちゃんの家まで行ったわ。
そこは・・・
「リビア様のタウンハウス・・」
「そうなの。私はリビアの義理の妹なの~、親戚出身なの~」
狭いタウンハウスだわ。あまり裕福ではないようだ。あら、あの銀髪はリビア様。
「まあ、マリナ様、どうして当家に?」
「リビア様、実は・・・」
「メアリーの友達なの~」
話を聞くと、リビア様は作家の夢が忘れなくて家を出たいとお父様とお母様に言ったそうだわ。
なら、学園在学中に賞を取ったなら良いと言われて、本当に賞を取った。
リビア様は謙遜するわ。
「実はメアリーの指導なのです。メアリーが夢で見た話を・・・・」
メアリーちゃんの指導?
「違うの~、メアリーは作家の話をしたの~、教養とエンターテインメントを両立する方法を教えたの~」
夢で見た話?
リビア様の小説のスタイルは図書館で歴史を調べて忠実に再現をする。歴史のイベントに架空の人物を割り込ませる?
「レ・『ワン!ワン!』ルや、風と共に『シャアアアー』なの~」
あら、話の途中でワンちゃんと猫ちゃんが喧嘩を始めたわ。
「ゴロとミケは仲良く喧嘩しているから大丈夫なの~」
本当だわ。ワンちゃんは猫パンチを受けて・・・仲良く追いかけっこをしているように見えるわ。
「・・・マリナ様もお悩みだと思います。メアリーは不思議な力がありますから頼っては如何ですか?・・庇ってくれたときはうれしかったですわ。私と友人になって下さいませ!」
「え、私達友人じゃなかったのかしら?」
「マリナ様、ポイント高いの~!」
それから屋敷の裏庭に連れて行かれたわ。
「サンドバックなの~砂が詰まっているの~」
木の枝に布の袋が吊されていた。結構大きい。人の胴体くらいあるかしら。
「メアリーが手本を見せるの~」
ペチンとペチンとサンドバックを叩く。
叩きながら。
「欲し~の!欲し~の!お義姉様ズルいの~!」
と手の平で叩いていた。
「メアリーは欲しがり義妹なの~、だから、サンドバックを叩いて衝動を抑えているの~、マリナ様は、エミールの馬鹿、唐変木と叫びながら叩くの~」
「分かったわ・・・」
最初は10回もビンタをしたら、手が痛くなった。
しかし、少し気が晴れた。
今日、起きた事をお父様とお母様に話したわ。
「フム、エミール殿が不良貴族学生をけしかけた?」
「まあ、調べるわ・・・婚約も解消になるけどもマリナの気持は?」
「いいですわ。もう、エミール様とやっていける自信がありませんわ」
しかし、エミールは白を切る。
不良学生達が懲戒を受けただけだ。火トカゲの尻尾切りだわ。
ダサエール伯爵も若いうちだから様子を見ようと言う。
バチン!バチン!
それから毎日、通ってサンドバックを叩く日々を送った。
「素質あるの~、次は連打なの~、叩く反対側の方の手は添えるの~、夫婦手なの~」
「夫婦手?」
「何かを持っている雰囲気なの~攻防一体になるの~」
そう、私は気がついてしまった。
幼少の頃、フルートを習っていたが・・・
『どう考えても、プロの演奏家になれないのに・・・・金で演奏家を呼んだ方がコスパが良いよ』
と言われて辞めたのだっけ?結構、エミールの冷笑は堪えているわ。
フルートを持つ構えをしたらスピードがついたわ。
「良いの~、デンデン太鼓なの~、頭のてっぺんから串を貫かれているイメージなの~、その串を軸にして左右連打なの~」
「はい、こうですね。でも、メアリーちゃん。何故、眼帯をしてオレンジジュースの瓶を片手に指導するのですか?」
「それは雰囲気なの~明日を掴むの~」
「はい、メアリーちゃん。いえ、お師匠!」
気がつけば朝に三千、夕方に三千のビンタを繰り返して、
遂に・・・
ガキ!ボキ!
「ヒィ、申訳ありませんわ。弁償しますわ!」
「いいの~、これで卒業なの~、これから本当のメロドラマをするの~」
サンドバックが破れ、吊している木の枝が折れたわ。
「これはすごいの~、これなら、本当に婚約破棄できるの~」
そして、婚約破棄の策を受けたわ。
「叩くときに必ず【泥棒猫!】と叫ぶの~」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ウウ、グスン、グスン、浮気者ですわーーーー!」
私は会場で泣き崩れた。
そしたら、周りの人達は私を気遣ってくれる。
「・・・暴力はいけないが、これは・・・」
「仕方ないか?」
「それよりも令嬢に倒されるとは、エミールは口ばっかだな」
「何事か?」
「「「殿下!」」」
生徒会長の王子も来られたわ。
すると、リビア様が手をあげる。
「あの、私は詳細を見ていました。私が報告書を書きますわ」
「君は確か・・・文芸のリビア嬢だな。問題ないだろう」
リビア様は淡々と事実を書いてくれたわ。
すると、それを読んだ学園長は・・・
「・・・何だ。数発ビンタしただけか・・・まあ、マリナ嬢は婚約者をそれほど愛していたのだろう。反省文を書いて・・後は両家の話合だ」
エミール様に同情的な目撃者が抗議するが・・・
「はあ?ぶっ倒れて大怪我を負った?令嬢のビンタ一発で倒れるほどの威力?・・・馬鹿も休み休み言え。大方不摂生だったのだろう」
となった。
あれから、私はリビア様に指導をうけつつ反省文を書いている。
「まあ、マリナ様、文才ありすぎですわ。カタルシスを感じさせますわ。反省文にはなりませんわ」
「あら、本当だわ」
「炎上案件になるの~」
「ワン!ワン!ワン!」
「ニャー!ニャー!」
婚約は解消になり。私には成金の家門から釣書が殺到しているが・・・
リビア様の親戚の方を探してもらうようにお願いをした。
その後、二人の近況を耳にしたわ。
「え、エミリー様、パウラ様と結婚されましたの?」
と報告を受けた。
パウラ様は・・・妊娠されたのかしらね。これは噂だわ。
パウラ様は侯爵家の愛人の子・・・
出版社に出入りするリビア様が教えてくれたわ。
「そうよ。二人でね。真実の愛をテーマにした本を出版したわ・・・婚約者が悪役になる本が既に出版されているわ。これはマリナ様のことでは・・」
すると、猫を抱っこし、犬に前足をかけられているメアリー様が。
「大丈夫なの~、逆ならいいの~、婚約破棄された令嬢が真実の愛の相手に巡り会う話なら受けるの~、でも、逆は無理なの~、正当性がないの~、ヒットしてもせいぜいなの~、南部版アンク『ワン!ワン!』の小屋なの~。奴隷推奨の小説みたいなの~、不倫をしたがる人にしか受けないの~」
「まあ、そうなの~」
しかし、メアリー師のいう通りにはならなかった。スマッシュヒットも飛ばせなかったわ。
あっという間に倒産して、二人は行方不明だ。
私はビンタの練習を減らしたわ。毎日、一時間する程度だわ。何故なら婚約者が出来て心が満たされてきたからだわ。
リビア様の遠い親戚で同じく領地経営をされる家門だわ。
彼にハンカチをプレゼントした。
「やあ、マリナ嬢、ハンカチを有難う。大事にするよ・・・手が荒れている。そこまでやってくれるとは・・・」
「オホホホホ、ビンタの練習ですわ」
「ビンタ?」
最近、ビンタの必要はない。しかし、メアリー師との思い出だわ。
必要な令嬢がいたら教えて差し上げようと思いますの。
最後までお読み頂き有難うございました。