表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/39

第八章「王都からの視察官〜迫り来る出世と揺れる心〜」

「ラヴィル!大変です!」


朝一番、ギルドに到着したラヴィルを、アイリスが慌てた様子で出迎えた。いつもの落ち着いた秘書の表情が崩れている。


「どうしたんですか?」


「王都から視察官が来るんです!しかも、あなたの働き方改革を視察するために!」


その知らせに、ラヴィルは一瞬息を飲んだ。彼の改革がここまで注目されるとは思っていなかった。


「いつ来るんですか?」


「今日の午後です。準備する時間がほとんどありません」


アイリスの声には焦りが混じっていた。彼女は書類の束を抱え、髪も少し乱れている。寝不足だったのだろう。


「アイリス、少し落ち着いて。まずは何から始めればいいか、一緒に考えましょう」


ラヴィルが静かに言うと、アイリスは深呼吸して頷いた。


「ありがとう。あなたがいると安心します」


その言葉に、ラヴィルは少し照れながらも、前世での経験を活かして準備の段取りを組み始めた。



正午過ぎ、ギルドホールは緊張感に包まれていた。レオンとヴァイスも早めに到着し、ラヴィルとともに最終確認を行っていた。


「資料は問題ない。数字も正確だ」


ヴァイスが厳格な表情で頷いた。レオンも珍しく真面目な顔で書類に目を通している。


「説明役は私たちでいいのか?ラヴィルが中心ではないのか?」


レオンの質問に、ラヴィルは首を振った。


「いいえ、これはチーム全体の成果です。私だけの功績ではありません」


その返答に、二人は感心したように視線を交わした。


「謙虚だな」ヴァイスがつぶやいた。


「でも、王都からの視察官が君に興味を持っているのは確かだぞ」レオンが補足した。「魔法院からの再度の誘いがあるかもしれない」


その言葉に、ラヴィルは複雑な思いを抱いた。前世でも、実績を上げれば上げるほど、より大きな責任が彼にのしかかってきた。最終的には過労死という結末を迎えた。この世界でも同じ道をたどることになるのだろうか。


「来ました!」


アイリスの声で、全員の視線が入口に向けられた。


そこには、王都の正装である紫のローブを身にまとった二人の人物が立っていた。一人は四十代と思われる厳格な表情の男性。もう一人は驚くべきことに、二十代前半の若い女性だった。


「クラウンフォード魔法ギルドの皆様、お招きいただきありがとうございます」


男性が一歩前に出て挨拶した。


「私はエドガー・グランツ、王立魔法院視察部長です。そしてこちらは...」


「リリア・ファンタスミア、魔法院特別研究員です」


女性が自己紹介した。彼女は黒い長髪と深紅の瞳を持ち、知的な美しさを漂わせていた。その視線がラヴィルに向けられる。


「あなたがラヴィル・マイヤーさんですね。お会いできて光栄です」


彼女の声には、どこか懐かしさを感じさせるものがあった。まるで前世から知っている人物のような不思議な親近感。


「こちらこそ」


ラヴィルが応えると、リリアは微笑んだ。その笑顔に、アイリスが少し眉をひそめるのが見えた。



視察は予想以上に詳細なものだった。エドガーとリリアは改革の内容、実施方法、成果について細かく質問し、ギルド内も隅々まで見て回った。


「魔力モニタリングシステムは素晴らしいアイデアですね」


リリアがラヴィルの考案した装置を見ながら言った。職人たちの魔力消費を監視し、限界に近づくと警告を発するシステムだ。


「ありがとうございます。過労による魔力枯渇を防ぐために開発しました」


「これを王都全体に導入できれば、魔力過労死はかなり減らせるでしょうね」


リリアの言葉に、ラヴィルは前世の過労死対策を思い出した。この世界でも、同じ問題に取り組めるとは。


視察の合間、エドガーがラヴィルを個室に呼び出した。


「正直に言おう。我々はあなたに興味を持っている」


彼の言葉は率直だった。


「あなたの才能は王都で必要とされている。魔法院特別顧問として招聘したい」


予想はしていたが、実際に言われると重みが違った。


「光栄な話ですが...」


「返事は今すぐでなくていい。一週間考えてほしい」


エドガーは名刺を差し出した。その背後でリリアが微笑んでいる。


「王都ではリリアがあなたの担当になる。彼女は特別研究員だが、あなたの研究に非常に興味を持っている」


リリアが一歩前に出て、ラヴィルの手を取った。


「ぜひ王都で一緒に研究しましょう。あなたのアイデアは革命的です」


その熱意に、ラヴィルは言葉を失った。



視察団が帰った後、ギルドには興奮と緊張が残った。


「すごいじゃないか!特別顧問だって!」


レオンは興奮した様子でラヴィルの肩を叩いた。


「名誉ある話だ」


ヴァイスも珍しく率直な賛辞を送った。


しかし、アイリスだけは複雑な表情をしていた。


「行くんですか?王都へ」


彼女の声には不安が混じっていた。


「まだ決めていません」


ラヴィルは正直に答えた。確かに誘いは魅力的だった。より大きな舞台で自分の能力を発揮できるかもしれない。しかし前世では、出世の階段を上るほどに自由を失っていった。


「リリアさんという方、とても美しい方でしたね」


アイリスの言葉には、わずかな嫉妬心が滲んでいた。


「そうですね...でも、僕はまだここでやるべきことがあると思います」


その返答に、アイリスの表情が少し明るくなった。



夕方、ラヴィルは一人で市場の小さなカフェに座っていた。提案を検討するための静かな場所が必要だった。


「考え事?」


突然、レオンが現れ、向かいの席に座った。


「ええ、少し」


「王都の誘いを受けるべきだと思うよ。君の才能なら、もっと大きな影響を与えられる」


レオンの言葉は真摯だった。彼の目には純粋な応援の気持ちが見えた。


「でも、王都での生活は忙しいだろうし...」


「心配しているのか?」レオンが笑った。「君なら大丈夫だよ。それに...」


彼は少し恥ずかしそうに続けた。


「僕も王都に研究拠点を持っているんだ。定期的に通っている。だから、会えなくなるわけじゃない」


その言葉に、ラヴィルは少し驚いた。レオンがここまで自分との関係を気にしているとは思わなかった。


「ありがとう、レオン」


「いいさ。それに...」レオンはさらに声を落とした。「アイリスが寂しがっているのは分かるけど、リリアもなかなか魅力的だったな」


ラヴィルは思わず赤面した。


「そんなつもりは...」


「冗談だよ」レオンは笑ったが、その目は真剣だった。「でも、君の決断を支持するよ。何を選んでも」



次の朝、ギルドに向かう途中、ラヴィルはヴァイスと出くわした。


「おはよう、ラヴィル」


普段は厳格なヴァイスが、珍しく柔らかい表情で挨拶した。


「おはよう、ヴァイス先生」


「王都の話、考えているようだな」


「はい...」


ヴァイスは少し歩調を緩めて言った。


「私も若い頃、同じような誘いを受けた。だが、断った」


「なぜですか?」


「自分の道を歩みたかったからだ。王都では確かに名声も地位も得られるだろう。しかし、自由は失う」


ヴァイスの言葉は重みがあった。


「でも、君の場合は違うかもしれない。君には強さがある。自分を見失わない強さが」


その言葉は前世では聞けなかった評価だった。


「ありがとうございます」


「それに...」ヴァイスは少し照れたように咳払いをした。「もし王都に行っても、ここは君の帰る場所だ。覚えておいてくれ」


これほど感情的な言葉をヴァイスから聞くのは初めてだった。



ギルドに着くと、アイリスが待っていた。いつもより少し着飾っているようだ。


「おはよう、ラヴィル」


「おはよう、アイリス」


「今日の昼休み、時間ありますか?」


「ええ、あります」


「では、市場の新しいレストランでランチを...」


彼女の招待に、ラヴィルは笑顔で頷いた。この世界での人間関係は、前世とは違って温かいものだった。


視察から三日目。ラヴィルの決断はまだ定まっていなかった。王都に行くべきか、ここに残るべきか。


どちらを選んでも、前世のような孤独な戦いにはならないだろう。レオン、ヴァイス、そしてアイリス。彼らがいる。


さらにはリリアという新たな縁も。


この世界での彼の物語は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ