第四章「初めての手伝い〜効率化したら褒められた件について〜」
「ラヴィル、今日は収穫を手伝ってくれるか?」
朝食の席で、ガレスがラヴィルに声をかけた。学び舎が休みの日、八歳になったラヴィルは嬉しそうに頷いた。
「うん、手伝うよ!」
前世では「手伝い」と言えば、追加の仕事を意味していた。休日出勤の美名。しかし、この世界での家族の手伝いは違う。純粋に協力するという意味だ。
「じゃあ、まずは畑に行こう」
ガレスに連れられて家の裏手にある畑へ。秋の陽光が麦畑を黄金色に染め上げていた。
「あれが私たちの麦畑よ」
アイラも後から合流し、三人で畑に向かう。途中、他の村人たちとすれ違うと、皆が笑顔で挨拶をした。
「おはよう、ガレス!今年も豊作か?」 「アイラ、息子さんも手伝うのか。いい子だな!」
村全体が、一つの大きな家族のようだった。前世の会社では、部署同士の壁が厚く、挨拶すら交わさない同僚も珍しくなかった。
*
「さて、収穫の仕方を教えよう」
ガレスは鎌を持ち、麦を刈る方法を実演してみせた。
「こうやって根元から刈り、束ねて干す。簡単だろう?」
ラヴィルは小さな鎌を受け取り、真似てみた。鎌は思ったより重く、最初は扱いづらかった。
「うーん、難しい...」
「コツをつかめば大丈夫だ。ほら、こうやって」
ガレスが優しく手を添えて教える。前世の上司なら「見て覚えろ」と言うだけだったが、父親は根気強く教えてくれた。
一時間ほど作業を続けると、ラヴィルの額から汗が流れ落ちた。腕も少し痛くなっている。
「休憩しよう」
アイラが水筒と軽食を持ってきてくれた。三人で木陰に座り、一息ついた。
「疲れたか?」
ガレスが尋ねる。ラヴィルは首を振った。
「ううん、まだ大丈夫」
前世では「疲れた」と言えば弱音を吐くことと同義だった。しかし、ガレスは息子の様子をじっと見て、頭を撫でた。
「無理しなくていいんだぞ。初めての収穫だからな」
その言葉に、ラヴィルは少し驚いた。前世では「初めてだから」という言い訳は通用しなかった。
*
休憩後、再び作業に戻ったラヴィルは、徐々に作業のリズムをつかみ始めた。しかし、広い畑を見渡すと、まだまだ終わりが見えない。
「このペースだと、何日かかるんだろう...」
前世のプロジェクト管理の習慣で、つい作業量と時間を計算してしまう。そして、もっと効率よくできないかと考え始めた。
「パパ、この作業、もっと早くできないかな?」
「ん?どうしてもっと早く終わらせたいんだ?」
「いや、ただ...もっとうまくできる方法があるかなって」
ガレスは少し考えてから答えた。
「そうだな。実は魔法を使えば早くできるんだが、魔力を使いすぎると体に負担がかかる。だから、伝統的な方法を大事にしているんだ」
ラヴィルは黙って考え込んだ。前世でも「効率化」と「健康」はトレードオフだった。しかし...
「少しだけ魔法を使って、体への負担を減らすことはできないかな?」
「どういうことだ?」
「例えば...」
ラヴィルは学び舎で学んだ魔力計算を思い出しながら説明した。
「鎌に少しだけ魔力を通して、切れ味を良くする。そうすれば、力をあまり使わなくても麦が刈れるんじゃないかな」
ガレスは驚いた表情で息子を見つめた。
「なるほど...試してみるか」
ガレスは自分の鎌に手を当て、軽く魔力を流した。鎌の刃が薄く光る。
「おお!」
一振りするだけで、麦が簡単に刈れた。しかも、使う魔力は最小限だ。
「これなら疲れないし、魔力もあまり使わない」
ラヴィルも自分の小さな鎌で同じことを試してみた。確かに、力をあまり入れなくても刈れるようになった。
*
昼過ぎ、村の他の農家も畑に来ていた。ガレスの隣の畑で働いていたマルコが、彼らの作業ぶりを見て驚いた声を上げた。
「おい、ガレス!随分と進んでるじゃないか!何か特別なことをしているのか?」
ガレスは誇らしげにラヴィルを指さした。
「息子のアイデアでね。鎌に少しだけ魔力を通すんだ。力もあまり使わないし、魔力の消費も最小限で済む」
マルコは興味深そうに近づいてきた。
「見せてくれないか?」
ラヴィルは少し緊張しながらも、魔力の使い方を説明した。学び舎で学んだ魔力計算を応用して、最適な魔力量も教えた。
「こんなに小さな子が...すごいな!」
マルコは感心した様子で、自分の鎌でも試してみた。
「これは...便利だ!他の村人にも教えたいんだが、いいかな?」
ガレスはラヴィルを見た。
「どうだ?村のみんなに教えてみるか?」
ラヴィルは少し考えた。前世では、効率化のアイデアは自分の評価を上げるために秘密にすることもあった。競争社会の悪しき習慣だ。
「うん、みんなに教えよう!」
*
夕方までに、ラヴィルのアイデアは村中に広まっていた。多くの農家が彼のやり方を試し、作業効率が格段に上がったと喜んでいた。
「これなら、例年より早く収穫が終わりそうだ」 「体への負担も減るしな」 「ラヴィルは天才だ!」
村人たちの称賛に、ラヴィルは複雑な気持ちになった。前世でも「効率化の天才」と呼ばれ、次々と仕事を任されたことがあった。その結果は...過労死だ。
夕食の席で、ガレスがラヴィルの肩をポンと叩いた。
「今日は大活躍だったな。村のみんなが助かったよ」
「本当にありがとう、ラヴィル」
アイラも嬉しそうに微笑んだ。
「でも...」
ラヴィルは不安な気持ちを隠せなかった。
「これで、僕にもっと仕事が増えたりしないかな」
言葉にしてから、自分でも驚いた。前世のトラウマが、つい口をついて出てしまった。
両親は不思議そうな顔で息子を見つめた。
「どうしてそう思うんだ?」
ガレスの問いに、ラヴィルは言葉を選びながら答えた。
「だって...できる人には、もっとたくさんの仕事が来るでしょ?」
アイラとガレスは顔を見合わせ、そして優しく笑った。
「ラヴィル、この村ではね、誰かが良いアイデアを出したら、みんなで分かち合うの。それで一人一人の負担が減るんだよ」
ガレスが続けた。
「今日のおかげで、収穫が早く終われば、みんなでもっとゆっくり休める。君にもっと仕事をさせるためじゃない」
その言葉に、ラヴィルの目に涙が浮かんだ。
「本当に...?」
「もちろんよ。効率化は、もっと働くためじゃなく、より良く休むため。これが私たちの村の考え方よ」
アイラの言葉は、前世では決して聞けなかったものだった。
*
その夜、ベッドに横たわりながら、ラヴィルは窓から見える星空を眺めていた。
前世では、効率化は常に「もっと働くため」だった。生産性を上げれば、さらに多くの仕事が押し寄せてきた。
でも、この世界は違う。効率化は「より良く休むため」。
「前世とは違うんだ...」
小さなつぶやきに、自分自身が答える。
「でも、いつかもっと大きな世界に出たとき、同じように考えてくれる人ばかりじゃないかもしれない」
それでも今は、村という小さな世界で、正しい効率化の意味を学べたことに感謝しよう。
ラヴィルは両手を胸の上で組み、静かに微笑んだ。
今日一日、汗を流して働いた充実感。
そして明日は、早く終わった分、少し長めに休める喜び。
前世では決して味わえなかった、健全な労働と休息のバランス。
「この感覚、忘れないようにしよう」
そう心に誓いながら、ラヴィルは穏やかな眠りに落ちていった。