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第三章「村の学び舎〜異世界の算数は魔力計算から始まる〜」

「今日から学び舎に通うのよ、ラヴィル」


六歳の誕生日を迎えたラヴィルは、アイラに手を引かれながら村の中心部へと向かっていた。小さな背中には木製の筆記板と石筆が入った袋。


「勉強か...」


前世では学生時代から就職活動、社会人になっても終わりのない研修と資格取得。常に何かを学び続けることが求められた世界だった。この異世界でも、また同じなのだろうか。


村の広場の隣に建つ石造りの建物が学び舎だった。屋根には風車のような装置があり、ゆっくりと回っている。


「あれは魔力収集機ね。子供たちが出す余剰な魔力を集めて、灯りなどに使うのよ」


アイラが説明した。ラヴィルは感心した。子供のエネルギーを無駄にしないという発想は面白い。前世の会社でも、若手社員のエネルギーを活かすというより、ただ消費するだけだった。


中に入ると、すでに十数人の子供たちが木製の机に向かって座っていた。先生らしき女性が前に立ち、ラヴィルの到着に気づいて笑顔で迎えた。


「あら、新しい生徒さんね。ラヴィル君かい?」


「はい」


「私はマリア先生よ。さあ、あそこの席に座りなさい」


ラヴィルは指示された席に向かう。周囲の子供たちが好奇心いっぱいの目で見つめていた。


「じゃあ、始めましょうか。まずは朝の魔力調整から」


マリア先生が手を広げると、教室全体が柔らかい光に包まれた。


「さあ、みんな。目を閉じて、自分の中の魔力を感じてごらん。そして、ゆっくりと息を吐きながら、この光の中に流してごらん」


子供たちは目を閉じ、深呼吸を始めた。ラヴィルも真似てみる。すると、体の中から何かが湧き上がるような感覚があった。前世では決して味わえなかった感覚だ。


「そう、上手よ。魔力を溜め込みすぎると体に負担がかかるから、毎朝こうして調整するの」


マリア先生の声が優しく響く。ラヴィルは驚いた。前世では「頑張れ」「もっと成果を」と常に求められたが、ここでは「溜め込みすぎるな」と言われる。なんという違いだろう。



「次は魔力計算の時間です」


マリア先生が黒板に不思議な記号を書き始めた。数字のようでもあり、魔法の印のようでもある。


「魔法を使うとき、どれだけの魔力が必要か計算できないと、使いすぎて倒れてしまうことがあります。だから、魔力計算はとても大切な勉強なのよ」


ラヴィルは熱心にメモを取った。計算式は複雑だが、前世で扱った表計算ソフトの数式に似ている部分もある。


「例えば、水1リットルを凍らせるには、魔力単位で5点必要です。では、10リットルでは?」


「50点です」


ラヴィルが即答した。


「正解!素晴らしい」


マリア先生が褒めるが、周囲の子供たちはまだ指を使って計算している最中だった。


「でも先生、それって水の温度によって変わりませんか?熱いお湯なら、もっと魔力が必要ですよね?」


教室が静まり返った。先生は驚いた表情でラヴィルを見つめた。


「...その通りよ、ラヴィル君。実はそれは上級クラスで習うことなんだけど」


前世の物理学の知識が役に立った。ラヴィルは少し照れたが、内心では嬉しかった。この世界でも、前世の知識は無駄ではないのだ。



休憩時間、校庭で遊ぶ子供たち。ラヴィルはまだ馴染めず、一人で木の下に座っていた。


「ねえ、さっきはすごかったね」


一人の少年が近づいてきた。クラスメイトのトムだ。


「いや、ただの計算だよ」


「でも、先生も驚いてたよ。君、特別な才能があるんじゃない?」


特別—その言葉にラヴィルは複雑な気持ちになった。前世でも「特別な才能」と言われ、どんどん仕事を任され、最後は過労死した。


「別に。ただ...ちょっと考えただけ」


「僕、計算苦手なんだ。教えてくれない?」


トムの素直な頼みに、ラヴィルは少し考えた。前世では同僚に教えると「自分の仕事をしろ」と上司に怒られたこともあった。


「いいよ。でも、教え方が下手かもしれないけど」


「ありがとう!」


トムの笑顔に、ラヴィルも自然と微笑んだ。知識を共有する喜び—前世では忘れていた感覚だった。



「ラヴィル君、ちょっといいかな?」


放課後、マリア先生に呼び止められた。


「はい、先生」


「今日の授業での質問、とても鋭かったわ。どうしてそんなことを思いついたの?」


ラヴィルは言葉を選びながら答えた。


「家で水を凍らせる手伝いをしていて、お湯だと時間がかかることに気づいたんです」


嘘ではない。ただ、前世の知識があったからこそ、理由が分かっただけだ。


「なるほど。観察力があるのね」


マリア先生は微笑んだ。


「実は、あなたのような子は珍しいの。魔力の才能もあるし、頭の回転も速い。王都の魔法院なら、きっと特別扱いされるわ」


ラヴィルは緊張した。特別扱い—それは前世での悪夢の始まりだった。


「でも、私はね、特別な才能を持つ子こそ、普通の生活も大切にしてほしいと思うの」


マリア先生の言葉に、ラヴィルは驚いた。


「先生の兄も、魔力の才能があって、王都に行ったの。でも、使いすぎて若くして倒れてしまった」


「魔力の...過労死...」


思わず口にした言葉に、マリア先生は悲しげに頷いた。


「そうね。だから、ラヴィル君。才能があっても、ゆっくり成長してね。急がなくていいの」


「はい、先生」


ラヴィルは心から感謝した。この世界にも理解者がいる。前世では上司から「君は優秀だから」と言われるたびに、仕事が増えていった。



帰り道、ラヴィルは初日の学びを振り返っていた。


「魔力計算か...」


前世の表計算ソフトで毎日のように残業時間や売上予測を計算していたことを思い出す。あの頃は、数字の奴隷だった。


でも、この世界での計算は違う。自分の体を守るための計算。使いすぎない、無理をしないための知恵。


「ねえ、ラヴィル!」


後ろからトムが駆けてきた。


「一緒に帰ろうよ。あと、明日も計算教えてくれる?」


「うん、いいよ」


二人で歩きながら、ラヴィルは思った。


前世では知識は競争のため、出世のために使った。でも、この世界では、共有するため、助け合うために使える。


空を見上げると、夕日が優しく照らしていた。明日からも、学び舎での日々が続く。でも今度は、知識を溜め込むのではなく、分かち合う喜びを大切にしよう。


それが、前世では決してできなかったことだから。

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