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第二章「三歳の反抗期〜魔法で溢れる日常と労働観の芽生え〜」

「やだ!やりたくない!」


三歳になったラヴィルは、小さな腕を組んで床に座り込んでいた。目の前には散らかったおもちゃの山。アイラは優しくも疲れた表情で息子を見つめている。


「ラヴィル、遊んだ後はお片付けでしょう。約束よ」


「やーだ!」


典型的な三歳児の反抗期。しかし、ラヴィルの場合は少し複雑だった。表面上は普通の幼児の駄々こねだが、内心では前世の記憶と幼児の感情が入り混じり、葛藤していた。


「なんでこんなくだらないことで反抗してるんだ、俺は...」


前世の大人の思考と、幼い体の感情のギャップ。理性では理解していても、三歳の体は素直に従わない。


「片付けなきゃダメよ」


アイラが諭すように言うと、ラヴィルは思わず前世の記憶が口をついて出た。


「残業代でないのに、なんで無償労働しなきゃいけないの?」


一瞬の静寂。


「ら...ラヴィル?今何て言ったの?」


アイラは目を丸くして息子を見つめた。三歳児が「残業代」などという言葉を知るはずがない。


「あ...」


失言に気づいたラヴィルは慌てたが、既に遅かった。


「なんでもない!片付ける!」


急いでおもちゃを箱に入れ始める。アイラは不思議そうな表情で見ていたが、やがて微笑んだ。


「ありがとう。いい子ね」



「ラヴィル、水を汲んできてくれるか?」


ガレスが畑仕事の合間に声をかけた。夏の日差しが強く、額には汗が滲んでいる。


「はーい!」


ラヴィルは小さな水桶を持って井戸へ向かった。三歳半になった今、村の中の簡単な用事は一人でこなせるようになっていた。


井戸に到着すると、つるべを下ろして水を汲み上げる。しかし小さな体では重くて上げるのが大変だ。


「くっ...重い...」


苦労しながらつるべを引き上げていると、ふと思いついた。前世では無理な仕事を引き受けては、自分を追い込んでいた。でも、この世界では...


「魔法、使ってみよう」


ラヴィルは小さな手をつるべに向け、集中した。指先から青白い光が漏れ、つるべの水の表面が凍り始めた。


「よし...」


水の一部を氷に変えることで、体積を増やし、水面を上昇させる。物理の基本原理と魔法を組み合わせたアイデアだ。


つるべの中の水が上昇し、簡単に汲めるようになった。


「やった!」


小さな成功に、ラヴィルは嬉しくなった。前世では効率化のアイデアを出しても、「前例がない」と却下されることが多かった。でも、この世界では自分の考えをすぐに試せる。


水桶に水を移し、ガレスのもとへ戻る。


「早かったな。さすが俺の息子だ」


ガレスは笑いながら水を飲んだ。


「魔法を使ったの?」


「うん、ちょっとだけ」


「そうか。魔法は便利だが、使いすぎると体に負担がかかる。適度に使うんだぞ」


ガレスの言葉に、ラヴィルは思わず前世を思い出した。


「適度に...か」


残業を重ね、体を壊し、ついには命を落とした前世。無理をせず、適度に働く。当たり前のようで、守れなかった教訓。


「わかった、パパ。魔法も適度に使う」


ラヴィルは真剣な表情で頷いた。ガレスは息子の妙に大人びた反応に首を傾げたが、頭を撫でて微笑んだ。



村の広場で遊ぶ子供たち。ラヴィルも他の子供たちと一緒に鬼ごっこをしていた。


「ラヴィルが鬼だ!つかまえてごらん!」


リーダー格の少年が叫ぶ。ラヴィルは笑顔で追いかけ始めた。


体は小さいが、前世の経験から戦略的に動く。広場の角を利用して子供たちを追い詰めていく。


「あっ!」


一人の少女が転んでしまった。膝から血が滲んでいる。


「大丈夫?」


ラヴィルが駆け寄ると、少女は泣きそうな顔で頷いた。前世では同僚がトラブルに遭っても、自分の仕事に追われて助ける余裕すらなかった。


「ちょっと冷やそう」


小さな手を傷に近づけ、ほんの少しだけ魔力を放出する。軽い冷気が傷を包み、少女の表情が和らいだ。


「すごい!痛くなくなった!」


他の子供たちも集まってきて、ラヴィルの魔法に驚いていた。


「ラヴィルはもう魔法が使えるの?」 「すごいなあ!」 「僕もやってみたい!」


子供たちの歓声の中、ラヴィルは複雑な気持ちになった。前世では残業をこなせば「すごい」と言われ、無理をすればするほど評価された。それが自分を死に追いやった。


この世界でも、特別な能力を持つことは「すごい」と言われる。でも、その先にまた同じ道が待っているのだろうか。



夕暮れ時、家の前の小さなベンチに座るアイラとガレス。ラヴィルも二人の間に座り、夕焼けを眺めていた。


「今日もよく働いたな」


ガレスが疲れた表情で言った。


「収穫は上々だったわね」


アイラも微笑む。


「パパとママは毎日働いて偉いね」


ラヴィルの言葉に、二人は笑った。


「働くのは当たり前さ。でも、働きすぎはよくない」


ガレスが言った。


「休むときはしっかり休む。それが長く働くコツだよ」


前世では聞いたことのない言葉。会社では「休むと迷惑がかかる」「みんな頑張っているのに」と、無理をするのが美徳とされていた。


「休むのも...大事なんだね」


「もちろんよ。ラヴィルも魔法の才能があるけど、使いすぎないでね」


アイラが優しく言った。


ラヴィルは小さく頷いた。三歳の今は遊びが中心の日々だが、いずれ自分も働く年齢になる。その時、前世の過ちを繰り返さないために、今から正しい労働観を持とう。


「パパ、ママ、約束する。僕、ちゃんと休みながら働くよ」


両親は息子の妙に大人びた発言に首を傾げたが、優しく微笑んだ。


夕日が山の向こうに沈む。新しい日々が、ゆっくりと、しかし確実に始まっていた。

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