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日常編「選択の日〜四人の心と一つの決意〜」

クラウンフォードに戻って三日目の朝、ラヴィルは早くから起きていた。太陽がようやく顔を出し始めた頃、彼はフェルド師匠の工房の屋上に立ち、朝焼けを眺めていた。


「今日が決断の日か...」


自分自身に言い聞かせるように、彼は小さくつぶやいた。王都から戻った翌日、彼はアイリス、リリア、そしてルナに手紙を送り、今日の午後、ギルドの裏手にある小さな庭園で会う約束をしていた。


「悩んでいるのか?」


背後から声がした。振り返ると、フェルド師匠が朝食用のパンとチーズを持って立っていた。


「ああ、師匠...」


「食べろ。考え事は満腹の状態でするものだ」


フェルドは朝食を差し出した。ラヴィルは感謝して受け取り、二人は静かに朝の空気を楽しみながら食事をした。


「恋愛の悩みか?」


フェルドが突然尋ねた。ラヴィルは思わずパンを喉に詰まらせた。


「どうして...?」


「職人は弟子の心の動きに敏感なものだ」フェルドは微笑んだ。「それに、三人の美しい女性から同じ日に手紙が届くのは珍しいからな」


ラヴィルは赤面した。師匠の洞察力は相変わらず鋭かった。


「実は...三人とも大切な存在なんです。でも、このままあいまいな関係を続けるわけにもいかなくて...」


フェルドは理解を示すように頷いた。


「前世では、こんな悩みを抱える余裕もなかった」ラヴィルは続けた。「仕事に追われる毎日で、真剣な恋愛関係を築くことすらできなかった」


「だからこそ、今度は違う人生を歩むべきだな」


フェルドの言葉は国王のアドバイスと重なった。


「でも、どうすれば...」


「心に正直になるんだ」フェルドは真剣な表情で言った。「仕事も大切だが、自分の幸せも同じく重要だ。それこそが、前世と今世の違いだろう?」


ラヴィルは深く考え込んだ。確かに、彼は「魔力過労防止」と「魔力循環ネットワーク」の実現に全力を注いできた。それは前世の反動もあった。しかし今、彼の前に新たな幸福の可能性が広がっている。


「ありがとう、師匠」


彼は心からの感謝を込めて言った。



午後、ラヴィルはギルドの裏庭で約束の時間を待っていた。石のベンチに腰掛け、手には小さな魔力結晶を握りしめている。それは彼が作った特別なもので、今日の決断の象徴だった。


最初に現れたのはアイリスだった。いつもの秘書服ではなく、シンプルながらも上品な青いワンピースに身を包んでいる。


「ラヴィル...」


彼女は少し緊張した様子で近づいてきた。銀色の髪が風に揺れ、青い瞳には期待と不安が混じっていた。


「アイリス、来てくれてありがとう」


彼が立ち上がると、二人目の来訪者が姿を現した。リリアだった。彼女も普段の魔法院の制服ではなく、深紅のドレスを着ていた。黒髪が優雅に肩に流れ落ち、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「お待たせしたわね」


リリアの声は冷静を装っていたが、わずかな緊張が感じられた。


そして最後に、青い光に包まれてルナが現れた。妖精族の彼女は人間サイズに変身する魔法を使っていた。淡い緑のドレスに身を包み、透き通る翼を背中に軽く折りたたんでいる。


「みんな...来てくれたのね」


ルナの声は小さかったが、優しい微笑みが広がっていた。


四人は静かに庭の中央に集まった。春の陽光が彼らを優しく照らし、木々のざわめきだけが静寂を破っていた。


「ありがとう、みんな来てくれて」


ラヴィルは深呼吸をして口を開いた。


「正直に言うと、こんな状況は前世では想像もできなかった。過労死する直前まで仕事に追われ、真剣な人間関係を築く余裕もなかった」


三人の女性たちは静かに聞き入っていた。


「この世界に来て、種族を超えた改革に取り組む中で、あなたたち三人と出会った。それぞれが私の人生に大きな影響を与えてくれた」


彼は一人一人に視線を向けた。


「アイリス、君は最初に私を信じてくれた。クラウンフォードギルドで孤独だった私に、温かい居場所を作ってくれた」


アイリスの目に涙が光った。


「リリア、君は私の知的好奇心を刺激し、魔法理論の探求に導いてくれた。王立魔法院との架け橋となり、改革の実現を支えてくれた」


リリアはわずかに頬を赤らめた。


「ルナ、君は私の前世の記憶を最初に理解してくれた。魂の傷を癒し、新しい自分を受け入れる勇気をくれた」


ルナは小さく頷き、翼が微かに輝いた。


「三人とも、それぞれ違う形で私を支え、導いてくれた。だから...」


ラヴィルは言葉を選びながら続けた。


「だから、選ぶことができなかった。三人とも大切で、どの絆も失いたくなかった」


場の空気が張り詰めた。


「でも、このままあいまいな関係を続けるのは、誰にとっても幸せではない。だから...」


彼は手の中の魔力結晶を開いた。それは美しく輝き、三色の光が交わっていた。銀色、深紅、そして翡翠色—三人の象徴だった。


「私は決断した」


三人は息を飲んで彼の言葉を待った。


「私は...三人全員を選びたい」


予想外の言葉に、女性たちは驚いた表情を見せた。


「どういう意味...?」アイリスが小声で尋ねた。


ラヴィルは真剣な表情で説明した。


「この世界には様々な種族がいて、それぞれ異なる文化や価値観を持っている。人間の一対一の結婚観だけが唯一の形ではない」


彼は続けた。


「エルフは長寿のため、複数のパートナーと長い時間をかけて絆を育むこともある。ドワーフは家族単位での強い結束を重視する。獣人は集団での絆を大切にする」


ルナが小さく頷いた。


「妖精族も、魂の繋がりを重視するわ。形式よりも本質が大切」


「だから私は提案したい」ラヴィルは決意を込めて言った。「種族の壁を超えた新しい形の絆を。三人とそれぞれ特別な関係を築きながらも、お互いを尊重し合う関係を」


アイリスは驚きながらも考え込んだ。


「確かに...私はラヴィルが好き。でも、リリアもルナも素敵な人たちだと思っている。敵対するよりも...」


リリアも冷静に分析した。


「種族間の文化の違いを考えれば、論理的には可能ね。私も二人のことは尊敬しているわ」


ルナは優しく微笑んだ。


「妖精族は魂の繋がりを最も大切にするわ。形よりも中身。私は賛成よ」


しかし、まだ不安は残っていた。


「でも、本当にうまくいくの?」アイリスが心配そうに尋ねた。「嫉妬や誤解が...」


「完璧ではないだろう」ラヴィルは正直に答えた。「困難もあるはずだ。でも、私たちは『種族間魔力調和』という前例のない改革に取り組んでいる。私生活でも新しい調和の形を模索してもいいのではないか」


彼は魔力結晶を三つに分け、それぞれに手渡した。


「これは私の気持ちの象徴です。いつでも連絡が取れる通信結晶でもある。三つは常に共鳴し合い、一つが輝けば他も輝く」


三人は結晶を受け取り、その美しさに見入った。


「時間をかけて考えてほしい」ラヴィルは優しく言った。「無理強いはしない。それぞれの気持ちを大切にしたい」


静寂が流れた後、アイリスが最初に口を開いた。


「私...試してみたい。新しい形の関係を」


リリアもゆっくりと頷いた。


「前例のない挑戦ね。でも、私たちの改革そのものがそうだったわ」


ルナも翼を小さく羽ばたかせながら同意した。


「私も。ラヴィルの幸せが一番大事だもの。そして、二人とも友達になれたら嬉しい」


四人の間に新しい絆が生まれる瞬間だった。ラヴィルは深い安堵と共に、心からの幸福感を覚えた。


「ありがとう...本当に」


彼の目に涙が浮かんだ。前世では想像もできなかった幸せが、今、彼の目の前に広がっていた。


四人は庭の木々に囲まれながら、長い時間語り合った。それぞれの思い、希望、そして未来について。太陽が西に傾き始めると、彼らは小さな魔法陣を作り、四人の魔力を混ぜ合わせた。


銀色、深紅、翡翠色、そして青白い光が調和し、美しい光の渦を生み出した。


「これが私たちの絆の象徴」


ラヴィルがそう言うと、光の渦は四つの小さな光の球となり、それぞれの胸元に収まった。


「いつでも繋がっている証」


夕暮れが彼らを優しく包み込む中、四人は新たな一歩を踏み出した。種族の壁を超え、前例のない形の絆を育む旅が、ここから始まるのだった。


過労死した社畜の魂は、異世界で思いもよらぬ幸福を見つけつつあった。

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