第十六章「王宮の陰謀〜広がる支持と深まる絆〜」
青く輝く魔力の光に照らされた大通りを、ラヴィルたちの馬車は進んでいた。王都の中心部、王宮へと続く「魔法大通り」は、王国最高の魔法技術で装飾された壮麗な道だった。
「緊張するわね」
アイリスが窓の外を見ながら言った。彼女は正装に身を包み、髪も特別にセットしていた。
「国王陛下との謁見なんて、夢にも思わなかった」
リリアも同様に正装していたが、彼女はより冷静な様子だった。
「王立魔法院の代表として、何度か陛下にお会いしたことはあるわ。穏やかで聡明な方よ」
ラヴィルは黙って窓の外を眺めていた。彼もフォーマルな装いで、胸には「魔力過労防止令」の功績を称える勲章が輝いていた。
「どうしたんだ?」
アズランが心配そうに尋ねた。龍族の長老も、人間形態に変身して正装していた。
「いや...」ラヴィルは少し照れながら答えた。「前世では平凡な会社員だったのに、今は国王に会うために王宮に向かっている。人生の不思議を感じてね」
アズランは理解を示して頷いた。
「運命とは奇妙なものだ。しかし、すべてには意味がある。貴方が前世で経験した苦しみが、この世界に大きな変化をもたらしている」
王宮に到着すると、彼らはセバスチャン・グレイヴン参議官に出迎えられた。
「ようこそ、魔力改革の英雄たち」
彼は温かく挨拶し、王宮内部へと案内した。天井高く広がる回廊、精緻な魔法装飾が施された壁、魔力の糸で織られた絵画...すべてが圧倒的な美しさと権威を放っていた。
「陛下は大広間でお待ちです。しかし、その前に...」
セバスチャンは声を低めた。
「注意していただきたいことがあります。王宮内にも『古き秩序の守護者』の支持者がいます。特に宰相のレイモンド・ブラックウッド卿は、彼らの中心人物の一人です」
ラヴィルたちは緊張した面持ちで頷いた。
「今日の謁見も、レイモンド卿は快く思っていないでしょう。彼の挑発に乗らないよう、お気をつけください」
大広間の扉が開かれると、そこには王国の高官たちが整列し、中央には王座に座る国王アレクサンダー三世の姿があった。
六十代半ばと思われる国王は、威厳ある風貌ながらも、どこか温かさを感じさせる表情をしていた。彼の隣には、冷たい目をした中年の男性—おそらくレイモンド宰相が立っていた。
「ラヴィル・マイヤー殿、アズラン・スカイクロー殿、そして王立魔法院とクラウンフォードギルドの代表者たち」
国王の声は広間に響き渡った。
「『魔力循環ネットワーク』と『魔力過労防止令』の功績により、王国に大いなる貢献をされました。心より感謝申し上げます」
ラヴィルたちは丁寧に一礼した。
「特に、グリムホールド社の問題を明るみに出したことは、多くの魔力労働者の命を救いました」
国王の言葉に、レイモンド宰相の表情がわずかに曇った。
「陛下」ラヴィルが恭しく言った。「お褒めの言葉、身に余る光栄です。私たちは単に、すべての種族が健やかに働ける世界を目指しているだけです」
国王は温かく微笑んだ。
「その理念に、深く共感します。私も魔力搾取の問題は長年懸念していました」
レイモンド宰相が口を開いた。
「陛下、魔力産業への過度の規制は王国経済に悪影響を及ぼす恐れがあります。グリムホールド社の件も、まだ調査の途中段階です」
その意見に、セバスチャン参議官が反論した。
「証拠は明白です。また、『魔力循環ネットワーク』の初期データを見れば、むしろ経済的にも利益があることが示されています」
議論が始まる中、国王は静かに手を上げた。
「今日はそのような議論の場ではありません。彼らの功績を讃え、今後の協力関係を築く場です」
国王はラヴィルたちに直接語りかけた。
「『魔力循環ネットワーク』の王国全土への拡大を正式に認可します。さらに、『種族間魔力調和評議会』の設立も承認します」
その宣言に広間内からどよめきが起こった。レイモンド宰相の顔が青ざめる中、国王は続けた。
「そして、ラヴィル・マイヤー殿を『王国魔力調和官』に任命します」
予想外の展開に、ラヴィル自身が最も驚いた様子だった。
「陛下、これは...」
「貴方の前世での経験と、この世界での知恵が、私たちの王国に新たな時代をもたらすと信じています」
国王の言葉に、ラヴィルは深く頭を下げた。
「身に余る大役ですが、精一杯努めさせていただきます」
謁見の後、彼らは王宮の庭園に案内された。美しい魔法植物が咲き誇る中、セバスチャン参議官が説明を続けた。
「『王国魔力調和官』は新設の役職です。『魔力循環ネットワーク』と『種族間魔力調和評議会』の統括者として、直接陛下に報告する権限を持ちます」
「これは...想像以上の展開だ」
リリアが驚きを隠せない様子だった。
「それだけ陛下が期待されているということね」アイリスは誇らしげに言った。
しかし、アズランは慎重な表情を浮かべていた。
「権限が大きいほど、敵も増える。レイモンド宰相の表情を見れば明らかだ。彼は『古き秩序の守護者』との繋がりが強い」
ラヴィルも同様の懸念を抱いていた。
「前世でも、改革者は多くの抵抗に遭った。しかし今度は...」
彼は仲間たちを見回した。
「一人じゃない。皆がいる」
*
王宮での滞在は三日間続いた。その間、ラヴィルたちは「種族間魔力調和評議会」の設立準備や、「魔力循環ネットワーク」の全国展開計画について、多くの高官と協議を重ねた。
二日目の夜、彼らは王宮の客室に集まり、今後の戦略を話し合っていた。
「レイモンド宰相の妨害は必至です」
セバスチャンが静かに言った。彼は非公式にラヴィルたちの助言者となっていた。
「彼は魔力資源会社の株を多く持っていると言われています。『魔力循環ネットワーク』が広まれば、彼の財産は大幅に目減りするでしょう」
「金のためか...」レオンが苦々しい表情で言った。
「それだけではない」アズランが補足した。「彼らにとって、魔力は支配の道具だ。魔力を独占することで、種族間の格差を維持し、権力を握り続けてきた」
ラヴィルは窓の外の夜景を見つめながら考え込んでいた。
「前世での『働き方改革』も同じ壁にぶつかった。既得権益を持つ者たちは、変化を恐れる」
「でも、陛下は私たちの味方よ」アイリスが希望を込めて言った。
「それが最大の強みです」セバスチャンが頷いた。「しかし、陛下の健康は万全ではない。レイモンド宰相はそれを利用しようとしています」
その言葉に一同は緊張した表情を見せた。
「どういう意味だ?」レオンが尋ねた。
「陛下は魔力枯渇の症状に悩まされています。年齢的なものもありますが...」
セバスチャンは言葉を選びながら続けた。
「私の調査では、陛下の薬に何かが混入されている可能性があります」
「なんだって!?」アイリスが声を上げた。
「証拠はまだありません。しかし、陛下の容態が悪化すれば、レイモンド宰相の権限が強まります」
この危機的状況に、ラヴィルは思い切った提案をした。
「『魔力循環ネットワーク』を王宮内に設置しましょう」
全員が驚いた顔で彼を見つめた。
「可能なのか?」アズランが尋ねた。
「技術的には可能です」リリアが考え込みながら答えた。「王宮という特殊な場所での設置は前例がないけれど...」
「陛下の魔力回復に役立つかもしれない」ラヴィルは確信を持って言った。「そして、王宮内にネットワークがあれば、不正な魔力操作も検知できるはずだ」
セバスチャンが目を輝かせた。
「素晴らしい案です!陛下に提案してみましょう」
*
三日目、ラヴィルは国王との私的な会談の機会を得た。王宮の小さな書斎で、二人きりで話す貴重な時間だった。
「マイヤー殿、率直に話してほしい」
国王は公式の場よりもリラックスした様子だった。
「『魔力循環ネットワーク』と『種族間調和』が、本当に王国の未来を変えると思うか?」
ラヴィルは真摯に答えた。
「はい、陛下。私は前世で『過労死』という最悪の結末を経験しました。誰もがそのような悲劇に遭わない世界を作ることが、私の使命です」
国王は深く頷いた。
「前世からの記憶...不思議な運命だ。しかし、それが我が国に希望をもたらしている」
彼は窓の外を見やり、少し疲れた表情を見せた。
「私も若い頃は改革を志していた。しかし、権力の壁は厚く...」
ラヴィルは勇気を出して提案した。
「陛下、王宮内に『魔力循環ノード』を設置させていただけないでしょうか」
国王は驚いた様子で彼を見た。
「王宮内に?それは可能なのか?」
「はい。魔力環境を整え、不正な魔力操作も検知できます」
ラヴィルは慎重に言葉を選んだ。
「また、陛下の...魔力回復にも良い効果があるかもしれません」
国王は鋭い目で彼を見つめた。
「私の容態を心配しているようだな」
「はい...」ラヴィルは正直に答えた。「陛下の魔力が不自然に消耗しているという話を耳にしました」
国王はしばらく沈黙した後、静かに言った。
「実はその通りだ。最近、魔力の回復が遅く、常に疲労感がある。医師たちも原因を特定できずにいる」
「『魔力循環ノード』が解決策になるかもしれません」
国王は決断を下した。
「設置を許可しよう。ただし、レイモンド宰相には事前に知らせない。明日、セバスチャンの案内で作業を進めてほしい」
ラヴィルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、陛下」
会談の終わり際、国王は彼を呼び止めた。
「マイヤー殿、もう一つ質問がある」
「はい?」
「幸せか?」
その意外な質問に、ラヴィルは一瞬言葉に詰まった。
「陛下...?」
「貴方は改革に全力を尽くしているが、自身の幸福も大切にしてほしい」国王は優しく微笑んだ。「過労死した前世の反動で、また自分を犠牲にしていないか心配でね」
ラヴィルはその洞察力に驚いた。
「実は...最近そのことを考えています」
彼は少し赤面しながら続けた。
「前世では仕事だけの人生でした。今世では大切な人たちができて...でも、まだ自分の気持ちを整理できていません」
国王は理解を示して頷いた。
「私も若い頃、同じような悩みを抱えた。王としての責任と、一人の人間としての幸福の間で」
彼は静かにアドバイスした。
「改革も大切だが、愛する人と過ごす時間も同じく貴重だ。それを忘れないでほしい」
ラヴィルはその言葉に深く感銘を受けた。
「ありがとうございます、陛下。心に留めておきます」
*
翌日の早朝、ラヴィルたちは秘密裏に王宮内での「魔力循環ノード」設置作業を開始した。セバスチャン参議官の案内で、王宮の中心部にある「魔力の間」と呼ばれる部屋に入った。
「ここは王宮の魔力が集まる場所です」セバスチャンが説明した。「昔は儀式に使われていましたが、今はほとんど使われていません」
天井高く広がる円形の部屋は、魔力の糸が複雑に織りなす模様で装飾されていた。中央には古代の魔法陣が刻まれた台座があった。
「完璧な場所だわ」リリアが専門家の目で部屋を見回した。「ここなら王宮全体に効果が及ぶわ」
作業は慎重に進められた。アズランが龍族の古代知識を活かして魔法陣を調整し、リリアとレオンが技術的な部分を担当。ラヴィルとアイリスは全体の調和を監督した。
「これで王宮内の魔力が浄化され、陛下の容態も改善するはずだ」
アズランが最後の調整を終えて言った。
しかし、その時、予期せぬ来訪者があった。
「何をしている!?」
扉が勢いよく開き、レイモンド宰相が数人の衛兵を引き連れて入ってきた。
「不審な魔法活動を感知した。説明しろ!」
彼の目は怒りに満ちていた。
セバスチャンが前に出た。
「陛下の許可を得た正式な作業です、宰相殿」
「聞いていない。陛下がそのような許可を出したはずがない」
レイモンドの声には明らかな敵意が込められていた。
ラヴィルが冷静に対応した。
「これは『魔力循環ノード』です。王宮内の魔力環境を改善し、不正な魔力操作も検知します」
「不正な魔力操作?」レイモンドの顔が一瞬引きつった。「何を言っているんだ?」
「陛下の魔力が不自然に消耗している件についても調査中です」
その言葉に、宰相の表情が激変した。
「無礼な!そのような憶測を立てるとは!」
彼は衛兵たちに命じた。
「この装置を撤去しろ!そして彼らを拘束せよ!」
緊迫した状況の中、再び扉が開いた。
「それは私が許可しない」
静かだが威厳のある声。国王アレクサンダー三世が入ってきた。
「陛下!」全員が驚いて一礼した。
「レイモンド、この作業は私の直接の許可によるものだ」
国王の声には疑いの余地がなかった。
「陛下、しかし...」
「さらに、私は医師団に私の薬の検査を命じた」国王は冷静に続けた。「興味深い結果が出た。魔力を徐々に消耗させる成分が混入されていたのだ」
レイモンドの顔から血の気が引いた。
「それは...誤解です...」
「証拠は明白だ」国王の声が厳しくなった。「レイモンド・ブラックウッド、貴方を反逆罪で逮捕する」
衛兵たちは躊躇なく向きを変え、宰相を取り囲んだ。レイモンドは抵抗する様子もなく、無言で連行されていった。
「見事な作戦でした」
国王はラヴィルたちに微笑みかけた。
「『魔力循環ノード』の効果を既に感じています。魔力が澄んでいく感覚がある」
ラヴィルは安堵の表情を見せた。
「陛下のご容態が良くなることを願っています」
国王は重々しく頷いた。
「レイモンドの背後には『古き秩序の守護者』のネットワークがある。彼の逮捕は始まりに過ぎない」
「私たちは準備しています」ラヴィルは決意を込めて答えた。
*
その夜、クラウンフォードへの帰路についた馬車の中、一行は静かに今後の展開を語り合っていた。
「レイモンド宰相の逮捕は大きな一歩だ」アズランが分析した。「しかし、『古き秩序の守護者』の本当のリーダーはまだ隠れている」
「彼らの次の動きは何でしょう?」アイリスが不安そうに尋ねた。
「おそらく直接的な攻撃に出るだろう」リリアが厳しい表情で言った。「これまでは政治的な妨害が中心だったが、今後は魔法による破壊工作や、さらには暗殺の可能性もある」
その言葉に、一同は緊張した表情を見せた。
「だからこそ、『種族間魔力調和評議会』の設立を急ぐ必要がある」ラヴィルが言った。「各種族の代表者が集まれば、彼らも簡単には手出しできない」
計画が議論される中、ラヴィルはふと窓の外を見た。夜空には満月が輝いていた。
「アイリス、リリア」
彼は突然声をかけた。
「うん?」二人が同時に答えた。
「王都を離れる前に、ルナにも連絡を取った」
彼は決意を込めて続けた。
「クラウンフォードに戻ったら、三人と真剣に話がしたい。国王陛下の言葉を聞いて...自分の本当の幸せについて考えたんだ」
アイリスとリリアは驚きながらも、嬉しそうに頷いた。
「わかったわ」アイリスが優しく微笑んだ。
「私たちも心の準備ができているわ」リリアも同意した。
アズランとレオンは知らん顔をして窓の外を眺めていたが、二人とも小さな笑みを浮かべていた。
クラウンフォードへの道は、まだ長かった。しかし、ラヴィルの心は以前よりも軽くなっていた。
過労死した前世の経験が、この世界で多くの人々の働き方を変えつつある。そして今、彼自身の人生も、新たな幸福に向かって動き始めていた。
王宮での勝利は、終わりではなく始まりだった。
「魔力循環ネットワーク」と「種族間魔力調和評議会」を通じて、すべての種族が健やかに働ける世界を作る—その使命は、彼の新しい人生の意味そのものだった。
帰途の馬車は、月明かりに照らされながら、静かに夜道を進んでいった。