第十五章「激化する対立〜魔力ブラック企業の実態と告発〜」
「グリムホールド社が第三区画での魔力採掘権を独占?冗談じゃない!」
クラウンフォードギルドの会議室で、レオンが怒りに満ちた声を上げた。彼が手に持っていたのは、王都からの公式通達だった。
「残念ながら事実よ」リリアは疲れた表情で言った。「グリムホールド社のオーナー、ガルウィン卿は王宮にも強い人脈を持っている」
ラヴィルは思案顔で地図を見つめていた。第三区画は、ちょうど「魔力循環ネットワーク」の主要ノードを設置予定だった場所だった。
「これは偶然ではないな」
アズランが低い声で言った。半龍の姿で会議に参加していた彼は、数週間の間にクラウンフォードの住民たちにも受け入れられつつあった。
「グリムホールド社は『古き秩序の守護者』の資金源だ。彼らはあえてネットワークの拡張を妨害するために、この場所を選んだのだろう」
「グリムホールド社について調べたわ」
アイリスが資料を広げた。そこには王国最大の魔力資源会社の詳細が記されていた。
「彼らは名目上は魔力結晶の採掘と精製を行っているけど、実態は魔力労働者の搾取で知られているわ。特に若いエルフやドワーフを低賃金で雇い、危険な魔力採掘作業をさせている」
「まさに魔力ブラック企業ね」リリアが眉をひそめた。
ラヴィルはその言葉に強く反応した。前世のトラウマが蘇る。
「詳しく教えてほしい」
アイリスは続けた。
「労働者の魔力枯渇が日常的に起きているのに、十分な休息を与えない。魔力回復薬の代わりに、安価な刺激剤を支給して無理やり働かせる。契約書には小さな文字で『魔力枯渇による死亡は自己責任』と記されているの」
「...酷すぎる」
ラヴィルの声は震えていた。前世で彼自身が経験した過酷な労働環境が、この世界でも形を変えて存在していることに深い怒りを感じた。
「そして今、彼らは第三区画の魔力採掘権を得た。あの場所は自然魔力が豊富だから、乱獲すれば周辺環境への影響も甚大だ」レオンが憤りを隠さずに言った。
ヴァイスも珍しく怒りの表情を浮かべていた。
「法的な抗議はできないのか?」
「難しいでしょう」リリアが答えた。「手続き上は問題ないの。ガルウィン卿は多額の寄付で許可を得たのよ」
沈黙が会議室を支配した。「魔力循環ネットワーク」の拡張計画は深刻な障害に直面していた。
そこでラヴィルが静かに立ち上がった。
「直接会いに行こう」
「え?」全員が驚いた表情を見せた。
「ガルウィン卿に会って、交渉する。もし彼が本当に魔力労働者を搾取しているなら、『魔力過労防止令』違反で告発することもできる」
アズランが深く頷いた。
「良い考えだ。しかし危険も伴う。ガルウィン卿は強大な権力を持っている」
「だからこそ、公の場で対話する必要がある」ラヴィルは決意を固めた。「王都で開かれる『魔力産業フェア』に出席する予定だろう。そこで会おう」
リリアが懸念を示した。
「王都の政治は複雑よ。一歩間違えば、私たちの立場も危うくなる」
「でも他に選択肢はないわ」アイリスが力強く言った。「このまま彼らの思い通りにさせるわけにはいかない」
議論の末、ラヴィルたちは王都へ向かい、ガルウィン卿との対決に臨むことを決めた。
*
王都へ向かう馬車の中、ラヴィルはルナから届いた手紙を読んでいた。妖精族の村での様子を詳しく伝える内容だったが、最後には個人的な思いも記されていた。
『あなたの恋愛問題、解決したの?アイリスさんとリリアさんは素敵な人たちだけど、私も負けないつもりよ。でも、あなたの幸せが一番大事だから、どんな選択でも応援するわ』
ラヴィルは複雑な思いで手紙を見つめていた。三人の女性からの告白以来、彼は明確な返答をしていなかった。改革の仕事に集中するという理由で、この問題を先送りにしてきたのだ。
「悩んでいるのね」
リリアが彼の隣に座った。彼女はラヴィルの視線の先にあるルナの手紙に気づいていた。
「ええ...」
「私たち三人があなたに気持ちを伝えたことで、プレッシャーを感じているのなら謝るわ」彼女は穏やかに言った。「でも、いつかは決断しなければならないわね」
ラヴィルは深いため息をついた。
「前世では、恋愛なんて考える余裕もなかった。毎日が仕事で精一杯で...」
「だからこそ、今度は違う人生を歩むべきじゃない?」リリアは優しく彼の手を握った。「仕事だけが人生じゃないわ」
その言葉は、ラヴィルの心に深く響いた。彼は確かに「魔力過労防止」と「魔力循環ネットワーク」の実現に全力を注いでいたが、それは単に前世の反動だったのかもしれない。
「考えるよ...王都での任務が終わったら」
リリアは微笑んだ。
「焦らないで。私たちはあなたの幸せを願っているのよ」
*
王都は活気に満ちていた。「魔力産業フェア」の開催に合わせ、王国中から魔法関連企業や研究者たちが集まっていた。壮麗な展示ホールでは、最新の魔法技術や魔力資源の利用法が紹介されていた。
「あそこがグリムホールド社のブースね」
アイリスが指さした先には、豪華な装飾が施された大きなブースがあった。多くの来場者が集まり、華やかなデモンストレーションが行われていた。
「魔力結晶採掘の革新的技術」と銘打たれた展示の前では、グリムホールド社のオーナー、ガルウィン卿が堂々と説明していた。五十代と思われる彼は、立派な髭と豪華な服装で、周囲に威厳を放っていた。
「あれが魔力ブラック企業の社長か...」
ラヴィルは静かに観察した。前世の会社でも、表向きは立派でも実態は過酷な労働環境を強いる経営者を見てきた。どこか既視感があった。
「直接話しかけましょう」
ラヴィルたちがブースに近づくと、ガルウィン卿はすぐに彼らに気づいたようだった。特にアズランの半龍の姿は人目を引く。
「おや、噂の龍族使節団と魔力改革者たちですか」
ガルウィン卿は表面上は愛想良く挨拶したが、その目には警戒心が宿っていた。
「ガルウィン卿、お話があります」ラヴィルは率直に切り出した。「第三区画での魔力採掘計画について」
「ああ、あの件ですか」卿は周囲を見回し、声を低めた。「ここでは話せませんね。今夜の晩餐会でお話しましょう。招待状をお送りします」
そう言うと、彼は他の来客に対応するため立ち去った。
「罠かもしれないわ」リリアが警戒心を露わにした。
「承知の上だ」ラヴィルは決意を固めていた。「しかし、交渉の機会は掴まなければ」
その日の午後、ラヴィルたちは王立魔法院を訪れ、「魔力循環ネットワーク」の進捗状況を報告した。院長のドラコ・アルカナス卿は、彼らの取り組みに強い関心を示した。
「素晴らしい成果だ。特に異種族間の協力関係を構築したことは高く評価できる」
ドラコ卿はエネルギッシュな六十代の魔導師で、魔法研究に生涯を捧げてきた人物だった。
「しかし、グリムホールド社の件は厄介だな」彼は眉をひそめた。「ガルウィン卿は王宮内にも支持者が多い。彼の魔力採掘権を覆すのは容易ではない」
「でも、魔力労働者の搾取があれば、『魔力過労防止令』違反で告発できるはずです」ラヴィルが言った。
ドラコ卿は深刻な表情で頷いた。
「理論上はそうだ。しかし、証拠が必要だ」
「その証拠を集めています」
リリアが一冊のノートを取り出した。そこには、グリムホールド社の元従業員たちからの証言が記録されていた。魔力枯渇で倒れた同僚、不当な契約内容、劣悪な労働環境...証言は多岐にわたっていた。
「これは...」ドラコ卿は驚いた様子でノートを見た。「よくぞここまで集めた」
「まだ不十分です」リリアは冷静に言った。「法的に立証するには、現場の状況を確認する必要があります」
ドラコ卿は思案顔になった。
「非公式に調査チームを編成しよう。しかし、表立った行動は避けるべきだ。ガルウィン卿の影響力は侮れない」
ラヴィルたちは感謝の意を表し、晩餐会の準備のために王立魔法院を後にした。
*
ガルウィン卿の私邸で開かれた晩餐会は、王都の上流階級や魔力産業の重役たちで賑わっていた。豪華な装飾が施された大広間で、魔法の光が幻想的な雰囲気を作り出している。
ラヴィルとリリアはフォーマルな装いで、アイリスとアズランと共に会場に入った。
「圧倒されるわね」アイリスが小声で言った。「これが王都の上流社会...」
「表面的な華やかさだけで判断するな」アズランが静かに忠告した。「この場にも『古き秩序の守護者』のメンバーが多数いるはずだ」
彼らが会場を見回していると、マグヌス・ヴェイルの姿も見えた。魔法学院の重鎮は、ガルウィン卿と親しげに談笑していた。
「予想通りね」リリアが目配せした。「マグヌスとガルウィンは同盟関係にある」
やがてガルウィン卿がラヴィルたちに気づき、近づいてきた。
「ようこそ、私の館へ」彼は表面上は歓迎の意を示した。「特別な客人として、個室でお話しましょう」
卿に導かれ、ラヴィルたちは広間の奥にある書斎へと入った。重厚な木製の調度品に囲まれた空間で、壁には魔力結晶の標本が飾られていた。
「さて、本題に入りましょう」
扉が閉まるとすぐに、ガルウィン卿の態度は一変した。表面上の愛想は消え、冷たく計算高い表情になった。
「『魔力循環ネットワーク』とやらは、私の事業にとって脅威です。率直に言って、中止していただきたい」
その直接的な物言いに、ラヴィルたちは驚いた。
「中止する理由はありません」ラヴィルは冷静に返した。「ネットワークは魔力環境を改善し、すべての種族に恩恵をもたらします」
「恩恵?」ガルウィンは嘲笑した。「魔力は管理され、独占されるべきもの。『循環』などという甘い考えは、産業の発展を妨げるだけだ」
アズランが低い声で言った。
「魔力の乱獲は長期的には破滅をもたらす。龍族は千年の歴史でそれを学んできた」
「龍族の古い価値観など、現代の産業には無用だ」
ガルウィンの言葉には明らかな侮蔑が含まれていた。彼はラヴィルに向き直った。
「あなたの『別世界』からの知識も面白いが、この世界のルールを理解していない。魔力産業は権力と富の源泉だ。それを『公平に分配』などという理想論は通用しない」
ラヴィルは感情を抑えながら反論した。
「私が前世で学んだのは、搾取と過労による破滅です。あなたの会社は典型的な『魔力ブラック企業』。労働者の魔力を搾り取り、使い捨てにしている」
その言葉にガルウィンの表情が険しくなった。
「調査したようですね。しかし、すべては合法的な契約の下で行われている。労働者は自ら条件に同意しているのだ」
「強制や騙しによる同意は無効です」リリアが冷たく言った。「私たちは証言を集めています。『魔力過労防止令』違反で告発する用意があります」
ガルウィンは一瞬動揺したが、すぐに余裕の表情を取り戻した。
「証拠がなければ何も証明できない。そして...」彼は意味深に笑った。「あなた方の計画も、思うように進まなくなるでしょう」
「脅しですか?」アイリスが怒りを隠せなかった。
「忠告です」ガルウィンは立ち上がった。「第三区画での採掘は予定通り進めます。そして『魔力循環ネットワーク』がそれを妨げるなら、あらゆる手段で対抗する」
交渉は決裂した。ラヴィルたちは晩餐会を早々に後にした。
*
「予想通りの結果だな」
王都の宿に戻った一行は、今後の戦略を話し合っていた。
「彼は典型的な『搾取型経営者』だ」ラヴィルは冷静に分析した。「前世でも似たようなタイプを見てきた。短期的な利益のために長期的な持続可能性を犠牲にする」
「しかし、彼の言う通り、証拠がなければ告発は難しい」リリアは現実的な懸念を示した。
アイリスが提案した。
「グリムホールド社の現役従業員から証言を得られないかしら?」
「危険すぎる」アズランが首を振った。「内部告発者は厳しい報復を受けるだろう」
沈黙が流れる中、ラヴィルは窓の外の夜景を見つめていた。王都の華やかな灯りの向こうに、魔力労働者たちの苦しみがある。前世の自分のように、搾取され、使い捨てられる人々がいる。
「自分が調査に行こう」
突然の提案に、全員が驚いた表情を見せた。
「どういうこと?」アイリスが不安そうに尋ねた。
「グリムホールド社に従業員として潜入する。内部から証拠を集める」
「危険すぎるわ!」リリアが強く反対した。「ガルウィンはあなたを知っている」
「変装すれば大丈夫だ」ラヴィルは決意を固めていた。「それに、前世での経験が役立つ。私はブラック企業の内部がどんなものか知っている」
アズランが深く考え込んだ後、ゆっくりと言った。
「危険な賭けだが、有効かもしれない。しかし、一人では危険すぎる」
「私も行く」レオンが部屋に入ってきた。彼は王立魔法院での会議を終えたところだった。「二人なら怪しまれにくい」
議論の末、ラヴィルとレオンがグリムホールド社に潜入調査を行い、リリアとアイリスが外部から支援する計画が立てられた。アズランは王立魔法院とのパイプ役を務めることになった。
「三日間だ」アズランが厳しく言った。「それ以上は危険が増す。何かあればすぐに撤退するんだ」
ラヴィルは頷いた。魔力を抑制する特殊な薬と変装魔法で、彼の外見と魔力の特徴は完全に隠されることになった。
「前世では過労死した...」ラヴィルは決意を込めて言った。「今度は、搾取される側ではなく、搾取を暴く側になる」
*
翌日、ラヴィルとレオンは別人の姿でグリムホールド社の採掘現場に向かった。第二区画にある既存の鉱山で、多くの労働者が働いていた。
「一日労働者を募集しています」
入口で担当者に告げると、簡単な審査の後、二人は内部に入ることができた。支給された作業着に着替え、他の労働者と共に魔力採掘の現場へと向かった。
「初めてか?厳しいぞ」
隣で作業する中年のドワーフが声をかけてきた。グレイという名前の彼は、十年以上この鉱山で働いていた。
「何が厳しいんだ?」レオンが尋ねた。
「魔力ノルマだ」グレイは低い声で説明した。「一日に定められた量の魔力結晶を採掘できないと、給金が半分になる。でも、そのノルマが異常に高い」
ラヴィルは作業をしながら周囲を観察した。労働者たちの多くは疲労の色を浮かべ、中には明らかに魔力枯渇の症状を示している者もいた。
「休憩はないのか?」
「正午に十五分だけだ」グレイは苦笑した。「それも魔力回復剤を飲むための時間。あれは本当の回復剤じゃなく、一時的に魔力を絞り出す刺激剤だがな」
一日の作業を通じて、ラヴィルとレオンは多くの証拠を集めた。不当なノルマ、危険な労働環境、魔力枯渇への無配慮...すべてが「魔力過労防止令」に違反していた。
「これは前世のブラック企業と同じだ...いや、それ以上かもしれない」
ラヴィルは小声でレオンに言った。二人は休憩時間に、こっそりと証拠を記録していた。
二日目、彼らは別の区画に配属された。そこでは、エルフの労働者たちが繊細な魔力結晶の精製作業を行っていた。
「エルフは魔力感応性が高いからな」監督者が説明した。「精密な作業に向いている」
しかし、その「適性」が彼らの負担を増大させていた。エルフたちは長時間、高濃度の魔力に晒され続け、多くが体調を崩していた。
「私たちの寿命が縮まっていることを彼らは知っている」
若いエルフの女性、リナが小声で告げた。「それでも休ませてくれない。契約書には『魔力による寿命への影響は自己責任』と書かれているから」
ラヴィルはその言葉に深い怒りを覚えた。前世のブラック企業も、「自己責任」という言葉で労働者の犠牲を正当化していた。
三日目、彼らは第三区画の新規開発予定地の下見に参加した。そこで衝撃的な計画を知ることになった。
「ここでは通常の三倍の魔力採掘を行う」現場監督が説明していた。「周辺環境への影響?知ったことか。魔力さえ採れれば良い」
さらに驚くべきことに、この区画は「魔力循環ネットワーク」の主要ノード予定地だけでなく、周辺の村や森にも直結していた。乱獲が行われれば、広範囲の魔力枯渇を引き起こす恐れがあった。
「これは単なる妨害ではない」レオンが震える声で言った。「意図的な破壊行為だ」
三日間の調査を終え、ラヴィルとレオンは大量の証拠を持って仲間たちのもとに戻った。
*
「これは想像以上だ...」
宿の部屋で、アズランは集められた証拠を見て言葉を失った。
「『魔力過労防止令』違反は明らかね」リリアが資料を整理しながら言った。「これだけあれば、王立魔法院も動かざるを得ないわ」
アイリスはラヴィルの様子を心配そうに見ていた。彼は調査中に見たものに深く影響を受けているようだった。
「大丈夫?」
「ああ...」ラヴィルは弱く微笑んだ。「前世の記憶が蘇ってきただけだ。あの現場は、私が働いていた会社と同じような雰囲気だった」
彼女は静かに彼の手を握った。
「今度は違うわ。あなたは変化を起こす側にいる」
翌日、彼らは集めた証拠をドラコ卿に提出した。院長は資料を見て、深刻な表情を浮かべた。
「これは由々しき問題だ。直ちに調査委員会を設置する」
「時間がありません」ラヴィルは切迫した声で言った。「第三区画での採掘が始まれば、取り返しのつかない事態になります」
ドラコ卿は理解を示した。
「緊急停止命令を出そう。しかし、ガルウィン卿は簡単には従わないだろう」
「だからこそ、公の場での告発が必要です」
計画が立てられた。明日の「魔力産業フェア」最終日に、ドラコ卿が特別講演を行い、その場でグリムホールド社の違法行為を公表する。同時に、王立魔法院の調査官たちが現場に突入し、証拠を押収する。
「準備はいいですか?」ドラコ卿が最後に確認した。
ラヴィルたちは固く頷いた。長い戦いの決着がつこうとしていた。
*
「魔力産業フェア」最終日、大講堂は多くの来場者で埋め尽くされていた。ドラコ卿の特別講演「魔力資源の持続可能な利用」が、最も注目されるプログラムだった。
ガルウィン卿も最前列に座っていた。彼は何も知らない様子で、余裕の表情を浮かべていた。
「魔力は有限の資源ではなく、適切に管理すれば永続的に利用できる循環型の力です」
ドラコ卿の講演が始まった。彼は「魔力循環ネットワーク」の理論と成果を紹介し、聴衆の関心を集めていた。
「しかし、持続可能な魔力利用を妨げる深刻な問題があります」
ドラコ卿の声が厳しさを帯びた。スクリーンには、グリムホールド社の採掘現場の映像が映し出された。
「これは『魔力ブラック企業』の実態です」
会場に衝撃が走った。ドラコ卿は容赦なく証拠を示していった。労働者の証言、不当な契約書、魔力枯渇の記録...すべてが明らかになった。
「グリムホールド社は、『魔力過労防止令』に明確に違反しています」
ガルウィン卿が激しく立ち上がった。
「これは中傷だ!証拠は捏造されている!」
しかし、その時、会場の扉が開き、グレイやリナを含む多くの労働者たちが入ってきた。彼らは勇気を出して、自らの経験を証言するために集まったのだ。
「私たちは真実を語るために来ました」グレイが堂々と宣言した。「もう黙っていられない」
ガルウィン卿の顔が青ざめた。逃げ道が閉ざされたことを悟ったのだ。
同時に、アズランから連絡が入った。
「現場での調査が完了した。すべての証拠が確保された」
ドラコ卿は厳かに宣言した。
「グリムホールド社の全事業を一時停止し、徹底的な調査を行います。第三区画での採掘許可も無効とします」
会場は騒然となった。魔力産業界に激震が走る瞬間だった。
*
その夜、ラヴィルたちは王立魔法院の庭園で小さな祝賀会を開いていた。
「乾杯!」レオンがグラスを掲げた。「魔力ブラック企業への勝利だ!」
「まだ始まりに過ぎないわ」リリアは冷静に言った。「他にも似たような企業は多いはず」
「だからこそ、これを先例にしなければならない」ラヴィルは決意を新たにした。「『魔力循環ネットワーク』と並行して、労働環境の改革も進めていく」
アイリスが彼の肩に手を置いた。
「あなたは本当に前世の教訓を活かしているわね」
「ええ...」ラヴィルは空を見上げた。「過労死した経験は、この世界を変えるための原動力になった」
彼らの会話に、突然の訪問者が加わった。
「素晴らしい成果でした」
振り返ると、そこには王国の参議官、セバスチャン・グレイヴンが立っていた。彼は王宮内で改革派として知られる人物だった。
「国王陛下も事態を注視されています。『魔力循環ネットワーク』と『魔力労働改革』は、王国の未来にとって重要な取り組みと評価されています」
その言葉は、彼らの活動が最高レベルで認められたことを意味していた。
「感謝します」ラヴィルは丁寧に頭を下げた。
「さらに、陛下はあなた方に直接会いたいとおっしゃっています」セバスチャンは微笑んだ。「来週、王宮での謁見が予定されています」
その知らせに、一同は驚きと喜びの声を上げた。
祝賀会の後、ラヴィルは一人で庭園の片隅に立っていた。星空を見上げながら、彼は前世と今世の不思議な繋がりを感じていた。
「ラヴィル」
声をかけたのはアイリスだった。彼女の後ろにはリリアも立っていた。
「二人とも、どうしたの?」
「あなたの決断を聞きに来たの」アイリスが真剣な表情で言った。
「決断?」
「私たちのこと...そして、ルナのこと」リリアも同様に真剣だった。「王都での任務は終わったわ」
ラヴィルは深く息を吐いた。確かに、彼は決断を先延ばしにしてきた。しかし、今の戦いで彼は大切なことに気づいていた。
「実は...三人とも大切な存在だ」彼は正直に答えた。「前世では経験できなかった、かけがえのない絆を感じている」
二人は息を飲んで聞いていた。
「だから、まだ選ぶことができない。三人とも大切だし、それぞれ違う形で私の心に触れている」
アイリスとリリアは顔を見合わせ、やがて微笑んだ。
「それでいいわ」アイリスが優しく言った。「焦らなくていい」
「私たちも、あなたの幸せが一番大事だから」リリアも同意した。
ラヴィルは心からの安堵を感じた。彼女たちの寛大さに、感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう...本当に」
三人は星空の下で並んで立ち、これからの道を思い描いていた。魔力ブラック企業への勝利は、大きな一歩に過ぎない。まだ多くの障害があるだろう。
しかし、今のラヴィルには強い味方がいる。前世では孤独だった彼が、今は多くの絆に支えられている。
過労死した社畜の魂は、この異世界で新たな希望を紡いでいた。