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第十一章「妖精の森へ〜見えない労働と癒しの魔法〜」

「妖精族の村へ?本当に行くのか?」


クラウンフォードに戻ったラヴィルに、ヴァイスが驚きの表情を向けた。ギルドの会議室には、彼の帰還を祝うために幹部メンバーが集まっていた。


「ええ、約束しましたから」


「妖精族は外部の者を滅多に受け入れない」レオンが説明を加えた。「彼らの森に招かれるなんて、王族すら稀なことだ」


アイリスはラヴィルの横に立ち、誇らしげな表情で腕を組んだ。


「さすがラヴィル!種族の壁を超える改革者ね」


彼女の言葉に、ラヴィルは少し照れながらも計画を説明した。


「妖精族は特に魔力に敏感で、現代の魔法産業の拡大によって彼らの住処が脅かされているそうです。私たちの魔力過労防止策が、彼らの問題解決にも役立つかもしれません」


会議の後、アイリスはラヴィルを廊下で引き止めた。彼女の表情には心配の色が浮かんでいた。


「妖精の森は危険なところもあるわ。特に...」彼女は声を落とした。「妖精の魅了の魔法には気をつけて」


「魅了?」


「彼らの中には、人間を惹きつける強力な魔法を使う者もいるの。特に若い女性の妖精は...」


アイリスの言葉が途切れ、彼女は少し頬を赤らめた。


「あなたを奪われたくないだけかもしれないけど、とにかく気をつけて」


その率直な告白に、ラヴィルは言葉を失った。前世では、こんな風に心配してくれる人はいなかった。


「ありがとう、アイリス。大丈夫だよ」



一週間後、ラヴィルは妖精族の使者ティンカに導かれ、神秘の森「エバーグロウ」へと足を踏み入れた。リリアも王立魔法院の代表として同行していた。


「この森は外部からは見えない結界で守られています」


ティンカの説明に、二人は驚きの表情を交換した。確かに、森に入るまでは普通の森に見えたが、一歩踏み入れると景色が一変した。木々は普通の数倍の大きさとなり、幹や葉は淡く光を放っている。空気中には目に見える魔力の粒子が漂い、足元の草花も微かに光を発していた。


「息を呑むほど美しい...」リリアが感嘆の声を上げた。


ティンカは誇らしげに微笑んだ。彼女は人間の子どもほどの大きさで、透き通るような翼と緑がかった肌を持っていた。


「妖精族は自然と共生し、森の魔力を循環させる役目を担っています。私たちの労働は目に見えないものが多いのです」


三時間ほど森の中を進むと、巨大な木々の間に建てられた妖精の村が姿を現した。家々は木の幹に直接彫り込まれたり、枝の上に建てられたりしており、すべてが自然と調和していた。


「ようこそ、エバーグロウへ」


村の入口で出迎えてくれたのは、妖精族の長老フェアロウだった。青みがかった長い髪と、翡翠色の瞳を持つ老妖精は、小柄ながらも威厳に満ちていた。


「ラヴィル・マイヤー殿、リリア・ファンタスミア殿。遠路はるばるありがとう」


フェアロウの歓迎の言葉に、ラヴィルとリリアは丁寧に頭を下げた。


「私たちを招いてくださり、光栄です」


村の中央広場に案内され、二人は妖精族特有の問題について詳しく聞くことになった。


「我々妖精族は、森の魔力を循環させる『見えない労働』を日々行っています」フェアロウは静かに語り始めた。「しかし近年、人間界からの強力な魔法の使用により、森の魔力バランスが崩れ始めています」


ラヴィルは真剣に耳を傾けた。


「具体的にはどのような影響が?」


「若い妖精たちが魔力枯渇を起こす事例が増えています。森を維持するために必要な魔力が不足し、彼らは自分の生命力を使って補っているのです」


それは前世の「サービス残業」を思わせる状況だった。見えない労働が評価されず、個人の犠牲で成り立っている構図。


「さらに、人間界の魔法産業の拡大により、魔力の流れが変わり、私たちの伝統的な労働方法が通用しなくなっています」


フェアロウの説明は続いた。妖精族は元来、自然の魔力を借りて仕事をする種族だったが、外部からの魔力干渉によって自分たちの魔力を使わざるを得なくなっているという。


「それは深刻な問題ですね」リリアが口を挟んだ。「王立魔法院でも、魔力の環境影響については議論が始まったばかりです」


会議の途中、突然若い女性の妖精が広場に飛び込んできた。


「長老!ルナが倒れました!」


一同は急いで村の癒しの泉と呼ばれる場所へと向かった。そこには、魔力枯渇で倒れた若い妖精の女性が横たわっていた。彼女の翼は萎び、肌の輝きも失われていた。


「これが私たちの直面している現実です」フェアロウが悲しげに言った。


ラヴィルは躊躇わず前に進み出た。


「私にできることはありますか?」


「あなたの氷系魔力...」フェアロウは驚いたように彼を見つめた。「実は、私たちの癒しの魔法と相性が良いのです」


ラヴィルは指示に従い、倒れた妖精の傍らに跪き、彼女の額に手を置いた。そして、自分の魔力をゆっくりと流し始めた。


「螺旋状に流してください。そうすれば私たちの癒しの魔力と共鳴します」


フェアロウの言葉に従い、ラヴィルは前世の物理学の知識と魔法の感覚を融合させ、螺旋状の魔力の流れを作り出した。すると驚くべきことに、泉の水が淡く光り始め、倒れた妖精の体を包み込んだ。


「見事です!」フェアロウが喜びの声を上げた。「人間の魔力が私たちの癒しの魔法と共鳴するのを見たのは初めてです」


しばらくすると、若い妖精の女性は目を開け、弱々しくも微笑んだ。


「あなたは...人間?なぜ私を?」


「仲間が困っていたら助けるのは当然です」ラヴィルは優しく答えた。


その言葉に、周囲の妖精たちからは驚きと感謝の声が上がった。



その夜、妖精族は二人の訪問者のために祝宴を開いた。巨大な木の広場に、キノコを模した料理や花の蜜から作られた飲み物が並べられ、妖精たちの歌と踊りで賑わった。


「あなたの魔力...特別なものね」


祝宴の席で、先ほど助けた妖精の女性ルナがラヴィルに近づいてきた。回復した彼女は驚くほど美しく、蝶のような翼と星空のように輝く紫の髪を持っていた。


「特別というほどではないよ」


「いいえ、私にはわかります」ルナは真剣な表情で言った。「あなたの魔力には、二つの世界の記憶が宿っている」


その言葉に、ラヴィルは凍りついた。まさか前世の記憶を見抜かれるとは。


「どういう意味だ?」


「妖精族は魔力を通じて相手の本質を感じ取ることができるのです」ルナは微笑んだ。「あなたは...別の世界から来たのですね?」


ラヴィルは言葉に詰まった。これまで誰にも話せなかった真実を、この妖精は魔力だけで見抜いたのだ。


「その...」


「秘密は守ります」ルナはそっと彼の手に触れた。「私たちを助けてくれたお礼に、私からも何か」


彼女は小さな結晶を差し出した。淡い青と紫が混ざり合う美しい宝石だった。


「これは『心の癒し』の結晶。前世のトラウマを和らげる力があります」


「前世の...」


「過労で亡くなったのですね」ルナはそっと囁いた。「この結晶があれば、その記憶に苦しむことが少なくなるでしょう」


ラヴィルは感謝の言葉も出ないまま、結晶を受け取った。


一方、その様子を遠くから見ていたリリアは、少し不満そうな表情を浮かべていた。彼女はラヴィルとルナの親密な会話に、何か違和感を覚えたようだった。



翌日、ラヴィルとリリアはフェアロウと妖精族の長老会議を開いた。


「妖精族の問題を解決するには、人間界の魔法使用と自然界の魔力循環を調和させる必要があります」


ラヴィルの提案は具体的だった。人間の都市部での大規模魔法使用の時間帯を調整し、妖精族の森に影響が少ない時間に集中させる。また、妖精族の「見えない労働」を可視化し、適切に評価するシステムを構築する。


「さらに、人間とエルフの魔法使いが定期的に森を訪れ、魔力の調整を手伝う『魔力環境保全団』の結成を提案します」


彼の提案に、長老たちは熱心に耳を傾けた。


「ラヴィル殿、あなたの提案は画期的です」フェアロウは感謝の意を表した。「しかし、人間界がこれを受け入れるでしょうか?」


「王立魔法院は全面的に支援します」リリアが力強く言明した。「魔力環境の保全は、長期的に見れば人間界にとっても利益になります」


議論は夕方まで続き、最終的に「種族間魔力調和協定」の草案が作成された。これは妖精族と人間界の歴史的な協力関係の始まりとなるものだった。



帰り支度をする中、ルナがラヴィルを森の奥深くへと案内した。


「見せたいものがあります」


彼女に導かれた先には、巨大な水晶のような岩が立っていた。その中には無数の光の粒子が漂っている。


「これは『記憶の水晶』。私たち妖精族の集合的な記憶が保存されている場所です」


ルナは説明しながら、水晶に触れるようラヴィルを促した。


「触れれば、あなたの前世の記憶も整理され、より良く共存できるようになります」


躊躇いながらも、ラヴィルは水晶に手を当てた。すると、前世の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。しかし、以前のような苦しみや後悔はなく、どこか客観的に自分の人生を見つめる感覚があった。


「これは...」


「前世の記憶と上手く付き合う方法を学んだのです」ルナは微笑んだ。「完全に忘れることはできませんが、それらに支配されることもなくなるでしょう」


ラヴィルは深く感謝した。この体験は、彼の心に長く残る貴重なものとなった。



エバーグロウを後にする時、村の妖精たちが総出で見送りに来た。フェアロウはラヴィルとリリアに正式な妖精族の友人の証を授けた。


「これからも私たちの架け橋となってください」


ラヴィルはルナと最後の別れを交わした。


「また来てください」彼女はそっと言った。「前世のことも、もっと話を聞かせてほしいです」


「ああ、必ず」


森を出る道すがら、リリアは少し不機嫌そうな表情でラヴィルに尋ねた。


「妖精の女の子と何を話していたの?秘密めいていたわね」


「ああ...魔力の使い方についてさ」


嘘をつくのは気が引けたが、前世の話はまだ誰にも打ち明ける準備ができていなかった。


「そう...」リリアは納得していない様子だったが、それ以上は追及しなかった。


クラウンフォードへの帰路、ラヴィルは心の中で整理していた。妖精族との出会いは、彼の使命をさらに明確にした。種族を超えて、全ての存在が健やかに働ける世界を作ること。それは前世で果たせなかった、彼自身の救済でもあった。


ルナから贈られた結晶を握りしめ、ラヴィルは決意を新たにした。この世界では、前世の過ちを繰り返さない。そして、全ての種族と共に、より良い労働のあり方を築いていく。


心の奥深くでは、アイリスとリリア、そして新たに出会ったルナへの複雑な感情も芽生えていた。前世では経験できなかった、豊かな人間関係の中で、彼の新しい人生は着実に歩みを進めていた。

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