表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/39

第十章「広がる改革の波〜異種族の事情と新たな発見〜」

「魔力過労防止令の監督責任者か...」


ラヴィルは王立魔法院から届いた公式書状を手に、深いため息をついた。彼の提案が王国全体に広がるのは嬉しいことだが、それを監督する立場になるとは。前世でも「働き方改革推進担当」になった途端、自分が一番働くことになったという皮肉な経験があった。


「今度は違うようにしなければ」


そう決意して顔を上げると、アイリスが微笑んでいた。


「心配しなくても大丈夫よ。今度は私たちがあなたをサポートするから」


彼女の言葉に、ラヴィルは安心感を覚えた。前世とは違う。この世界では一人ではない。


「ありがとう、アイリス」



魔力過労防止令の実施は、予想以上に多くの課題を伴っていた。ラヴィルは王国各地の魔法関連施設を巡回し、モニタリングシステムの導入状況を確認する必要があった。


「最初の訪問先はどこにしますか?」エドガーが地図を広げながら尋ねた。


「できれば多種族が集まる場所から始めたいです」


ラヴィルの提案に、エドガーは少し驚いた表情を見せた。


「多種族?なぜだ?」


「魔力の使い方や限界は種族によって異なると聞きました。一律の基準では不公平が生じる可能性があります」


前世でも「働き方改革」が画一的な基準で推し進められ、現場の実情に合わないケースが多々あった。ラヴィルはその轍を踏みたくなかった。


「なるほど...」エドガーは感心した様子で頷いた。「では、シルバーリーフがいいだろう。人間、エルフ、ドワーフ、獣人が共存する貿易都市だ」


「エルフやドワーフ...」


ラヴィルは興味を惹かれた。これまでの活動範囲では、主に人間社会で過ごしていたため、他種族との接触は限られていた。


「エルフは魔力の扱いに長けているが、使い過ぎると数百年の寿命が大幅に縮むと言われている。ドワーフは頑健で魔力枯渇に強いが、一度限界を超えると回復に何ヶ月もかかる」


エドガーの説明を聞きながら、ラヴィルは異種族特有の労働問題があることを直感した。



シルバーリーフへの旅は三日を要した。魔法馬車で高速移動したものの、距離は相当なものだった。


都市に近づくと、ラヴィルは息を呑んだ。巨大な銀の葉のような形をした建築物が街の中心にそびえ立ち、その周りを異なる建築様式の区画が取り囲んでいた。


「あれがシルバーリーフの象徴、大樹の葉亭です」


案内役を務めるリリアが説明した。彼女は「魔法院代表」として同行していたが、明らかにラヴィルと一緒に旅ができることを喜んでいるようだった。


「美しい...」


「四つの区画があります。北がエルフ区、東が人間区、南がドワーフ区、西が獣人区。中央の大樹の葉亭は共通エリアで、種族間の交流や取引が行われています」


街に入ると、多種多様な人々が行き交う光景に圧倒された。緑がかった長い耳を持つエルフたちは優雅に歩き、がっしりとした体格のドワーフたちは賑やかに談笑し、動物の特徴を持つ獣人たちは機敏に動き回っている。


「魔力過労防止令の説明会は明日、大樹の葉亭で開催されます」リリアが予定を確認した。「今日は各区の代表者と個別に会う約束が入っています」


最初の訪問先はエルフ区だった。木々と調和した美しい建築物が立ち並び、あらゆるところに魔法の光が灯っている。


「エルフの魔法評議員、エレンディル様がお待ちです」


案内された部屋で、ラヴィルは初めてエルフの高官と対面した。銀色の長髪と鋭い緑の瞳を持つエレンディルは、数百歳と言われながらも若々しい外見を保っていた。


「ようこそ、ラヴィル・マイヤー殿。あなたの魔力過労防止の取り組みについては、既に耳にしております」


エルフ特有の流麗な口調で、エレンディルは優雅に挨拶した。


「お会いできて光栄です」ラヴィルは丁寧に応じた。「魔力過労防止令の実施にあたり、エルフの皆様の状況を理解したいと思っています」


「我々エルフにとって、魔力は命そのものです。寿命が数百年あるゆえに、若い頃の魔力の使い過ぎが後の人生に大きく影響します」


エレンディルの説明は、前世の年金問題を彷彿とさせた。若い時に体を酷使すると、老後に苦しむという構図は種族を超えて共通しているようだ。


「最近の若いエルフたちは、人間社会の影響で急ぎ足になっています。我々の時間の感覚とは合わない速さで...」


エルフ社会特有の問題もあるようだった。ラヴィルは熱心にメモを取りながら、エルフに適した魔力モニタリングの方法を議論した。



次に訪れたドワーフ区は対照的だった。石造りの堅牢な建物と、至る所に鍛冶の音が響く活気に満ちた空間。


「おお!来たな、人間の改革者!」


ドワーフの鍛冶ギルド長、グロムハンマーは豪快な声で迎えてくれた。赤茶色の豊かな髭と筋肉質の腕が特徴的だ。


「我らドワーフは頑健さが自慢だが、それが仇となることもある。限界を超えても働き続ける者が多すぎるんだ」


彼の懸念は、前世の「過労死大国」日本の状況と重なった。体力があるがゆえに限界を見極めにくい。


「特に問題なのは、魔法金属の鍛造だ。通常の金属より多くの魔力を要し、気づかぬうちに枯渇状態になる」


ラヴィルはドワーフの作業場を見学し、魔力を大量に消費する鍛冶作業の実態を目の当たりにした。ここでも前世の工場管理の知識が役立ちそうだった。


「交代制を導入し、魔力回復時間を確保する仕組みはどうでしょう?」


「なるほど!それは良い考えだ!」グロムハンマーは大きく頷いた。「若い衆に言っても聞かんが、王国からの指導となれば話は別だ!」



獣人区での会合も有意義だった。多様な獣の特性を持つ彼らは、それぞれ異なる魔力の性質を持っていた。


「猫系獣人は繊細な魔力操作に長けているが、持続力に欠ける。狼系は逆に持久力があるが、細かい制御が苦手」


獣人評議会の代表、レオナが説明した。彼女は獅子の特徴を持つ獣人で、威厳ある風貌ながら温かい雰囲気を漂わせていた。


「種族ごとの特性に合わせた魔力モニタリングが必要ですね」


ラヴィルの提案に、レオナは強く同意した。


「そうです!私たちは長年、人間基準の魔力評価に苦しめられてきました。あなたのような理解者が現れて嬉しい」


彼女の言葉に、ラヴィルは前世の「ダイバーシティ&インクルージョン」を思い出した。多様性を認め、それぞれの特性を活かす組織づくり。この世界でも同じ課題があるのは興味深かった。



初日の会合を終え、宿に戻ったラヴィルとリリアは、明日の説明会の準備を進めていた。


「今日の収穫は大きかったわね」リリアが感心した様子で言った。「あなたは異種族の事情にも柔軟に対応できる。素晴らしいわ」


「前の...経験が役立っているだけだよ」


ラヴィルは謙遜したが、リリアは真剣な表情で彼を見つめた。


「あなたはよく『前の』と言いかけて言葉を濁すわね。何か隠していることがあるの?」


その鋭い指摘に、ラヴィルは一瞬言葉に詰まった。前世の記憶は、この世界では誰にも話していなかった。信じてもらえるとは思えなかったからだ。


「特に...何も」


「嘘ね」リリアはそっと微笑んだ。「でも、無理に聞くつもりはないわ。いつか話してくれる日が来るといいな」


彼女の優しさに、ラヴィルは胸が締め付けられる思いがした。いつか本当のことを話せる日が来るのだろうか。


その時、ペンダントから通信魔法の反応があった。アイリスからのメッセージだ。


「クラウンフォードの様子はどう?」


ラヴィルがリリアから少し離れて返信すると、すぐに返事が来た。


「順調よ。でも、あなたがいないと寂しい...リリアさんとはうまくいってる?」


その言葉には明らかに嫉妬心が混じっていた。ラヴィルは複雑な思いで返信した。


「仕事は順調。早く帰るよ」


二人の女性との関係は、前世では考えられなかった状況だった。社畜として過労死した彼が、異世界で二人の女性に想いを寄せられるとは。



翌日の説明会は大成功だった。四種族の代表者が集まる中、ラヴィルは種族ごとの特性に配慮した魔力過労防止策を提案した。


「一律の基準ではなく、種族特性に合わせたモニタリング。そして、種族間の交流と知見の共有を促進する場の設置」


彼の提案は満場一致で承認された。これまで種族間で分断されていた労働問題が、共通の課題として認識される第一歩となった。


説明会後、意外な来訪者があった。遠方から訪れたという妖精族の使者だ。小さな翼を持つ彼らは、滅多に人間社会に姿を現さないと言われていた。


「妖精族の森でも魔力枯渇の問題が深刻化しています」使者のティンカは、小さな体ながらも力強く訴えた。「私たちの村にも来ていただけないでしょうか」


その頼みに、ラヴィルは即座に応じた。


「喜んで。日程を調整します」


リリアは驚いた様子で耳打ちした。


「妖精族が外部の人間を招くなんて、前代未聞よ。あなたの評判が種族の壁を越えて広がっているのね」


帰路に就きながら、ラヴィルは考えていた。この世界での自分の役割は、前世よりもずっと大きな意味を持っているのかもしれない。過労死という悲劇を経験したからこそ、全ての種族の労働環境を改善する使命を担うことになった。


「リリア、クラウンフォードに戻ったら、異種族交流プロジェクトを立ち上げたいんだ」


「素晴らしいアイデアね!王立魔法院も全面的に支援するわ」


彼女の目は輝いていた。二人は夕暮れの空を見上げながら、新たな挑戦への思いを巡らせた。


シルバーリーフでの成功は始まりに過ぎない。エルフ、ドワーフ、獣人、そして妖精族。さらには、まだ見ぬ種族たちとも交流を深め、全ての存在が健やかに働ける世界を作る。


過労死した俺が、異世界で残業しながらも、皮肉にも「働き方改革」を広めている—ラヴィルはその運命の不思議さに、静かな笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ