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第九章「決断の時〜広がる改革と新たな挑戦〜」

「決めましたか?」


王立魔法院からの招聘に対する一週間の猶予が終わる前日、アイリスがラヴィルに静かに尋ねた。二人はギルドの屋上テラスで夕暮れを眺めていた。


「ああ...」


ラヴィルは深く息を吐いた。この数日間、彼は熟考を重ねてきた。前世では「出世」と「安定」を求めて会社の奴隷となり、最後は過労死した。今度は違う選択をしたいと思っていた。


「明日、エドガーさんが返事を聞きに来るそうです」


アイリスの声には不安が混じっていた。彼女の気持ちは明らかだったが、自分の希望を押し付けようとはしなかった。その優しさがラヴィルの心に染みた。


「アイリス、正直に言うと...」


彼女は息を飲んで待った。


「王都にも行くし、ここにも残る」


「え?」


アイリスは困惑した表情になった。


「両方とも大切だから、両方を選ぶんだ」


ラヴィルは静かに説明した。


「王立魔法院の特別顧問は引き受けるけど、常駐ではなく、月に一週間だけ王都に滞在する条件で交渉するつもりだ。残りの時間はここギルドで、働き方改革を続ける」


アイリスの目が大きく見開かれた。


「そんな交渉...通るでしょうか?」


「分からない。でも試す価値はある。前世...いや、以前の経験から学んだんだ。自分の条件を提示しないまま従うだけでは、いつか限界が来る」


その夜、リリアのペンダントに魔力を注ぎ、彼はこの決断を伝えた。通信魔法を通じて、リリアの驚きと興味が伝わってきた。


「面白い提案ですね。私から事前に伝えておきましょう」



翌日、エドガーはギルド長室でラヴィルの決断を聞いた。


「前例のない提案だな」


エドガーの表情は厳しかったが、完全な拒絶ではなかった。


「だが、リリアから聞いていた。彼女も賛成しているようだ」


「私は両方の場所で貢献したいんです」ラヴィルは真摯に言った。「クラウンフォードでの改革経験を王都にも活かし、王都の先進的な知識をこちらにも持ち帰りたい」


エドガーはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「試験的に半年間、その形態で進めてみよう。結果を見て継続するかどうか判断する」


「ありがとうございます!」


ラヴィルの喜びをよそに、エドガーは厳しい表情を崩さなかった。


「ただし、王立魔法院での一週間は超過勤務もあり得る。それでもいいか?」


「はい。ただし、魔力消費のモニタリングと適切な休息を条件に」


エドガーは眉を上げた。


「君は本当に交渉が上手いな。過労死した経験でもあるのか?」


冗談のつもりだったのだろうが、ラヴィルは一瞬凍りついた。


「...いえ、ただ効率的に働くことが大切だと思うだけです」



条件が整い、ラヴィルの新しい生活が始まった。月の最初の一週間は王都で魔法院の特別顧問として働き、残りの時間はクラウンフォードのギルドで過ごす。


王都の魔法院は彼の想像以上に壮大だった。巨大な塔が七つ立ち並び、それぞれが魔法の七つの基本要素—火、水、風、土、光、闇、霊—を象徴していた。


「こちらがあなたの研究室です」


リリアが案内した部屋は、広々として設備も整っていた。窓からは王都の壮麗な景色が一望できる。


「素晴らしい...」


「毎月の滞在を楽しみにしています」


リリアの微笑みには純粋な期待と、何か別の感情も混じっているようだった。


王立魔法院での仕事は、想像通り高度で忙しかった。魔力効率化の研究、魔法教育のカリキュラム改革、他の顧問との会議...しかし、ラヴィルは前世の教訓を活かし、魔力消費を常にモニタリングしながら効率的に働いた。


そして驚くべきことに、彼の「働き方改革」の考え方は魔法院内でも少しずつ支持を集め始めた。


「あなたの魔力モニタリングシステムを導入したところ、研究員の魔力枯渇事故が30%減少しました」


リリアが報告してくれた成果に、ラヴィルは心から喜んだ。前世では、過労死防止の提案が無視されることが多かった。



クラウンフォードに戻ると、アイリスが笑顔で出迎えてくれた。


「お帰りなさい!どうでした、王都は?」


「忙しかったけど、充実していたよ」


ラヴィルは王都での経験をギルドメンバーと共有した。最新の魔法研究の動向、効率化の新手法、そして王立魔法院でも始まった働き方改革の波。


「まさか王立魔法院まで変わるとは」


ヴァイスは感心したように頷いた。保守的な彼でさえ、変化の必要性を認め始めていた。


「ラヴィル、君の功績は大きい」レオンが肩を叩いた。「王都とクラウンフォードを繋ぐ架け橋になりつつあるよ」


その言葉に、ラヴィルは前世では決して味わえなかった達成感を覚えた。



そんな生活が半年続いた頃、予想外の事態が起きた。


「ラヴィル、大変です!」


アイリスが慌てた様子で彼の元に駆け寄ってきた。


「何があったの?」


「王都から緊急召喚です。魔法院で大事故が起きたそうです」


リリアからのペンダント通信も同時に届いた。


「急いで王都に来てください。魔力過負荷による事故が発生しました。あなたの専門知識が必要です」


事態は深刻だった。ある研究部門で魔法実験の暴走が起き、複数の研究員が魔力枯渇で倒れ、施設にも甚大な被害が出ていた。


「すぐに向かいます」


ラヴィルは最速の魔法馬車を手配した。王都への緊急移動中、彼は冷静に思考を整理した。


事故原因は恐らく魔力の過剰使用と管理体制の不備。自分が関わっていない部門だが、まさに彼が警告していたことが起きてしまった。


王都に着くと、魔法院は混乱状態だった。塔の一つが半壊し、治療師たちが負傷者の手当てに追われている。


「ラヴィル!」


リリアが駆け寄ってきた。彼女の顔は疲れと緊張で引き締まっていた。


「状況は?」


「闇属性研究部門での事故です。連続三日間の実験で魔力限界を超え、制御を失いました。院長が全部門に魔力モニタリングシステムの即時導入を命じました」


それは痛ましい形での変革だったが、必要な一歩だった。


次の一週間、ラヴィルは予定外の長期滞在となったが、事故の収束と再発防止策の構築に全力を注いだ。彼の過去の提案が次々と実施され、魔法院全体の労働環境が急速に変わり始めた。


「君のおかげで、より良い方向に進んでいる」


エドガーが初めて心からの感謝を示した。


「これは私一人の功績ではありません。皆さんの協力があってこそです」


ラヴィルは謙虚に答えた。前世では功績を独り占めしようとする上司が多かったが、彼はそうはならないと決めていた。



クラウンフォードに戻ったラヴィルを、心配そうな表情のアイリスが出迎えた。


「大丈夫だった?無理してない?」


彼女の心配する様子に、ラヴィルは温かい気持ちになった。


「うん、大丈夫。むしろ、前世...いや、前から考えていたことが形になり始めているんだ」


「それは良かった」アイリスはホッとした表情を見せた。「でも、リリアさんからの手紙、毎日届いてたわよ」


彼女の声には、かすかな嫉妬心が混じっていた。


「彼女は良き同僚だよ。研究パートナーとして」


「...本当に?」


「もちろん」ラヴィルは微笑んだ。「それに、俺が一番落ち着くのはここだからね」


その言葉に、アイリスの頬が紅潮した。



魔法院の事故から一ヶ月後、ギルド長室でラヴィルは重要な知らせを受けた。


「王国全体に働き方改革を広げることになった」


ギルド長のアルバートが興奮した様子で告げた。


「王立魔法院の事故を受け、王様自ら『魔力過労防止令』を発令されたんだ。全ての魔法関連機関に、魔力モニタリングシステムの導入と適切な休息時間の確保が義務付けられる」


ラヴィルは言葉を失った。彼の小さな改革が、王国全体を動かすまでになるとは。


「そして、その監督責任者として、君が任命された」


「え?」


「王立魔法院特別顧問でありながら、地方ギルドとの連携も持つ君が最適だというわけだ」


前世では想像もできなかった展開だった。会社の一社員だった彼が、異世界では国の政策に影響を与えるまでになるとは。


「僕に...できるでしょうか」


「できるさ」アルバートは優しく微笑んだ。「君はすでに証明している。人々の健康と幸福を第一に考える改革を」


その夜、ラヴィルは工房の自室で窓の外の星空を見つめていた。首からはリリアのペンダントが、机の上にはアイリスからもらった「氷華」が置かれている。


「前世とは全然違う人生になったな...」


過労死した社畜が、異世界で働き方改革の推進者になるとは。皮肉な運命だが、今は心から感謝していた。この世界で第二の人生を与えられたことに。


彼の前には新たな挑戦が広がっていた。王国全体の働き方を変える大きな責任。しかし今度は、前世の教訓を胸に、自分のペースを守りながら進んでいくつもりだった。


そして何より、彼は一人ではない。アイリス、リリア、レオン、ヴァイス、フェルド師匠...多くの人々が彼を支えてくれている。


「今度は、皆と一緒に歩んでいこう」


ラヴィルはそう決意した。過労死した俺が、なぜか異世界でも残業しているかもしれないが、今度は違う。自分の意志で選んだ道を、自分のペースで、大切な人々と共に歩む道を。


窓の外では、新しい朝を告げる光が、ゆっくりと空を染め始めていた。

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