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魔剣ルル  作者: ユ坂
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07 留置所ときこーし


 門衛の推測は大きく外れていた。ルルとカイエは”特区”の中にいた。

 時刻は少し遡る。


 彼らは門衛室の隣の細長い建物の中、茶色い煉瓦とセメントで囲まれた小さな部屋の一つにいた。

 隅に一つだけ置いてある粗末な木製の寝台は、外れないように壁に接着されている。マットレスもない木の板を組んだだけの寝台に二人並んで座っていた。座り直す度にぎしぎしと音が鳴るが、冷たい石の床には座る気になれない。

 廊下側は面鉄の柵で、部屋から出られないようになっていた。

 ここはどうやら留置所らしい。


 道を歩く勢いそのままで入ろうとして捕まったカイエと、彼を止めようとして一緒に捕まったルル。

 身につけているもののチェックを済ませた後、書類に記入するのを監視していた門衛は、なんとも言えないような表情をしていた。


「不法侵入しようとしたのは事実だ。だからまあ規則上、拘束しないわけにもいかない」


 規則ならそうなっちゃうんでしょうね、とルルは思っていたので、なんでそんな変な顔をされたのかよくわからなかった。

 何か、拘束される側としての不手際があったのではないだろうか。足りないものがあったのか。へらへらしてしまったのが不興を買ってしまったのかもしれない。

 ルルは自分自身が捕まったり入ったことはないので、妙に新鮮な気持ちになったしとても焦ってしまった自覚があった。


「ああいう書類って、どうして余計なことばかり書いてしまうんでしょう。普段はもっと冷静なのに…。こういうことで顔を覚えられちゃうと、また会ったとき気まずくなりそうですよね」


 あはは、と横にいる人に笑いかけてみる。カイエは特に相槌はくれないが、こっちを見て話を聞いてくれていたようだ。

 ルルはちょっと照れた。咳払いを一つ。よく響く。幸か不幸か、ルルとカイエ以外、留置所には誰もいなかった。


「カイエさんはここをご存知ではないでしょう。

 たぶん牢屋っぽいところですね!  悪いことをしたり、敵に捕まったりしたら入れられちゃったりします。


 特徴はいくつかあります。冷たそうな壁、床! 高いところにある小さい窓……。あれは多分、太陽とか外の明るさを中に取り入れるためだと思います、外を見るためじゃないですね。空しか見えないですからね。とても背の高い人だったら違うのかな。

 最大の特徴は、この目の前の……見てくださいね壁の代わりに鉄の柵が——」


 ギイ…と金属の擦れる音。出入り口の方から聞こえる。扉が開いたのだろう。門衛が入ってきたのかもしれない。ルルは口を閉じ神妙な表情を作った。

 思った通り門衛がやってきた。二人いる。檻の前に、一番年配そうな門衛が立った。


「夕方ぐらいまでここで待機だ。その後解放だ。とりあえずここは冷えるのでブランケットを一時貸与する」


 隣に立っていた若い門衛が生成りのブランケットを2枚渡してきた。


「ええっいいんですか?」


 困惑しながら受け取った。特に石畳から立ち上る冷気で下半身の冷えが気になっていたところだった。

 一枚をカイエに渡して、自分の分を広げてみる。体一つ包めそうなほど大きい。門衛たちからの視線が気になったので、とりあえず遠慮して膝にかけてみる。特に変化はない。いや、よくよく辿れば視線はカイエの方を向いていた。


「わかってねぇな兄ちゃん、2枚とも女の子に渡すのさ」


 年嵩の門衛は歯痒そうに発言した。若い方も頷いている。


「こういうときにガッと男を見せるんだよ、寒くても寒くないふりをする……」

「い、いやいやいやいや! そういうものでもないというか!  そもそもちょっとわたしたち、朝から冷えちゃってたので、カイエさんもあまり寒くならない方がいいというか。……か、風邪とか引いちゃったりしたら」


 なんかますます視線がおかしくなっている気がする。カイエが毛布を渡してくるのに抵抗する。


「どんなところで寝ていたんだ…」

「いやあの疲れてそのまま寝ちゃっただけで自業自得…」

「家が冷えているのか…」

「くっ、これ以上寒くないようにくっついてやれよ! 心もな!」

「さっさとこんな街から出ていくんだ!」


 昼食用の温かいスープの入った木のカップを渡して、彼らは去っていった。二重巻きされたルルを置いて。

 ミノムシのように寝台に転がったルルはショックを受けていた。


「まさか…どうして出会ったばかりの人の言うことを聞くんですか…わたしを差し置いて…」


 この疑問にカイエは答えてくれなかった。

 カップを眼前に差し出されるがミノムシのルルには飲めない。いい匂いのする湯気が目に染みる。お腹が空いていたのを自覚した。そういえば、朝から何も食べていなかった。

 なんとかブランケットの拘束から脱出して飲んでみる。


「おいしい…熱い……」


 シンプルに塩で味付けされたスープのようだった。長時間煮込まれたのか野菜と肉の脂身が溶けて風味が出ている。熱いのでもう少し冷ましてから飲もうと考える。膝に置いて授業の続きをする。


「この街は結構他の場所と仕組みが違うみたいなので…よくわかりませんが、ここはわかりやすいと思います。

 特区に無断で入ったり、暴れたりしたら牢屋に入れられちゃうんだと思います。どんな罰が待っているのか怖かったですけど…、幸いなことに門番さんは親切そうで、わたしたちは酷い目には遭わなそうです。よかったです!


 ……でも、もしここでわたしたちがいなくなって、特区の中で不審者がいたら、真っ先にわたしたちが疑われちゃいますよね。特区の中にはたくさんの国のたくさんの偉い人たちがいたりするらしいので、その護衛の人たちもたくさんいると思うんです。

 何か書類にいろいろ書いちゃいましたし、…名前も外見も覚えられてしまってると思います。とてもまずい感じです。

 この不利な感じ…、わかりますかカイエさん…?」


 怪しげな内容に変化していくにつれ、段々声は小さくなっていく。見つめると彼はこくりと頷いた。それを受けてルルは、ぴっと人差し指を真上に立てる。


「——だから、特区へはバレないように入らないといけません。

 ここを出た後、暗くなってからもう一度入り直しましょう」


 自分なりの見解を最後まで言い切ったルルは、よくまとめたと内心自画自賛しながらスープを手に取る。さっきよりも食べやすい温度になっているはずだ。


「きこーし」

「んえ、貴公子? カイエさんも自画自賛を…」

「きこーし」

「……! ああ! はいっ、そうですねキコウシです。シーラさんを探しますよ」


 とはいえ、衣服以外の荷物は奪われているのでできることはない。荷物があったところでルルにできることは特にない。

 彼女にできるのは、解放されるまでの間に、自分の今からの行動を正当化することぐらいだった。メンタルの健康のために。


「侵入なんて、侵入なんて、やっぱり悪いことですよね。

 でも仕方ないですよ! 向こうが先に悪いことをしたんです!  誘拐しちゃったんですからね。

 言うなればわたしたちはそれを元に戻すだけです。相手にとっても悪い取引ではないはずですいやむしろありがたがられるはず……………よしっ!」


 胃のあたりを抑えながらぶつぶついった後、頬を叩く。

 カイエは向かい側の牢屋の窓を眺めていた。正確には窓の外を見ている。特区をぐるりと囲む城壁を。観察するようにじっと小窓に目を向けていた。


 暗くなってきた時分。手荷物を返却されて”特区”からツエドに出る。


「早く家に帰れよ」

「あったかくして寝るんだぞ」

「ツエドとは離れて暮らすんだ」

「は、はいっ。ご迷惑おかけしましたー」


 頭を下げながら、別れの挨拶をすませる。

 来た道である大通りをそのまま駅に向かって帰る。十字路を通り過ぎるたびに、「もういい加減大丈夫だろうか、いやまだ見られているんじゃないか」と判断が行ったり来たりしている。

 歩く速度が無意識のうちに遅くなっていた。


 ふいに、隣を歩くカイエがルルの肩を指先で叩いた。

 そちらを振り向くと、持ち帰り可能な数種類の汁物を店頭販売している店がある。土地代か材料が違うのか、『ゲート』帰りに寄った屋台料理の物価とは一線を画していて、ルルはぎょっとした。


 しかし人気があるのか小さな人だかりができている。晩御飯の惣菜にするのだろうか。


「カイエさん、お昼ご飯おいしかったんですか?」


 彼が食べてみたがっているのなら…、ルルは財布を取り出そうとした。と、


「うわっ」


 反対側から来た集団とぶつかりかける。店の方を見ていたから気づかなかった。とりあえず外側に逃げようとルルは思ったが、肩を回されて引っ張られる。


「わっわわ」


 想定とは逆に前に進む。集団と人だかりの間に割って入るような誘導をされた。ぶつかるのを覚悟して思わず目を閉じたが何も起こらない。数歩歩いて、喧騒が耳の後ろで聞こえるようになった。


 目を開けると、先ほどよりも暗くて細い道。目の前にはカイエがいる。いつのまにか肩から手を外されていた。彼によって人混みに紛れて横道に滑り込めたらしい。

 これなら万が一門衛が見ていたとしても、自然に見失ったと思わせられたに違いない。



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